第8話 告白
「寝坊助さん……行ってくるね」
夢うつつ――頬になにか触れた気がしたが、そのまま微睡みの中に落ちていった。
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うーん、よく寝た。
見知らぬ部屋で背伸びをする。
昨日は気づかなかったけど、整理整頓が行き届いて綺麗な部屋だ。
ベッドの前の机にラップがかけられたパンケーキとメモ書きが置いてあった。
『今日は残したら許さないからね♡
鍵はポストに入れておいて』
と可愛らしい兎の絵とともに綴られていた。
パンケーキ残したこと、根に持っているじゃん。
高宮さんは物心がついた時には隣にいた。
友達のいない僕と、姉ちゃんと一緒になって遊んでくれていた。
僕にとっては、本当にもう一人の姉のような存在だ。
普段はうるさい彼女も、昨晩は何も聞かずにいてくれた。
でも、いつまでも、彼女に甘えるわけにはいかないよな。
自分の足で立って歩かないと。
✾
お金はいくつか資産運用に回した。
物欲のない僕にとっては、お金が増えても何に使えばいいか分からなかった。
佐々木さんに会いたくなくて、店長に無理を言ってバイトは辞めさせてもらった。
講義を受けて家で寝る。
それをただ繰り返すだけの日々。
気づけば夏休みに突入していた。
連絡アプリの友達は二桁にも満たない。
そのうち三人は最近追加されたばかりだ。
誰が悪かったのか……どれだけ考えても答えは出てこなかった。
久々に連絡アプリの通知が光る。
『晴人くん。いろいろ誤解があったと思うから、会って話したい』
明里ちゃん。
今でも、あの日の彼女の本音……それが幻覚だったのではと思ってしまう。
それほどに普段の彼女は完璧だったから。
『もう、キミとは会えない』
僕がアプリを閉じる前に、即座に返答が返ってくる。
『そんなの嫌です!』
『僕のお金ならどれだけキミが頑張っても、手にはいらないよ』
『それでも会いたいです』
なんでこんなに食い下がるんだろう。
彼女が苦労しているのも分かったし、お金ぐらいあげてもいいけど。
僕を騙そうとしたことだけが、許せなかった。
僕がこの10億円を手放したら、それでも彼女は僕を見てくれるだろうか。
すべては明里ちゃんの本音が漏れたことから始まった。
いい加減、このもやもやを晴らさないと、僕自身、前に進めない。
PCを立ち上げ準備を始めた。
✾
「晴人くん……元気だった?」
彼女は相変わらず可愛い。あの一件さえなければ、僕は今も彼女にぞっこんだっただろう。
僕の自宅に誘ったら、明里ちゃんはあっさりと承諾して家に来た。
安心されているのか、舐められているのかは分からなかった。
今日は、騒ぎになる可能性もあったから、
自宅に彼女を呼んだ。
これで、明里ちゃんの本心がわかると思ったから。
「元気だよ。明里ちゃんは相変わらず綺麗だね」
不思議と、恋愛感情がないと歯の浮くような台詞もつらつらと言える。
「晴人くん。いつの間にか、女の子慣れしたね。
あの頃の晴人くんが懐かしいよ」
「いつまでも……子どものままじゃいられないから」
「紗奈への告白……いろいろ誤解があったんだよね。紗奈から全部聞いたよ」
紗奈ってのは佐々木さんのことだ。
「確かに、僕もいろいろと勘違いしてたから」
「でも、晴人くん……ちゃんと、相手を想える優しい人なんだって分かった。私、ますます好きになっちゃった」
このまま話していても、明里ちゃんのペースに飲み込まれそうだ。
また、彼女を好きになってしまう。
「お願いがあるんだけど?」
「えっ、なにかな。晴人くんのお願いなら何でも聞くよ」
「奏ちゃんの僕に対する誤解を解いてほしい。たぶん、明里ちゃんの言葉なら聞いてくれると思うから」
「ええと、私からも誤解を解こうとしたんだけど……ほら、奏ちゃんってば思い込んだら一直線って感じだから」
「それでも丁寧に説明したら僕への誤解が解けると思うんだ」
「嫌だ……」
初めて聞く、彼女の低くくぐもった声。
正直怖かった。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「どうして?」
「誤解を解いたら……奏ちゃんに晴人くんを盗られるから……」
思った通りだ。
明里ちゃんは、わざと僕のことを誤解させたままにしている。
「でも、奏ちゃんから、明里ちゃんに近づくなって釘を刺されたし」
「どうして奏ちゃんの話ばっかりするの?」
明里ちゃんの笑顔が張り付く。
「ごめん、そういう意味じゃないんだ。
僕のことも10億円もあきらめてほしい」
「お金はいいの……でも、晴人くんのことは諦めきれないよ」
「僕……10億全て、寄付したんだ」
「えっ……嘘だよね?」
彼女の顔が醜く歪む。
「本当だよ」
僕は自作した寄付受領証を彼女に見せた。
「こんなの……信じないよ……」
明里ちゃんは明らかに動揺している。
僕はこの日のために作った架空の慈善財団のホームページを彼女に見せた。寄付完了の通知も表示した。
「明里ちゃんが、お金がなくても僕を愛してくれるって信じているから……僕には10億なんて必要ないよ」
僕の言葉を受け止め、明里ちゃんが肩を震わせている。
「うわぁぁぁぁ!」
彼女が突然、発狂した。
「うわっ!」
僕の上に馬乗りになり、滅茶苦茶に叩き始めた。
「晴人くん、なんてことを! 私が何のために生活を切り詰めて、あなたのカット代に4800円も支払ったと思っているの……私がどれだけ苦しんでいるか……ろくに食事も食べられない日も多いのに!
どうして! どうして!
あなたはお金の価値なんかわかっちゃいない。
寄付するくらいなら、私にちょうだいよ!」
明里ちゃんはため込んでいたものを吐き出すように、僕を叩き続けた。
でも、これではっきりした……
「明里ちゃん……嘘だよ……」
「えっ……?」
「だから、10億円は僕の手元にある」
「うっ……ううっ……晴人くん……ひどいよ……」
「酷いのはどっちだよ。僕だって、明里ちゃんのことが本当に好きだったのに」
「私は、今でも……好きだよ……」
明里ちゃんは僕の胸に顔をうずめた。
この女……まだ、取り繕おうとしているのか。
僕は初めて誰かを憎いと思ってしまった。
「明里ちゃん……一億あげるから……もう僕と関わらないでくれ」
「えっ……」
「これだけあれば人生を立て直すには十分だろ?
手切れ金だよ」
もう、彼女との縁を切りたかった。
「いやだ……いやだよ……」
彼女は僕から離れようとしない。
「一億じゃ、足りないっていうの?
ふざけんなよ!」
自分でも驚くほど語気が強まる。
彼女を引き剥がそうとするが、離れない。
「いやだ……いやだ……」
明里ちゃんはだだっ子のように僕にしがみついて離れない。
「なら、10億全部やるから……僕には関わらないでくれ……」
「いやだ……」
彼女はそれでも否定の言葉を吐く。
「えっ……どうして?」
「私……晴人くんも欲しい……」




