総支配人の依頼③
「どうしたの? 達也」
いきなり声を上げた達也に、百合は無表情のまま訊いた。
「実は昨日、僕と栄一さんが『リリア』に来た時、隣に和服の女性が座っていたんだ。その女性が席を立った時に指輪を落としたんだけど、これ、その時の指輪と一緒なんだよ」
突然の偶然の話に、高畑が驚いた表情を見せる。
百合も黒い瞳を少し見開いた。この偶然に、さすがの彼女も驚いたようだ。
「そう、だったんですね。何という偶然。西村さんがご覧になったその和服の女性は、美優子様に違いありません。
美優子様は昨日、イリーナ・ホテルにこの指輪をはめていらっしゃったそうなのですが、ホテル内で落とされてしまったんです。
指輪をなくす前、美優子様はラウンジ『リリア』に立ち寄ったと言っていました。そこでも指輪を落としたそうですが、優しそうな男性に拾ってもらったとおっしゃっていました」
「その指輪を拾った男性は、私の父親の栄一です。そうすると、その美優子さん、昨日父親と達也の隣のソファに座っていた、椿の柄の和服を着た女性ですね」
百合が何でもないような表情で言うと、高畑は百合に驚きの表情を向けた。
「もしかして、桜井さんは美優子様をご存知ですか?」
「いいえ、ピアノを弾いている時にお見かけしただけです。美優子さん、あまり『リリア』にはいらっしゃらないですよね? 少なくとも、私がラウンジでピアノを弾き始めた頃からは。昨日、初めて『リリア』でお見かけしました」
百合がまた何でもないような表情で言うと、高畑はさっきと同じように目を丸くして驚いていた。
全く百合は、と達也は心の中でつぶやいた。
この様子だと百合は、ラウンジ「リリア」に来た客の顔をほぼ全員覚えているのではないだろうか。
「はい、美優子様は結婚された当時は良くイリーナ・ホテルやラウンジ『リリア』に足を運んで下さっていました。実はこのホテルで結婚式の披露宴も挙げておりまして。でも、確かに最近はいらっしゃってなかったです」
「その美優子さん、ラウンジにはお一人で座ってらっしゃったようですが、お一人でいらっしゃっていたんですね?」
「はい。美優子様はお一人でした。少し前にホテルの近くを通りかかって、懐かしくなったそうで、日を改めていらっしゃったそうです」
「そして、ホテルで指輪をなくされた、と」
「はい。旦那様に知られてしまうと申し訳ないから、何とか内密に探してほしいと言われました。大ごとにしたくないとのことです。ホテルのスタッフに頼んで、美優子様が歩いたところは隈なく探しました。しかし、指輪はどこにも見当たりませんでした。
その時、桜井さんのことを思い出したんです。桜井さんは本業が探偵ですし、こういった案件もお得意ではないかと。何よりもイリーナ・ホテルでピアニストをされているので、ホテル内のことはよくご存じだと思います。
実は私、支配人になる前に美優子様の披露宴を担当したことがございまして、旦那様の水人様にはいつもお世話になっております。できれば美優子様の意向通り、水人様に知られないように指輪を探し出したいんです。
桜井さん、この件、引き受けて頂けますでしょうか? 美優子様はもちろんお礼をお出ししますとおっしゃっております。指輪を見つけ出していただいた暁には、お礼は全て桜井さんにお渡しいたします」
高畑の言葉に百合は少し考えていたが、やがて首を縦に振った。
「わかりました、お引き受けします。もしなら、一度その美優子さんとお会いできますでしょうか? 指輪をなくした時のことなど、詳しいお話をお聞きしたいです」
「ありがとうございます! 早速、私から美優子様に連絡してみます」
「よろしくお願いします。あと、もう確認しているかもしれませんが、美優子さんが指輪をなくした日のホテル内の防犯カメラの映像を拝見することはできますでしょうか? 不審な人物が映っていないか確認したいです」
「はい、もちろんです。ご用意いたします」
高畑が安堵した表情で楽屋を出て行くと、百合は座ったまましばらく言葉を発しなかった。
達也も黙って百合の横顔を見ていた。
何を考えているのだろうか、と達也が思っていると、百合がふいに身体を動かして達也の方を向いた。
突然、百合と目が合った達也は胸をどきりとさせた。
百合と目が合うなんて、小さい頃の付き合いだから何回も経験している。なのに未だに胸がどきどきすることがあるのだ。
まあ、それだけ百合が目を見張るほど美しい女性だということなのだろう。




