第12話 幕間 飛空艇の令嬢
斉藤朱華音
ごきげんよう、お兄さまお姉さま方……。
朱華音は毒キノコを食べ絶命いたしましたが、ほんわかと元気ですわ。
聖心体として、飛空艇都市ミズガルズに転生いたしました。
ここは全長何キロもある、プロペラだらけの飛空船でしたの。
平べったい空母に幾つも細かいプロペラが随所に付いているようなデザインでしたわ。
船底にあたる部分がアパートやマンションのように住居エリアに区切られておりまして、何万人もの人々が暮らしていらっしゃるそうです。
住人のほとんどは空賊といわれる、空の海賊でしたわ。
ならず者ということですの。
「ボク達も一月前、この世界にやって来たのさ」
目覚めたわたくしを案内してくださったのは、ボーイッシュな女性でしたわ。
お名前はユーリさまとおっしゃいますの。
「この世界にやって来た……ですの?」
「うん。ボクも現世人でさ。仙台で大学院生をしていたんだ」
院生にしては、ずいぶん、お若い。
わたくしは驚きました。
二十歳のわたくしと、同い年ぐらいに思っていましたの。
まったく失礼いたしましたわ。
初めてデッキへと案内してくださったとき、ユーリさまはこの世界のことを色々と教えてくださりました。
デッキからは海原のように、蒼穹と一面の雲海が広がっておりました。
彼女はわたくし達が聖心体というものに転生し、この異世界《エアフィールド》に召喚されたんだと、おっしゃいました。
「……異世界《エアフィールド》……ですか?」
「そういうこと。何かご質問は?」
「え……え~~とですね。聖心体と申しましても、この飛空艇都市と意識が繋がっているだけで、肉体の方はそう変化がないのですね? 空が飛べるようになったぐらいで」
「飛べるのは大きな変化だけど、人間のときよりも、頑丈になっているみたいだよ?」
「あら? そうなんですの?」
身体が頑強になっているだなんて、全く自覚がありませんでしたわ。
ところで、聖心体の便利な能力の一つに|《鳥瞰》がございます。
意識をほんの少し切り替えることで、飛空艇都市ミズガルズと繋がり、自分達の姿を真上から見下ろすこともできますの。
その|《鳥瞰》で視たところ、わたくしの姿は生きていた頃と寸分、変わらぬままでしたわ。
赤毛の長髪にヘッドドレス。
前髪はぱっつん。
黒と赤の入り交じったゴスロリ衣装。
背中に背負った大きなクマのぬいぐるみ。
……この格好で家を出ようとしましたら、「山をなめてるのか!?」とお兄さまに往復ビンタを食らいそうになりましたのも、今ではいい思い出です。
「斉藤さんは、ちょっと変わってるね?」
「? なんでですの?」
「いやだって、異世界に転生しているのに、なんか冷静だし……」
「はあ……? これでも十分、驚いているのですが……」
わたくしはあくびを噛み殺しながら、お答えいたしましたわ。
と、そのとき――。
ぐさっ。
ぐさ?
ユーリさまの背中に一本の長剣が、サクッと貫通しておりました。
「ッ!?」
「……ユーリさま?」
あらあら。
見ると、さっきまでは人っ子一人いらっしゃらなかったのに、ぞろぞろと野盗らしきムキムキの殿方達がそこかしこから出現していらっしゃいました。
|《アクセス・MAP》
わたくしは意識をきりかえ、このミズガルズの神経回路にアクセスしてみました。
これは|《魔導回路》というものらしく、ユーリさまが教えてくださったのですが、魔法のエネルギーを操作して、この巨大な飛空艇都市のインフラを管理したり、故障箇所を把握することができるようです。
それによると、ミズガルズには無数の隠し通路やら通気孔があり、そこに野蛮な追い剥ぎの方々が潜んで、お互いに金品を奪い合っているみたいでしたわ。
「流石は空賊さん達の根城ですわね……」
「そういうこと……」
「!?」
感心しておりましたら、ユーリさまが背中から長剣を引き抜き、立ち上がっていらっしゃいました。
そこらじゅう血の池なのに、お加減は大丈夫なのでしょうか?
