総支配人の依頼②
その時、楽屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰かしら? ――どうぞ、開いています」
百合がノックの音でわからないと言うことは、楽屋にあまり来ない人物なのだろう。
まさか、あの中津川では……、と達也は身構えた。
楽屋のドアが開くと、そこにはイリーナ・ホテルの総支配人である高畑だった。
本来はこのイリーナ・ホテルの総支配人だが、時々ホテルのクラブフロアのバーでマスターをやっているあの高畑だ。
今日の高畑は如何にも総支配人らしいスーツ姿だ。襟元にはイリーナ・ホテルのロゴマークのピンバッチをつけている。
こうやって改めて高畑を見ると、高級ホテルの総支配人らしい面持ちの人物だということがわかる。
「失礼します、桜井さん。――ああ、これは、西村さんもご一緒でしたか」
楽屋に入ってきた高畑はまずは百合にお辞儀をし、次に達也にもお辞儀をした。
高畑は達也がこのイリーナ・ホテルを傘下にしている人物の息子だと知っている。しかし、高畑は百合に対しても達也に対しても分け隔てない笑顔で丁寧な対応をしてくれた。
財閥の息子だからと特別扱いされるのが苦手な達也にとって、高畑の対応はとてもありがたい。
「高畑さん、わざわざいらっしゃるなんて、どうされたんですか?」
「桜井さんにお話とお願いがございまして、演奏が終わってすぐで申し訳ございませんが、今、お時間は大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫です。どうぞ、お座りください」
百合が近くのイスをすすめると、高畑は再びお辞儀をして座った。
「ありがとうございます」
「もしなら、ここにいる達也も一緒にお話をお聞きしてもよろしいでしょうか? ご存知かと思いますが、達也は私の事務所で働いています。高畑さんのお話を口外することは絶対にありません。
私に話すことは何でも達也に話して下さって結構です」
「えっ!?」
達也は百合の言葉に驚いたが、高畑は「ええ、大丈夫です」と笑顔で頷いた。
本当に自分も話を聞いて良いのかな、と達也は思ったが、今、達也を人払いすれば百合と高畑が二人きりになってしまう。
高畑は絶対にそんな人間ではないが、百合と楽屋で二人きりでいるのを誰かに見られたら、有らぬ噂を立てられるかもしれない。
百合はそれを配慮して、達也も一緒に話を聞きたいと申し出たのだろう。高畑も百合の計らいを察して快諾したのかもしれない。
百合も達也も空いているイスに座ると、高畑は早速口を開いた。
「実は桜井さんのお知恵をお借りしたんです」
「何かあったのでしょうか?」
百合が言うと、高畑は大きく頷いた。
「はい、ホテルのお得意様の奥さまが、ホテル内で指輪をなくしてしまいまして。それを内密に探し出してほしいんです」
奥さま? 指輪?
達也は昨日ラウンジ「リリア」にいた、あの美しい和服の女性を思い出さずにはいられなかった。
あの女性はカメリアの指輪を落としていた。「これ、主人からのプレゼントなんです」と言っていた。
まさか、ただの偶然だろう。
達也はあの女性のことは口にはせず、そのまま黙って高畑と百合の会話を聞き続けた。
「内密に、ですか?」
「はい。『夫には内密で見つけたい』と言うご希望なんです。指輪をなくしたお得意先の奥様――笠原美優子様とおっしゃるのですが――が旦那様である水人様から婚約指輪としてプレゼントされたものだそうです」
プレゼント?
まさか、これも偶然なのだろうか。
高畑は「この指輪です」と言いながら、スーツのポケットから紙を一枚取り出した。
紙を広げて、百合と達也の前に差し出す。
「あっ!」
達也は紙に印刷されている指輪を見て、思わず声を上げた。
紙に印刷されていたのは、台座の部分が無数のダイヤモンドでカメリアの形を作っている指輪。
昨日、栄一が拾った、あの美しい女性の指輪と同じものだ。




