ライブ当日⑧
「西園寺さんの元カレは、確かにこのホテルのことが知りたくて西園寺さんに声をかけたの。でも、元カレはこのホテルの建築のファンだからホテルのことを知りたかったわけではなかったの」
「ホテルの建築のファンじゃないのに、ホテルのことが知りたかったって、どういう意味?」
達也は首を傾げた。
「元カレはこのイリーナ・ホテルである計画を企てようとしていたの。つまり、パトリック・エヴァンスさんを襲撃する計画を、ね」
「じゃあ、あの襲撃を予告したのは……」
達也はエミの元カレがナイフをエミに突き付けた時点で、何となく元カレがパトリック・エヴァンスを襲撃しようとしていた犯人なのではないか、とは感じていた。
もちろん、実際にあの場面にいた時は百合を助けることに必死で、そんなことを感じる余裕もなかったが。
「元カレがどういう素性の人間かは知らないし、それは警察が調べてくれるだろうけど、とにかく元カレはエヴァンスさんを襲撃しようとしていた。そして、このイリーナ・ホテルで襲おうと狙いを定めた。
どうしてこのホテルにしたかは聞いてみないとわからないけど、まあ、日本なら治安が良くて警備も手薄になるし、ホテルでのライブならエヴァンスさんと距離が近くて襲いやすいと思ったのかもね。
計画を決めた元カレはフロントスタッフの西園寺さんに声をかけるの。『このホテルの建築のファンだから、詳しく話を聞かせてほしい』って。もちろん、ホテルの構造を詳しく知って、エヴァンスさんの襲撃を計画するためにね。
建築関係の仕事をしていると言われれば、別にそこまで怪しまれないでしょう? 事実、イリーナ・ホテルの建築は世界的に有名で、本当に熱烈なファンがたくさんいるもの。もちろん、建築関係の仕事をしているなんて、まったくのウソだったんだろうけど。
元カレが西園寺さんを狙ったのは、多分故意ね。このホテルの総支配人が公式ホームページに『西園寺さんがパトリック・エヴァンスのエスコート役をする』と書いていたから。
で、ここで、あのカメオのブローチが出て来るの。母親の形見だからとか、僕だと思っていつも持っていてほしいとか言えば、大体の女の子は肌身離さず持ち歩くはず。
特にエヴァンスさんのエスコート役なんて大仕事の時は、自分を励ますためにお守りみたいに必ず持つはずよ。
あのブローチに発信機をつけておけば、西園寺さんがエスコートしているエヴァンスさんがどこにいるのかわかるでしょ? 襲撃がしやすくなる。
元カレが持っていたボストンバッグの中に、手作りらしい爆発物が入っていたそうよ。達也は気を失っていたからわからないかもしれないけど、さっきまで宿泊客の一部を避難させたり爆発物処理班が来たりして大変だったんだから。
結局、安全だってわかってホテルは平常営業に戻ったけど、エヴァンスさんのライブは中止。あのブローチも警察が証拠として回収して行ったの」
「あのバッグの中に爆発物が?」
達也はめまいを感じた。自分が飛び込んで百合を救ったのは良いが、下手すると男の持っていたバッグに何かして爆発させていた可能性もなくはなかったのだ。
「あと、西園寺さんが元カレと一緒にいるのを『リリア』で見た女の人がいたわよね? あの女の人の特徴を警察に伝えておいたけど、ホテルのエントランスで見つけたと言っていた。あの女は男の恋人というわけではなく、犯罪の仲間だったみたい。
元カレに新しい恋人ができたというのは西園寺さんの勘違いだったけど、むしろ勘違いして元カレへの気持ちが吹っ切れたのはよかったみたいね」
「それで、西園寺さんは大丈夫? これから、どうなるの?」
達也はエミのことが心配になった。元カレが働いているホテルで犯罪をしようとしていたなんて、エミは相当ショックだっただろう。
何も知らなかったとは言え、従業員の元カレがホテルの大切なゲストであるパトリック・エヴァンスを襲撃しようとしていたのだ。
エミに何かしらのペナルティが与えられるのではないだろうか。
「西園寺さんは……。やっぱり最初は取り乱していたけど、それでもかなり落ち着いたみたい。今は警察の事情聴取を受けていると思う。これから少しの間だけ自宅待機になるそうだけど、ホテルの総支配人が配慮はするって言っていた。
幸い、西園寺さんは同僚に『彼氏ができた』とは言っていたけど、元カレの写真は見せていなかったそう。多分、変わらずこのホテルで働けるとは思う」
達也はエミのことに関しては少し安心したが、それでも腑に落ちないことがまだあった。
「あの元カレがパトリック・エヴァンスを襲撃しようとしたことはわかったけど、まだわからないことがあるよ。西園寺さんの元カレはどうしてブローチを渡した西園寺さんと突然音信不通になったの?
音信不通になったら、もう、そんな男がプレゼントしたブローチなんて、持ちたくなくなるし、実際に西園寺さんはブローチを捨てようとしたよね? ブローチを捨てたらパトリック・エヴァンスがどこにいるかわからなくなるよね?
それに、何であの男はブローチを持っている僕を追いかけて来たの?」