「ユーリさま、生きてまして?」
「いや、死んでるけどもさ……」
「……は?」
「――ボクのカラダは、アンデッドなのさ」
長剣をビュンと振って、こともなげに彼女はいいました。
血飛沫が青々とした頬に散ります。
「痛覚はあるから、こういうのも結構、痛いんだけどね」
野盗……もしくは空賊の皆さまは驚きと共に絶句。
後ずさりをし始めました。
「……不死王ユーリか?」
「……まずいぞ」
「まさか、Cデッキにこんな大物がいるとは」
「死者の軍勢を呼ばれるぞ! 誰か|《浄化》の魔法を使える奴は?」
「空賊がそんなもん、使えるわけねえだろ!」
野盗改め、空賊の皆さまが狼狽し始めました。
普通、三下なら「うろたえるんじゃねえ! たかだかガキ一匹じゃねえか!」とテンプレ台詞を吠えるものですが、ヒャッハーー枠にしては随分、マトモな反応でした。
「ユーリさまはアンデッドだから、不死王とおっしゃりますの?」
「あ、あの、斉藤さん? 戦闘中に袖をグイグイ引っ張ってくるのはやめてもらえるかな?」
「あ、すみませんですわ。わたくし、お邪魔をするつもりはありませんでしたの」
丁寧なお辞儀をしますと、ユーリさまの近くにいらっしゃいました空賊さまに近寄りました。
その空賊さまは鉄兜に鎖帷子、ご自分の身長より大きな大戦斧を両手で抱えておりました。
「な、なんだぁ? てめぇもアンデッドか?」
「いえ、ちょっとお借りいたしますね」
すれ違いざまに、ずっしりと重たい大戦斧を空賊さまの手からかっさらいました。
そして、ぶん投げます。
シュルルウルルウ、ドガン!!!!!!
「「「「「「!?」」」」」」
ユーリさまを除く、その場にいらっしゃった全員が目玉をひん剥きました。
大戦斧が、一匹の腐乱しかかったアンデッドにぶち当たったからです。
アンデッドは肉片をまき散らして、上半身が消し飛びましたわ。
ですが、次から次へとゾロゾロとあらわれていました。
その数はおよそ数百。
「あ、アンデッドだと!?」
「そ、そんなさっきまで影も形も……」
「排気口だ!」
「こいつ、アンデッドを排気口に潜ませていたのか!?」
「くそぉ! 罠にかかったのはこっちだったってか!!」
まったく、滑稽な人達です。
排気口や抜け穴に潜んで追い剥ぎをするつもりが、実はゾンビ達に待ち伏せされていたとは……おマヌケで愛おしくすらあります。
「ユーリさま、お見事ですわ」
「……」
「ご自身も不死身で、ゾンビさん達の王でもあらせられるから、不死王でいらっしゃいますのね!」
大戦斧をペロペロ舐めながら喜びました。
ですが……わたくしがはしゃげばはしゃぐほど、ユーリさまの表情が険しげなものに変わってゆきました。
わたくし……何か、やらかしてしまったのでしょうか?
「よくわかったね、斉藤さん」
「はい、先ほど|《魔導回路》を調べてみました。すると、そこら中の空気孔に死体が挟まっておりましたので……」
「ああ、そうね。聖心体のキミには、隠せなくて当然だよね?」
「いえまさか、死体が動き出すとは思っておりませんでした。びっくりいたしましたわ」
そうこうお話しているうちにも、アンデッドさま達は空賊さま達を取り囲んで黒山の人だかり。
空賊さま達も「ヒィ!!」とかいって、クソ雑魚らしくトンズラするのかと思いきや、まさかの終始無言でした。
「……!!」
「……!!」
「……んぎゃああああああああああ!!」
アンデッドに手足を引き裂かれながらも、剣や槍、戦斧を掲げて果敢に応戦しております。
女子供すら問答無用で突き殺す三下の分際で、意外と戦士としての矜持だけはお持ちのようでした。
「ユーリさま、このゾンビさま達はわたくしを襲ってはこないんですの?」
大戦斧を片手でぶんぶん振り回して、やる気を見せました。
でも、ユーリさまは苦虫を噛み潰したような表情をしております。
苦虫って何虫ですの?
「アンデッド達に聖心体を傷つけるなんて、無茶な命令を出すわけないじゃない?」
「あらあら、そうなんですの?」
「そうだよ。これが終わったら、今後の方針を話しあおうよ」
「今後の方針……ですか?」
一応、答えてはみたのですが、真横でカキンカキンやってる、ゾンビさま達と空賊さま達との戦いが、気になってしょうがないのですわ。
「キミも、強い仲間と組んだ方が得だよね?」
「えっ!」
「……え?」
あらあらー。
つい本音を洩らしてしまいました。
あれだけお兄さまから、「お前の本音は怖すぎるから、オブラートに包め」と、常日頃より戒められておりましたのに。
「あの、それって、逆じゃありません?」
スパン!!!!
わたくしの音速拳が炸裂しました。
髭モジャの空賊さまに噛みつこうとしていたゾンビさまの顔面が、シュッ!! という蒸発音と共に消し飛びました。
「確かに、悪人さまは皆、血祭りですわ。でも……」
ドタッと、黒々とした肉体がデッキに倒れました。
「……なっ」
「弱者より、強者をブチ殺してまわった方が楽しくないですか?」
「キ……キミは、一体?」
彼女が先ほどとは裏腹に怜悧な眼でわたくしを睨み上げました。
わたくしは大戦斧を斜めに構え、名乗りをあげます。
「わたくしは、冒険者ですの」
「――冒険者?」
「砂獄界ヴァレ・フォルの紅玉級冒険者。魔法剣士、斉藤朱華音、参りますわ!」
ユーリさまが頭に疑問符を浮かべます。
ですが、わたくしはすでに戦闘モードになっておりました。
それはそうと……お兄さまはどこで油を売っておられるのでしょう?




