第13話 山ごと来た同期生
斉藤友也
「……で、聖心体に転生して、山を浮かして突っ込んできたのかよ!?」
マジか――!?
もう、何から突っ込んでいいのか、といった感じである。
タマキンは悪びれる様子もなく、段ボールの上に腰かけて「ごっつええ盛り パキスタン空手味」をふうふういいながら、啜っている。
「他にどうやって来ればいいっていうの? ……ずずっ」
浮遊要塞に特攻を仕掛け、最初にすることがカップ麺の略奪って……マジか、お前。
なお、ルルウの話によると、パキスタン空手味はハバネロを入れ過ぎた冷麺みたいな味がするらしい。
「お前なー。激突のショックでポコ○ンちぎれるかと思ったぞ?」
「ちぎれる前に、今のゆーくんには付いてないじゃない? というか、なんで全裸のマスコットキャラになっちゃったの? ……ずずっ」
ちきしょー。
すかすかの段ボールの上にも座っていられるのは聖心体が空を飛べるからなんだけど、こいつの場合は現世にいた頃から念動力でぷかぷか浮いていたので、そこはあまり関係がない。
驚いたのは同じ聖心体なのに、俺みたいにマスコット化していないことだ。
ここはアースガルズの宮殿。
緋色に輝く魔法石を背に、玉座に腰を降ろしてことのなりゆきを見守っているルルウ。
王族らしく、天上人っぽい、上質そうな白い衣(ギリシャ人が着てそうなやつ)を身に纏っているが、さっきからコミュ障全開でほつれた糸をいじいじしている。
その横で、ぷかぷか浮かぶ俺。
んで、青いテーラードジャケットに黒タイツ。
紺碧の宝玉がキラリと光る金の髪留め。
いかにも真面目な女子大生といったいでたちのタマキンである。
「おい、ルルウ」
「はッ? なんすか?」
「なんでこいつだけ、現世と同じ格好なんだ? ファンタジー感、ぶち壊しじゃねーか?」
「いえいえ、聖心体の容姿は、ご本人の精神状態が強く影響されるみたいで……」
「なんだって!?」
「ギンティアさんも聖心体のときは、今のゆーやさまみたいに、べつの姿をしてました。だから、じぶんはそれが、ふつーだと思っていたんですよ……?」
「よーするに、『自画像を描け』といわれたら、漫画みたいなデフォルメされた絵で描く奴もいれば、リアルなデッサンを描く奴もいるってことか?」
仮説を提示すると、ルルウはフンフンと犬っぽく頷いた。
「あ、そんな感じっす。ゆーやさまが前者で、タマキンさまが後者……」
「ちょっとー、タマキンさまなんて呼ばないでよー」
「ひっ! す、すめんなさい!」
タマキンの殺意の波動に、ビビりまくルルウ。
「『タマキンさま』って、睾丸の神様みたいな名前だよな?」
「こ、子宝とかに、すごくご利益がありそうっす!」
「うふふっ……ゆーくんはともかく、ケモ耳エルフにはいわれたくない」
「ひぎぃっ!」
さっきから、ルルウがボケて、タマキンが脅す無限ループで話が進まない。
タマキンからしたら、毒殺犯と一日で仲良くなっている俺の方が異常で、ルルウのことが許せないし、油断もできない。
おまけにルルウはヘタレだが、ほんわか犬系の美女。
同じ天然ボケでも、うちの妹みたいなお嬢様タイプなら(うちは金持ちでもなんでもなく、あいつが勝手にお嬢様口調なだけ)、優等生タイプのタマキンとも対等に喧嘩ができる。
しかし、ルルウみたいな、ヘニャッとした奴が相手では、弱いものいじめみたいな空気になってしまう。
それはタマキンの好むところではないのだろう。
なお、タマキンには青間城珠姫という綺麗な名前があるが、タマキンというあだ名を気に入っているので、彼女をタマキンと呼ぶことは、決していじめではない。
「こいつがタマキンだよ」と人に紹介すると「こんな清楚な美人を睾丸扱いとか、お前、マジで外道の極みだな……」と、よくいわれるけど気にしない。
ちなみに、彼女は俺と同い年の二十一歳で、まな板みたいな貧乳おっぱいの持ち主である。
ジャケットの下のブラウスの胸部を見るたびに俺はいつも、「エアコンの利いた部屋で、日曜朝の特撮を観ながら、タマキンのまな板おっぱいをちゅーちゅーしたい」と思っているが、間違っても口に出したことはない。
「エアコンの利いた部屋で、日曜朝の特撮を観ながら、タマキンのまな板おっぱいをちゅーちゅーしたい」
「なッ!!」
おっと、声に出ていた。
タマキンは顔を赤く染め、俺の頬をむにゅーと念動力で引っ張った。
「うぬぬぬぬぬぬ――!」
「もぅ、ゆーくんたら。そういうのは司法試験に受かって、じぶんの事務所を持ってからっていってるでしょー」
「甘やかしながらも、課してるハードルが超高いっす!?」
タマキンにとってはナチュラルな発言なのに、ビックラこくルルウ。
なお、俺の成績は高校の頃から保健体育以外、散々だから、法律事務所開業はたぶん無理。
「んで、なんの話だっけ? オッパイの話?」
「タマキンさまが睾丸の神さまみたいだ、ってはなしですよ!」
「あ、そうだった! お前、ポコ○ンがもげるところだったじゃねえか!」
「どんな思い出し方なの!? あと、なんでそんなに下ネタが好きなのー?」
「あだ名が『タマキン』の人にだけは、いわれたくないですっ!」
別に俺達は好きでポコ○ンの話をしているわけではない。
いや、好きでしてるのか?
