暗い影④
その後、指輪探しは深夜まで行われた。
イリーナ・ホテルのエレベーターとロビーも洗いざらい探したが、結局指輪は見つからなかった。
指輪を探し終え、達也は百合と一緒にラウンジ「リリア」の楽屋へ行った。達也は楽屋に入るなり、そのまま倒れ込むようにイスに座り込んだ。
百合も多少は疲れた様子を見せているものの、達也よりは遥かに元気そうだ。
「お疲れ様。遅くまで付き合ってくれてありがとう」
達也の向かいのイスに座りながら百合が言う。達也は項垂れた顔を上げて百合を見た。
「でも、指輪、見つからなかったね」
「そうね。まあ、そうだろうとは思っていたけど」
「じゃあ、やっぱり誰かが拾って盗んで行ったとか?」
「その可能性はある。ただ、今回は内緒で見つけてほしいという依頼だから、質屋に連絡することができないのが難しいところね」
あの指輪を誰かが拾って盗んだなら、質屋に行って金銭に換金しようと思うのが普通だろう。
質屋に指輪の写真を送って「これと同じ指輪を見たら連絡してほしい」と依頼することもできる。ただ、今回は美優子に内緒で見つけ出してほしいと依頼を受けている。そうなると、質屋に指輪の写真を送ることはできない。
「これからどうするの?」
「総支配人の高畑さんから防犯カメラの映像を見せてもらう予定なの。今度はそこから手がかりを見つけようと思う」
その時、楽屋のドアがノックされる音が聞こえた。
百合は「多分、高畑さんね」と言いながらイスから立ち上がると、ドアへと歩いて行った。
(――えっ? まさか、これから防犯カメラの映像を見るの!?)
達也は顔を青くした。
楽屋のドアが開くと、百合の言った通りイリーナ・ホテルの総支配人である高畑が顔をのぞかせた。
「桜井さん、西村さん、こんな遅くまでありがとうございます。もし良ければ、こちらをどうぞ」
高畑は彼が持ってきたであろうサービスワゴンと一緒に楽屋内に入ってきた。
楽屋内にふわりと紅茶とお菓子のような甘い匂いが漂ってくる。
サービスワゴンの上にはティーポットと二人分のティーカップ、そして白い皿に置かれたスコーンが乗っている。
突然のスイーツの登場に達也は思わず目を見開いた。
「高畑さん、そんなお気遣いなさらなくても」
百合は遠慮する言葉を言ったが、高畑は笑顔で首を横に振った。
「いえ、これくらい差し入れさせてください。あと、こちらもお持ちしました」
高畑は百合にUSBメモリを手渡した。このメモリの中に防犯カメラの映像が入っているのだろう。
高畑はにこにこしながら、サービスワゴンを楽屋の中まで入れてくれた。
慣れた手つきでテーブルの上にティーカップと皿を並べ、ポットから紅茶を注ぐ。
「ありがとうございます。――高畑さんも防犯カメラの映像はご覧になりましたか?」
「はい、私も確認いたしました」
「例えば、不審な人物とか気になる人物とかは映っていましたか?」
高畑がティーカップに注ぐ紅茶は、まるで小川の流れのように規則正しく穏やかだ。しかし、百合の質問にその規則正しい流れが一瞬乱れた。
(――あれっ?)
達也が心の中で声を上げているうちに、紅茶の流れはまた穏やかになる。
「いいえ、私が気になるようなものは、特に映ってなかったです。でも、桜井さんたちがご覧になれば、何かヒントがあるかもしれません」
高畑は二つのティーカップに紅茶を注ぎ終わると、「さあ、どうぞ」と達也と百合の前に置いた。
達也は高畑に礼を言うと、ティーカップに注がれている紅茶の水色をジッと見た。
さっきの高畑の乱れは何だったのだろうか。ただ単に高畑の手元が狂っただけだったのだろうか。
「はい、拝見いたします。あと、こちらもいただきます、ありがとうございました」
百合も高畑に礼を言うと、ティーカップを口元に運び一口飲んだ。
「何卒よろしくお願いいたします。では、私はこれで。ワゴンは明日取りに伺いますので、そのままにしておいてください」
高畑は来た時と同じ穏やかな笑顔で楽屋を出て行った
百合は高畑が出て行った楽屋のドアをしばらく見つめていた。
(――百合、何を考えているんだ?)
達也は百合がドアを見ているのが気になった。高畑の言動に何か気になるところがあったのだろうか。
達也には心当たりがなかった。ただ、高畑の手元が乱れたのは気になったが。
「達也、悪いけどもう少し手伝って。防犯カメラの映像を確認したいの」
「うん、いいよ」
達也は素直に頷いた。
達也はすでにさっき覚悟を決めた。今日は徹夜になるかもしれないが仕方ない。百合にとことん付き合おう。
そんな覚悟を決めた達也を、百合はまじまじと見つめる。
(――高畑さんの次は僕?)
百合はどうしてこんなに見るのだろうか。自分の言動に何か気になるところがあるのだろうか。




