ライブ当日⑨
「それは元カレがはっきり言っていたじゃない。『俺はエミのことが本当に好きだ』って。元カレは愛する西園寺さんを利用したくなくなったのね。
元カレ、最初は確かに西園寺さんを利用するために近づいたのかもしれない。でも、途中で西園寺さんを本当に好きになったのよ」
「そう、だったんだ」
達也は納得した。エミは確かに魅力的な女性だ。彼女と一緒にいると気分が明るくなるような気がするし、自分だって百合がいなければふらふらと好きになってしまったかもしれない。
「元カレが西園寺さんにプレゼントしたブローチ、マーガレットの彫刻がされていたけど、マーガレットの花言葉って『真実の愛』っていうのね。
もう、ブローチをプレゼントした時には、元カレは西園寺さんが本当に好きになっていたのかも」
「真実の愛……」
「だから、元カレは音信不通になったの。自分の犯罪に巻き込みたくなかったし、一番は西園寺さんに危害を加えたくなかったのね。ブローチの発信機を元にエヴァンスさんの居場所を調べる方法はやめて、別の方法を考えたんじゃないかな?
でも、元カレは西園寺さんがまだ好きだから、西園寺さんがどうしているか気になったんでしょうね。ブローチに発信機が付いているから、ブローチがどこにあるか見たのよ。
そしたら、全然知らない男がブローチを持っているという事実に行きついたわけ」
「全然知らない男って、それ、僕のこと」
達也は自分のことを指さした。
「そう、元カレが達也の後をつけて来たのは、どうして知らない男が西園寺さんのブローチを持っているのかを確かめるため。西園寺さんにもう新しい相手ができてしまったのかと嫉妬したのかもね。
そして、ものすごい偶然が重なって、達也は元カレの嫉妬を煽ってしまったの」
「嫉妬?」
「達也、この間、西園寺さんと一緒に帰った時、通りすがりの男にぶつかって倒れそうになった西園寺さんを支えてあげたそうね? あれ、元カレには『達也が西園寺さんを抱きしめた』ように見えたみたい」
「えっ? あれが?」
達也にはエミを支えた場面がどうやって「エミを抱きしめている」ように見えたのか謎だった。
しかし、あの時、周りには人がいっぱいいたし、遠目からみたらそう思えなくないかもしれない。
第一、あの元カレはエミに新しい彼氏ができたのかもしれない、と冷静になっていられなかったのだろう。
ただ倒れそうになったのを支えただけで「抱きしめた!」と勘違いしたのかもしれない。
「そう。あともう一つ。元カレは達也が私と西園寺さんを二股かけていると勘違いしていたみたい」
「えーっ?」
何で二股とかそういうことになるのか、と達也は驚いた。
端から見ると、自分は百合と付き合っているように見えるくらい親密そうなのだろうか、とも淡い期待を抱いた。
「これは私もうっかりしていたけど、元カレが初めて私たちの後をついてきた時……」
「それって、百合がクラブフロアのバーで『乙女の祈り』を弾いた時のこと?」
鋭い気配を感じていた男がエミの元カレだということを百合に教えられた時だ。
百合は達也の腕を引っ張ってイリーナ・ホテルのクラブフロアに連れて行き、そこのバーのピアノで「乙女の祈り」を披露した。
エミが捨てようとしたブローチに発信機がついていることが分かったのも、この時だ。
百合は達也の言葉に小さく頷いた。
「あの時、私は達也の腕を引っ張ってエレベーターに乗ったでしょう? それが、その……。元カレにはそのまま私と達也が二人でホテルの部屋に行ったように見えたみたい」
百合は「二人でホテルの部屋に行ったように見えた」と言うのに少し戸惑っていた。
達也は百合の戸惑いに安堵した気持ちになる。
多分、百合は自分と同じく異性関係には疎い。自分は弱気で百合がいつも一番だったし、百合はピアノの練習に忙しくて異性のことを考える暇はなかったはずだ。
達也は百合に直接「好きな人とか気になる人、いた? 今はいるの?」とは訊けないから、こういう端々にクールな百合の内面が見え隠れすると安心する。
「確かにあれはそう思われる可能性があるかも」
年頃の男性が女性に腕を引かれてホテルのエレベーターに乗るなんて、普通は深い関係でないとやらないことだろう。
「あと、今日、達也が私について来られなくて、途中で私が支えてあげた時。あれも元カレの勘違いを誘ったみたい」
エミの元カレを誘い出すために、百合がエミの発信機のついているブローチを持ったままホテル中を歩き回った時のことだ。
あの時、達也は百合の早足についていこうとして息を切らし、百合の方によろめいてしまった。百合はよろめいた達也をまるで女神の慈悲のように抱き留めてくれた。
達也はもしかすると周囲の人がラブシーンか何かのように勘違いするかもしれないと思ったが、本当にエミの元カレは「ラブシーン」と勘違いしたらしい。
「まあ、あれは……」
達也は情けなく息切れして百合に抱き留められた時のことと、百合の身体が柔らかかったことを思い出し、複雑な心境になった。




