第2話 金の切れ目は縁の切れ目
御年二十歳、大学生活初の恋は甘い電子タバコの香りと共に打ち砕かれた。
空き教室で明里ちゃんと目が合い、
気づけばその場から逃げ出していた。
……明里ちゃん……明里ちゃん。
嘘だと言ってくれ。
自宅に帰り布団に包まる。
——裏切られたのに、彼女の名前を心の中で呼び続けていた。
明里ちゃんの言う通り……いい夢を見れた。
どれだけ自分に言い聞かせても、涙が止まることはなかった。
梅雨時期になり、僕は部屋に閉じこもった。
スマホの通知がさっきから鳴りっぱなしだ。
明里ちゃん……まだ、一度もやり取りをしていないままだ。
ブロックしたかったが、そんな勇気すら僕にはなかった。
病欠ということで一週間バイトを休んでしまったけど、そろそろ行かないと、これ以上は迷惑を掛けられない。
うだるような湿気と雨音により、一層気怠さが増す。
……もう、女性なんて信じない。
そう心に誓いバ先へと向かった。
「土井くん。新しく入った佐々木さんだ。
同じ宝和大らしいから、しっかり面倒を見るんだよ」
店長が僕の肩を叩く。
宝和大? 新人指導なんて面倒くさい。
失恋したての僕はそれどころではなかった。
「チョリーッす!」
佐々木と呼ばれた人が元気よく挨拶をする。
「こんにちは……ん!?」
僕が顔を上げると、見覚えのある女性が立っていた。
金髪に褐色の肌……この子、《《あの時》》明里ちゃんと一緒にいたギャルだ。
「あんた……土井じゃん……」
彼女も僕に気づいたみたいだ。
互いに気まずい沈黙が流れる。
仕事だから、手を抜くわけにも行かない。
心を殺して一通りの業務と指導を終えた。
佐々木さんとはほとんど目を合わせなかった。
僕はさっと着替えて帰路に就こうとしたが……突然、ジャケットの袖を掴まれた。
「ちょっと、土井……なに帰ろうとしてんのよ。
行くわよ!」
「えっ、行くってどこに?」
「私の歓迎会に決まってんでしょ!」
「えっ、歓迎会って二人で?」
「当たり前じゃない。他に誰がいんのよ?」
歓迎会を催促してくる新人なんて聞いたことない。
女性からの二人っきりでの食事のお誘い。
本来なら嬉しいはずなのに、裏切りと失恋の傷が台無しにする。
結局、押し切られる形でバイト先に近い居酒屋に二人で行くことになった。
「かんぱーい!」
「乾杯……」
盛り上がる彼女とは裏腹に僕のテンションは、
グラスの中のビールぐらい冷えていた。
「なによ、ノリ悪いわね」
あんな場面に居合わせて、カラッと笑う佐々木さんの心境が理解できない。
「テンション上げる方が無理ですって」
「あんたも女を見る目ないわね。
明里ってばマジで腹黒だから。
私でよければ話聞こか?
私ならそんな思いはさせへんのに」
「なんですかその、やり◯ン構文みたいなやつは」
「にゃはははは」
佐々木さんはゲラゲラ笑いながらビールを煽る。
「いや、僕も現実が見えてなかったです。
ま、少しだけいい夢見れましたし」
「へぇ、あんた、裏切られたってのに優しいんだね」
「そんなこと……情けないだけです」
「ま、ふにゃオスだから仕方ないか」
佐々木さんは慰める気はないみたいだ。
「私で良ければ、いつでも話聞いてやるよ。
その代わり、ご飯代は全部奢りな」
結局、飲み代とともに連絡先を押し付けられてしまった。
はぁ、僕の周りにはろくな女性がいないな。
✾
あれから、飲みサーには顔を出していない。
明里ちゃんに会いたくなかったから。
そんな僕を絡め取るように、
赤い糸が彼女とまた巡り合わせる。
キャンパスの廊下を歩いていると、見たくもない顔が正面から歩いてきた。
「土井くん……」
僕は明里ちゃんを視線からどかして、そのまま通り過ぎようとする。
「土井くん待って!」
彼女は強引に僕の腕を掴んだ。
「ごめんなさい!
私、あの時、紗奈の前だからつい強がっちゃって……思ってもないことを口走ってた!」
紗奈? ああ、佐々木さんのことか。
何を言おうともう騙されない。
「でも、僕が10億あるから近づいてきたんでしょ?」
「そ、そんなことないです。
土井くん……ひどい……」
彼女は人目も憚らず泣き出してしまった。
ひどいのはどっちだよ。
悲劇のヒロインぶりやがって。
周囲の視線が僕たち二人に注がれる。
僕を悪者にしようとする魂胆が見え見えだ。
「前園先輩!
大丈夫ですか!」
彼女の背後から童顔で栗色の髪を揺らす女性が駆け寄ってきた。
これ以上厄介事に巻き込まれたくはない。
はぁ……とんだモテ期だよ。
これなら、女性に絡まれないあの頃の方がよかった。
僕は逃げるようにその場を後にした。
友人の前だから強がったか……もしかして本当にそうなのか?
かすかな希望に縋ろうとするのは、僕自身まだ、彼女のことを忘れられないからかもしれない。
✾
午前中の講義も終わり、学食の隅でうどんをすすっていた。10億円あっても200円の格安うどんを毎日食べ続けている。
「おいおい、10億円くん!
飯を奢ってくれよ」
「はぁ……なんだよ、花輪……」
猿顔のいけ好かない男が、断りもなく目の前の席に座る。
「別にいいだろ?
俺のおかげで最近モテているみたいだし」
「やっぱりお前が言いふらしていたのか。
お陰で、こっちはいい迷惑だよ。
お前みたいなたかり野郎が増えたから」
「ったく。懐が温まっても、
器の大きさは変わんねえか」
「器の小ささで言えばお前も負けてないよ。
お前の顔を見ていると飯が不味くなる」
「まぁ、そう言うなって。俺たち友達だろ?
今度、合コンに誘ってやるからさ」
「別にいい。興味ない」
「はぁ、これだから童貞を拗らせた奴は……」
そりゃ、お金抜きで僕を愛してくれる人がいたら嬉しいけど……それこそ宝くじを当てるよりも難しい。
✾
「はぁ、今日は疲れた……」
1Kの狭いアパートの布団に倒れ込む。
畳の上のスマホが鳴動する。
また、明里ちゃんか……。
『土井くん。会って話せないかな?
こんな終わり方嫌だよ』
なんで、こんなにしつこいんだ?
終わるも何も、始まってすらいないのに。
また、連絡アプリの通知が鳴る。
『土井ー! 今週の金曜に合コン開くから!
19時に駅前のイタリアン集合な』
今度は花輪か……
僕に断る権利はないのかよ。
合コンか……気分転換にはいいかもな。
さっそく、クローゼットを開けて服を見繕う。
うーん。ジーンズに白シャツか……
さすがにこの格好はないな。
合コンの服装なんて分からないし、
誰かにコーディネートしてもらいたいけど。
明里ちゃんの顔が頭によぎる。
そうだ。僕に会いたいって言ってたし、
こうなったらせめてもの仕返しとして僕が彼女を利用してやる。
スマホを操作して明里ちゃんにメッセージを返した。




