総支配人の依頼⑨
「この指輪は私が大学を卒業した時に主人からプレゼントされたものなんです。その頃、主人との結婚が決まっていたので、婚約指輪という形で頂きました。主人が私のためにデザインからオーダーメイドしてくれたそうで、同じ指輪は2つとないと言っていました。
アクセサリー、しかもこんなステキなものをプレゼントされたことがなかったので、とても嬉しかったことを覚えています」
美優子は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべながら言った。
指輪をもらったのは本当に嬉しかったのだろう。美優子を見ると、夫を愛していて、夫からのプレゼントが本当に嬉しかったという感情がにじみ出ている。
しかし、達也はそう語る美優子に何か違和感を覚えた。
これもあくまで達也の勘だが、「嬉しかった」という美優子にはどことなく影があるように思える。
何気なく隣の百合に視線を向けると、百合は相変わらず無表情で美優子の話にジッと耳を傾けていた。
「つい先日、こちらのイリーナ・ホテルの近くを通りかかったんです。そして、ホテルのことを思い出して、急に懐かしくなって。
私、このホテルで結婚式の披露宴を行ったんです。最近は全然来ていなかったのですが、またお邪魔したくなりました。あの指輪も披露宴の時にはめていたので、久しぶりにはめていこうかなという気持ちになったんです。
家に帰ってホテルのホームページを拝見したら、ロビーで生け花のデモンストレーションがあると言うことで、せっかくならそれに合わせて伺おうと思いました」
イリーナ・ホテルのメインロビーには毎月有名な華道家が生け花を生ける。その様子はデモンストレーションで一般客に披露されるのだ。イリーナ・ホテルの名物の一つだった。
「生け花のデモンストレーションが始まる前に、ラウンジ『リリア』でひと休みしようと思ったんです。その時は確かに指輪をはめていて、『リリア』を出ようとした時に落としてしまって、その時は桜井さんのお父さまに拾って頂きました」
美優子は「そうですよね?」という表情で、さりげなくその時栄一と同席していた達也に視線を向ける。
達也は「はい、そうです」と小さく頷いた。
百合は達也が頷くのを横目で見ていたが、美優子に視線を戻すと口を開いた。
「指輪ですが、その時はどうして落ちてしまったのでしょうか? もしかすると、その時は指にはめていなかったのでしょうか?」
確かに指にはめている指輪が一度だけでなく二度も指から抜け落ちるのは疑問だ。
百合の質問に、美優子は上品な仕草で首を横に振った。
「実は私、結婚当初よりも痩せてしまって、指輪が緩くなったんです。指輪はずっと指にはめていたのですが、それで落ちてしまったようなんです」
「そうでしたか。お話を遮ってしまい申し訳ございませんでした。続きをお願いできますでしょうか」
「はい、桜井さんのお父さまに拾って頂いた後、あのメインロビーの生け花のデモンストレーションを拝見しました。
その後、いろいろあって手元を見てみると、指輪がなくなってしまっていて……。随分探したのですが、結局指輪は見つかりませんでした。
披露宴の時にお世話になりました高畑さんにも事情を説明して、ホテルの方にも探してもらいました。でも、見つからず、高畑さんから桜井さんをご紹介頂いたという次第です。
警察に届けると、主人にも指輪をなくしたことが知られてしまいます。できれば主人に気付かれないように探し出したいんです」
「そうすると、指輪はラウンジ『リリア』を出た後になくされたんですね?」
「はい、そうです。ラウンジでお会計をした時は指輪をはめているのを見たので、そうだと思います」
「生け花のデモンストレーション、かなり混み合いますよね? その時は如何でしたか?」
「はい、その時もかなり混んでいました」
「例えば、指輪や他のものを狙っているような誰かに後を付けられていたとか、不審な人物はいなかったでしょうか?」
「いいえ、そう言う方は特にいなかったです」
そう言うと美優子は突然言葉を遮って、顔を少し俯かせた。
達也は美優子の表情に「どうしたのだろうか?」と思った。
達也の隣に座っている百合もそう思ったのだろう。「どうかされましたか?」と美優子に訊いた。
「あの、これは高畑さんには内緒にしておいてほしいのですが……。実はデモンストレーションを見ている時に私の主人を見つけたんです」
「ご主人を? ご主人も偶然生け花を見にいらしてたんですか?」
「はい、そうみたいです。しかも、その……」
美優子が何か言いにくそうに口ごもる。
百合は何かを察したような感じだったが、敢えて美優子が自ら話を切り出すのを待っているようだ。黙っている。
達也は話の流れから、美優子が何を口にしようとしているのか、何となくわかった。
「申し訳ございません、桜井さん、西村さん。こんなことをお話して良いものかどうかと思うのですが、私の主人、女性と一緒にいたんです」
美優子はそういうと、ますます顔を俯かせた。もしかすると、涙が出ているのを隠しているのかもしれない。




