名探偵登場②
「いや、俺だけだと相手が緊張してしまう時があるからね。そういう時に達也君がそばにいるだけで、場が和むんだよ。特に今日のお客様は気難しい人だったから、本当に助かった」
「そう、ですか」
達也は「そんなものなのかな?」と思いながら、アールグレイを一口飲んだ。
達也が自分の父親から「ちょっとは世間を勉強して来い!」と言われて始めた、栄一の事務所でのアルバイト。
財閥の御曹司で大学在学中に作家デビューした達也にとって、これが初めての社会人経験だった。
元々、文章を書くこと以外器用でない達也にとって、「文房具の買い物」や「書類整理」も一苦労だ。
自分は事務所の役に立っているのだろうか、と未だに思う時がある。
しかし、栄一は特に文句を言わない。あの百合も案外文句を言わない。
それどころか、栄一は達也を重宝がってくれる。何かあると達也に用事を頼んでくれる。
こんな自分も、多少は栄一の事務所の役には立っているのだろうか。
達也はそんなことを考えながら、またアールグレイを一口飲む。
――その時。
何とも言えない不思議な感覚が、達也の身体を通り抜けて行った。
今の感じ、一体何だったんだろう。
達也が頭に疑問符を浮かべていると、隣のソファに座っていた和服の女性が席を立った。
女性が立ち上がった途端、何かキラキラと輝くものが女性の手元から転がり落ちた。
達也は思わず、その輝くものを目で追う。
キラキラ輝くものは、カーペットの上を軽くバウンドすると、達也と栄一のソファの方へと転がって来た。
達也が反射的に転がってきたものを拾おうとしたが、それよりも素早く、栄一がソファから立ち上がり手を伸ばす。
やっぱり、この反射神経の差からして、日本一の名探偵は自分とは違う。
栄一が拾い上げたものは、ダイヤモンドらしい石がついている指輪だった。
指輪の台座の部分は椿の形をしている。無数のダイヤモンドの粒を繋ぎ合わせてカメリアの花の形が作られていた。
台座のカメリアの大きさといい、使っているダイヤモンドの数といい、かなり高価なものなのだろう。
このイリーナ・ホテルを傘下にしている財閥の御曹司である達也でさえ、思わずジッと見てしまう程だった。
「ありがとうございます」
指輪を落とした和服の女性が、慌てて指輪を拾った栄一の元へと駆け寄る。
偶然なのかはわからないが、女性が来ている着物の柄も椿だった。
女性は30歳を少し過ぎたくらいの年齢だろうか。とても美しい顔立ちをしている。
まるで、竹久夢二や中原淳一の絵から抜け出して来たような女性だった。
日本人的な美しさがあるのに、どことなくモダンなイメージもある。
髪や瞳の色は真っ黒で、肌は雪のように白く、形の良い唇は程よく赤みがかっていた。
栄一の元に駆け寄った時の仕草も、慌てた割には上品で目を見張るものがあった。
「いえ、どうぞ。とても美しい指輪ですね」
指輪を拾い上げた栄一が、笑みを浮かべながら女性に指輪を手渡す。
「ありがとうございます。これ、主人からのプレゼントなんです」
女性が指輪を受け取りながら、恥ずかしそうに言った。