とはいえ、まな板おっぱいの話で、ポコ○ンがもげる痛みを忘れるとか、アホか俺は?
まったくもぅ、と段ボールの上で息を整え、タマキンはいった。
「聖心体になって、念動力も強化されているみたいだから、いけるかなって思ったの。そしたら、ホントに山を浮かせられちゃって。わたし自身でも、驚いているんだから……ずずっ」
「いや、山浮かせられるって、どんだけだよ?」
「平常時の十倍から百倍ぐらいの念動力になってるかもね……ずずっ」
この状況でもカップ麺は啜り続けるタマキン。
見上げた食欲である。
タマキンが巨大な地龍山脈村ニダヴェリールを浮かせて、俺=アースガルズの浮いている海上まで、何百キロも飛んできたのは驚きだ。
さらに、今も浮かせている。
念動力は、その時々の気合で倍加できる。
とはいえ、普段の彼女の力は人間数人を吹っ飛ばせられる程度だ。
それでも現世においては、そこらの不良やチンピラが太刀打ちできる力ではない。
無論、タマキンもこの力を秘匿し、大学では法学部の優等生、ゼミ長で通している。
うちの妹に比べたら、日常トラブルは極めて少ないタイプだ。
「それに、ちょっと眼を離しただけなのに、セクハラしまくっている、ゆーくんが悪いんだよ? ……ずずっ」
「セクハラ問題は解決したぞ! みんなこころよく許してくれた!」
「いえいえ、解決も、こころよく許してくれたわけでもないんですけどね……」
胸を張る俺の真横で、ルルウが速攻で否定する。
「許してくれてなかったの!?」
「折衷案として、家やトイレやおフロには視野遮断魔法をかけることで、みなさん、しぶしぶ、妥協してくれただけっす」
実情を説明され、ちょっとショックだった。
わきあいあいだったから、てっきり、授乳ぐらいさせてくれそうな好感度だと思っていた。
あれで根に持ってるとか、女って怖いな。
「でもでも、ワルキューレのみなさんとは和解できたわけですし、ほかの国民さんたちはもう、ゆーやさまに慣れてもらうしかないです」
「お、おお、そうだ! ルルウのいう通りだぞ!」
「えへへへ。もっとほめてください」
珍しくルルウがちゃんとフォローを入れてきたので、顎をコロコロしてやる。
しかし、タマキンはヘビのような眼でルルウを睨みつけてきた。
「ヒッ!!」
めっさビビる、ルルウ。
「五百歩ぐらい譲って、毒殺された件はまぁ、いいとするよー。この世界にも事情があるんでしょうし」
「毒殺されたことを五百歩ぐらいで許すって、お前は神か仏か?」
「わわわ、せっかく、ゆるしてくれるっすから、まぜっかえさないでくださいです!」
玉座でわたわたしているルルウ。
完全にタマキンの殺意の波動に屈しておるわ。
「とにかく、ゆーくんとわたしは魔王を倒すため、この世界に召喚されたんでしょ?」
「ですですッ!」
「それなら、魔王とどうやって戦うか、計画を説明してくれないと」
食べ終わったカップ麺を床に置くと、タマキンは玉座のルルウと向かい合った。
「早く魔王を倒して、わたしとゆーくんは現世に帰りたいの」
「そ、そうっすよねー。ハイ。おっしゃるとおりで……」
「ルルウさんだっけ? 具体的な戦略と戦術は?」
「え? せせせせせんりゃく?」
「これまでの戦いの記録もあれば、閲覧させて欲しいなー?」
「きろく? ……え、えつ? ぐぅ、ぐぅぇ」
「お、おい、やめたげろよ! こいつ、吐きそうになってんぞ!」
テンパリ過ぎて、えずき始めているルルウ。
こいつらにマトモな計画などあるはずがない。
魔王軍との戦いが実にテキトーだったことも、これまでのやりとりから、なんとなくわかる。
あと、転生した他の二人を、この世界に置いて帰る気満々なタマキンが恐ろしい。
「まさか? 何の計画もないなんてはずは……」
「ごべんだざい、ほんどになんもないんでずぅぅぅ。ぉおぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
大粒の涙と共に、ルルウの口からキラキラしたものが噴出するまで、五秒とかからなかった。




