第4話 合コン
金曜日――目の前には三名の可憐な女性。
緊張に苛まれながらも、
三対三の合コンが幕を開けた。
花輪が言うには、
宝和大学の二年生らしい。
一個下か……いや、それよりもオーナーさんがセットしてくれた髪型を再現できず、既にテンションはダダ下がりだ。
人生初の合コンは目の前の女性の顔すら見れずに終わりそうだ。
「あの……先輩、お酒は何飲みます?」
“先輩”――アニメ声のような高い響きに聞き覚えがあった。
あれ……この子……キャンパスで明里ちゃんが泣いていた時にいた、童顔の子じゃん。
向こうはどうやら僕ってことに気づいてないみたいだけど。
というか、あの一瞬の出来事で覚えてもらおうって方が自意識過剰か。
「せんぱーい! 聞いてます?」
「あ、ごめん。僕、下戸なんだ」
「えっ、そうなんですか?
私もまだ、20歳になってないから飲めないので、ちょうどよかったです」
彼女は小さな手を合わせて、ふっと微笑む。
大学なんて18から酒を飲んでいる奴が大半なのに(個人的な感想です)、真面目な子だな。
「そうなんだよ。
こいつ、暗いし下戸だし。つまんねぇ男だよな?」
花輪が悪意のある茶々を入れてくる。
こいつのこういうところが心底嫌いだ。
「そんなことないですよ……って、先輩の名前、まだ聞いていなかったですね。
私は、春野奏っていいます」
「僕は……」
一瞬、名前を出すことを躊躇った。
明里ちゃんの後輩の子。
彼女に知られたら10億当選のことも知られてしまうかも。
また、健全な人間関係を築けなくなるかと思うと、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ふーん。私みたいな子に名前は教えたくないですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「先輩が嫌なら、別にいいんですけどね」
奏ちゃんはぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向く。
うっ……可愛い。
妹属性の子だな。
こんな可愛い妹がいたらと変な妄想を膨らませてしまう。
「嫌じゃないよ。僕は土井って言います」
「土井先輩ですね。よろしくお願いします」
✾
その後は、自己紹介やら慣れないゲームやらが続き、正直もう帰りたかった。
内心、花輪が10億のことを話さないかひやひやしたが、杞憂に終わった。
たぶん、僕に注目が集まるのを避けたかったんだろう。
お金の力を否定したいのに、10億をぶら下げれば女性陣が一手に食いつくかもと考えてしまう自分がどうしようもなく嫌だった。
「僕は、そろそろお暇しますね」
「ええー、もう帰っちゃうんですか?」
「晴人くんともっとお話ししたかったぁ」
あまり話していない他の二人の女性が名残惜しそうに僕に視線を送る。
「無理させちゃ、悪いですよ。
土井先輩は私が責任を持って送りますね」
奏ちゃんが僕の体を軽く支える。
「あっ、抜け駆けだ!」
「えへへ。そんなんじゃないってば」
女性陣のやり取りの横で、
花輪と名前も知らないもう一人の男が僕を睨んでいる。
「ささ、土井先輩! 行きましょ!」
奏ちゃんって、けっこう強引なんだな。
彼女に手を引かれるまま、僕らは店を後にした。
「ふぅ……やっぱ、合コンなんて向いてないな」
「土井先輩、キョドりすぎですよ。
でも、そんなところが可愛いんですけどね」
うっ……僕も彼女ぐらいストレートかつナチュラルに相手を褒めれたらいいんだけど。
「キモいの間違いだろ」
可愛いなんて、初めて言われた。
歳下の子に言われると妙にむず痒い。
駅近の飲み屋街にはネオンの光が広がっていた。
「次の電車まで少し時間ありますね……」
奏ちゃんが上目遣いで見つめてくる。
うっ、可愛い……可愛いけど、童貞の僕には、その言葉に対する返答を持ち合わせてはいない。
なにが、正解なんだ。
「ええっと……静かなところに行く?」
「えっ、ちょっと、先輩!
この流れでホテルに誘うんですか!」
奏ちゃんが顔を真っ赤にして僕の胸をポカポカ叩く。
「えっ、いや、そういう意味じゃ……」
静か場所=ホテルなのか。
心の中でメモを取る。
「ええっと、近くに美味しいパンケーキのお店があるから行かない?」
こう見えて僕は大の甘党だ。
そこに関してはそこら辺の女性にも引けは取らない自信がある。
「パンケーキですか! 行きたいです!」
奏ちゃんを連れて、近くの行きつけの喫茶店に入る。
ここら辺は飲み屋街というのもあり、喫茶店も夜遅くまで営業している。
✾
レトロな雰囲気の店内に入ると、ジャズの旋律に包まれる。
この店は客層も静かな人が多いから、飲み会後に一人でよく行っていた。
「ふーん。土井先輩の雰囲気にぴったりですね」
「まあね」
それが褒め言葉なのかも分からなかった。
「なんか、この店だと、私も大人しくしないとですね」
「いらっしゃい。
あれ……土井くん、今日は彼女連れ?」
赤みがかった茶髪を揺らし、店員がメニュー表を持ってくる。
この人は……姉の友人の高宮さん。
正直、だる絡みしてくるから苦手だ。
それでも、この店に通い続けているのは、
そこを差し引いてもパンケーキが美味いからだ。
「そんなんじゃないですってば……」
「えー、彼女じゃ駄目ですか?」
うっ……奏ちゃんのあざとい視線がもろに胸に突き刺さる。
「ふーん。これは、理沙に報告しないとね」
高宮さんは不敵な笑みを浮かべる。
「姉ちゃんには言わないでよ」
「ふふ、土井先輩ってば、“姉ちゃん”って呼んでいるんだ。かーわいい♪」
「でしょでしょ、土井くんってば、弟みたいで可愛いんだよね。理沙から私に鞍替えしない?」
「もう、高宮さんまで悪ノリしないでください」
高宮さんの弟なんて毎日、イジられそうで怖い。
「ほら、早く仕事してくださいってば」
「はいはーい! いつものパンケーキセットでいい?」
「奏ちゃんはそれでいい?
