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ピアニスト桜井百合による謎解き小曲集  作者: 木原式部
第二章 2つのラプソディ
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名探偵登場③

 イリーナ・ホテルで栄一と別れた後。


 達也はホテルの近くにある自分のマンションに向かって歩きながら、あの指輪を落とした和服の女性を思い出した。


 ――これ、主人からのプレゼントなんです。


 あの女性は結婚しているのか。あんな素晴らしい指輪をプレゼントされるなんて、女性は夫に愛されているのだろう。


 達也はため息を吐いた。


 あの指輪を落とした女性に「うらやましい」という気持ちを抱いてしまう。達也は自分にちょっとした嫌悪感を覚えてしまった。


 世の中には結婚したり恋人がいたりして、幸せな関係を築いているカップルがたくさんいる。


 なのに、自分と百合との関係は小学校の頃からまったく発展していない。発展しないどころか、この間、新たな問題まで浮上してしまった。


 パトリック・エヴァンスのライブが終わった後。百合は中津川という男に話しかけられて、驚いた表情をしていた。


 あの男は達也が百合の「幼馴染」だと知っているようだった。


 達也が百合に男の正体を訊いても、百合は「事務所のお客様」と繰り返すだけだ。


 達也は中津川と会った後、百合の家にお邪魔した。久々に百合の母親の葵に会ったが、始終上の空だった。


 何も知らない葵は「まあ、どうしたの?」と無邪気に訊いてきた。達也は慌てて「パトリック・エヴァンスの演奏が素晴らしくて、いまだに夢心地だ」と答えた。


 達也は小さい頃から素晴らしい芸術作品に触れると、感動しすぎて我を忘れてしまう傾向がある。達也をよく知る葵は「まあ、そうなのね!」と納得してくれたが……。


 普段、無表情の百合があんなに驚かせるなんて。


 あの中津川という男、どうしても事務所の客だとは思えない。百合が事務所の客にあんなに驚くわけがないし、今までも客にあんなに驚いたことはない。


(――まさか)


 達也はあの中津川に会って以来、何度も自分の心に浮上してくる答えをまた思い浮かべてしまった。


 絶対に考えたくないが、あの中津川と百合は恋愛関係にあるのではないだろうか。


(――いや、そんなこと、ない!)


 達也は自分の考えをかき消すように、首を大きく横に振った。


 第一、本当に恋愛関係にあったとしても、どうして百合はあんなに驚いたのだろうか。「事務所の客」とうそをいうのだろうか。理由がわからない。


 大体、百合は昔から恋愛に対して興味がないような素振りしか見せていなかった。


 あの容姿だから、百合はもてる。


 百合がラウンジ「リリア」でピアノを弾いている姿に惚れて、何人もの男が百合に声をかけていることを達也は知っている。


 その度に百合は、丁重にきっぱりとお断りしているのだ。


 高級ホテルのラウンジということもあり、百合に声を掛けて来た男の中には財閥の次男坊の達也が驚くような有名人もいた。


 そんな時も百合の態度は一貫して「No」だった。


 だからと言って、あの中津川と百合が恋愛関係にないという証拠にはならない。


 今まで声を掛けて来た男たちが、ただ単に百合の御眼鏡(おめがね)に適わなかっただけかもしれない。あの中津川が百合のタイプだった可能性もある。


(――百合、もしかして、ああいう男がタイプだったのか!?)


 大好きな父親の栄一と全くタイプが違うじゃないか。幼馴染の自分とも全くタイプが違うじゃないか。


 達也はその場に力なくしゃがみ込んでしまった。

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