コーヒーと紅茶はどっちが好き?」
「はい、土井先輩と同じ物でいいですよ。
コーヒーは苦手なので、紅茶でお願いします」
「うけたまわりました」
高宮さんは何故か敬礼をして、キッチンへ戻っていった。
「ふふ、陽気な人ですね。もしかして、土井先輩の好きピだったりします?」
「いや、全人類の女性が高宮さんだけになってもないから大丈夫」
「ちょっと、土井先輩。
あんまり大きな声で話すと聞こえちゃいますよ」
「むしろ、嫌われるくらいがちょうどいい」
「土井先輩って、意外と女泣かせだったりします?」
一瞬、明里ちゃんの泣き顔が脳裏によぎり、慌てて頭を振る。
「そんなことないって」
「ホントかなぁ」
奏ちゃんがジト目で僕を睨む。
雑談をしているとさっそくパンケーキセットが到着した。
フルーツや余計な物が乗っていないシンプルなパンケーキ。かすかに立ちのぼる湯気がメープルシロップの甘い香りを運んでくる。
「はい、土井くんはブラックに、女の子の方には紅茶になります」
高宮さんが手際よくドリンクを並べる。
「それでは、ごゆっくり」
こころなしかさっきより高宮さんのテンションが低い気がする。
ま、これぐらいのテンションの方が僕には合っているけど。
「わー美味しそう! 写真撮ってもいいですか?」
わざわざ確認を取ってくれるんだ。本当にいい子だな。
「どうぞ、好きなだけ撮ってよ。ついでに僕の写真も撮ってもいいよ」
「本当ですか!」
冗談のつもりだったのに、そこまで食いつくとは思いもよらなかった。
「土井先輩、それならあとでツーショット撮りましょうよ」
「いいけど……」
「なんで、ちょっと嫌そうなんですか?
自分から、誘ってきたのに……」
喜怒哀楽の激しい子だな。
そんなところも含めて可愛く見えてきた。
「むっ! うっまー!」
奏ちゃんはパンケーキのクリームを口につけて、
椅子の上で体を揺らしている。
「ほら、ここクリームがついているよ」
自分の口に指を指し彼女に教える。
「せんぱーい! 取ってください!」
奏ちゃんは可愛らしく、口をこっちに近付けてみせる。
「はぁ、仕方ないな」
彼女の口元のクリームをペーパータオルで拭ってやる。
「ありがとうございます。
土井先輩、本当に優しいですね。
私、本気になっちゃいそう」
この子なら……お金抜きでも僕を好きになってくれるかも。
それだけに、彼女のことを確認せずにはいられなかった。
「あの……前園明里さんって知っている?」
先日のやり取りを見る限り、明里ちゃんと奏ちゃんは仲が良さそうに見える。
二人の関係を聞いておかないと、今後仲良くしていく上でも支障をきたしそうだ。
「あれ、土井先輩も前園先輩を知っているんですか?」
「ああ、サークルが同じってだけだよ」
「そっか、同じ三年生だもんね。
でも、どうして前園先輩の名前を出したんですか?」
「えっ……と、うーん、なんとなく……」
「ふーん」
やばい、露骨すぎたか。
「ごめん、奏ちゃん、そんなに気にしなくていいよ」
「なんか、あからさまに言われると、気になるんですけど……」
明らかに訝しげに僕を見つめている。
「もしかして、前園さんと仲良くないの?」
「いえ、尊敬している先輩ですよ。
誰にでも優しいし、私は、どう頑張ってもあんな清楚に振る舞えないから……」
「確かに……」
「ちょっと、土井先輩!
そこはフォローするところでしょ!」
「ははは、ごめんごめん。
でも、奏ちゃんは奏ちゃんの良さがあるから」
「えっ……キュン……」
「口でときめき音を出している人初めて見たよ」
「もう、土井先輩ってば、私で遊んでいるでしょ。私が土井先輩で遊ぶんだから!」
「なんだよそれ。仮にも先輩だぞ」
「そうですね。曲がりなりにも先輩です」
向きになって対抗してくるところも可愛い。
いつの間にか、僕の気持ちは奏ちゃんに傾きかけていた。
✾
帰宅後、連絡先を交換した奏ちゃんから通知が届く。
『また、デートしましょうね!』
あれ……もしかして……これって人生初デートなのでは?
……思わず舞い上がってしまう。
鉄は熱いうちにだ。
僕は、せっかくのチャンスを逃すまいと、高鳴る鼓動を抑えながら、デートプランまで考えてメッセージを送った。
『来週の土日、予定空いている?
映画でも見に行かない?』
送信。
この時の僕はまだ、 宛先を間違えていたことに気づいていなかった。




