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10億当選したらモテ期到来!……かと思われたが、美少女たちがなぜか曇りだした  作者: 那須 儒一


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第1話 人生にモテ期は二度訪れる

10億円——現実味のない当選金額を目の当たりにして、思考がキャリーオーバーする。


ここ数日間、宝くじサイトをスマホ画面で開き、眺めては閉じる——それを繰り返していた。


しばらくの間、雲の上を歩いているような現実味のない感覚が過ぎていく。


……10億

……10億

呪文のように魔性の言葉を反芻する。


2000円の上ハラミ定食を何回食べられるんだ?


大学なんて辞めてしまおうか。

豪邸でも建てて一生遊んで暮らすか。


でも、まだ若いし自分の可能性には挑戦してみたい。


とりとめのない思考が駆け巡る。


……と、そろそろ講義の時間だ。

宝和大学の教室に入り、2コマ目の講義を受けるべく、長椅子に座った。


「すみません——隣いいですか?」

黒髪ボブに白いワンピースを着た清楚な女性が、

髪を耳に掛けながら頬を赤らめていた。


周囲を見渡すと、座れる場所はたくさんある。

上映期間最終日の映画館ぐらいガラガラだ。


こんなに空いているのに……なんでわざわざ俺の隣に?


——ほんの少しだけ、引っかかった。


「あ、いいですけど……」

少し気になったが、可愛い子が隣に座るんだ。

断る理由がどこにある。


隣から仄かに百合の香水の香りが鼻をくすぐる。


……いい匂い。なんだか、落ち着く。

普段、女性がこんな至近距離で隣に座ることなんてなかった。


大学三年目にして、初の恋愛イベントだ。


やばい、なんか意識すると緊張してきた。

俺の鼻息、荒くなってないか?

手汗もすごい。


心臓が早鐘を打ちながら、

妙な居心地の悪さに襲われる。


「あの……」


「ひゃい!」

突然話しかけられ声が裏返る。


「ご、ごめんなさい……びっくりさせて」

隣に座る彼女が慌てて頭を下げる。


「いや……僕の方こそごめん。ど、どうしたの」

口が渇いて、上手く舌が回らない。


土井どいくん……ですよね?」


「あれ、どうして僕の名を?」


自分で言ってて悲しくなるが、

この大学で俺のことを知ってる人なんて、ほとんどいないはずだ。


「やっぱり合ってた!

違ってたらどうしようかと思って。

……私も同じ飲みサー“パプリカ”の所属なんです」

彼女の声が少し跳ねる。


「え、そうなんだ!」


僕は大学デビューを果たすべく飲みサーに参加したんだが、結果は見ての通りだ。


下戸ということもあり、僕は体よくアッシーとして使われていた。


「あ、無理に思い出そうとしなくても。

私みたいな地味な女、覚えられているわけないですから」

彼女は申し訳なさそうに両手を振る。


「そ、そんなことないよ……す、素敵だよ」

女性を褒め慣れてないせいで、どもってしまう。

我ながらなんて情けない。


「ごめんなさい。

無理にお世辞を言わせたみたいになって。

——私、前園まえぞのです」

彼女は照れくさそうに手を差し出した。


「えっ?」

思わず体が硬直する。


「“よろしく”って意味ですよ」

そう言って前園さんは僕の手を取り、握手をする。


彼女の柔らかい肌が、熱とともに伝わってくる。


やばい……手汗が……

僕は、慌てて手を引っ込めた。


「すみません。

いきなり馴れ馴れしかったですよね……」

前園さんは俯き、声のトーンが落ちる。


「僕の方こそごめん。手汗すごいから、前園さんの綺麗な手を汚したらいけないと思って……」


「そんなこと、気にしなくていいですよ。

土井くんって優しいんですね」

前園さんはふっと笑みをこぼす。


自分が女性に気持ち悪がられない。

それだけで、嬉しかった。

 

——あっという間に時間は過ぎ去っていった。

正直、緊張で講義どころではなかった。


彼女は

「土井くんって話しやすいですね。

私、緊張しいなんで、こんなに話せたの初めてかも……それじゃあ次の講義があるから、またね」

と手を軽く振りながら、去っていった。


可憐だ……前園さんの吸い込まれるような琥珀色の瞳が忘れられない。



数日後、サークル主催——花金の定期飲み会が開催される。


いつもの居酒屋、いつもの座敷の隅で、僕は一人でオレンジジュースをちびちび飲んでいた。


二年間、毎週欠かさず通ったのに、僕の友達はゼロ。後輩からも避けられる始末。


キモい奴はどこまで行ってもキモいまま。

女性に話しかけられてたのなんて、幼稚園の時が最後だ。


唯一、話すようになった花輪はなわっていう奴がいるが……正直苦手だ。


あいつとノリで宝くじを買ったけど、高額当選したことを知ってから僕に物をたかりだした。


鬱陶しいから全無視しているけど。


「あっ……土井くんだ!」


聞き覚えのある透き通るような声に顔を上げる。


「前園さん!」


彼女は当たり前のように隣に腰掛けてきた。


「土井くん、来てたんですね。

私、話したかったんだ」

前園さんの手が、僕の太ももに触れる。


——彼女はお酒が入っているせいか、先日よりもさらに距離が近い。


「大丈夫? お水飲みますか?」


「土井くん、やっぱり優しい……

土井くんの彼女さん、こんな優しくて素敵な人が彼氏で羨ましいな」


上目遣いの天使が、僕の腕に手を絡ませてくる。


「前園さん、僕みたいな奴に彼女がいるわけないじゃないですか……」

自分で言ってて悲しくなる。


「え、そうなんですか!?

なら……私が立候補しよっかな……」

前園さんの瞳に僕の顔が反射する。


「えっ、それって……」


「なーんて。

……ごめんね、私みたいな地味な女が夢見ちゃいけないよね」


前園さんは、瞬きして目を伏せる。


一筋の雫が、白いワンピースの裾にこぼれ落ちる。


……え、泣いてる?

こんな時、なんて声をかけていいか分からなかったた。


「ごめんなさい。泣き上戸なんです……」


「大丈夫だよ。前園さん、これどうぞ」


僕はハンカチを差し出す。


「えっ、ありがとうございます」

彼女は僕のハンカチを受け取り涙を拭う。


「私、土井くんのことが……」

前園さんが火照った体を擦り寄せてくる。


「前園さん、これ以上は……」

彼女の両肩を掴んで引き離した。

それでも、彼女の眼差しは僕を離さない。


前園さんは可愛いし、正直タイプだ。

それでも、恋愛経験のない僕に、これ以上のことはできなかった。


「私のこと、明里あかりって呼んでください」


「明里ちゃん……僕は晴人はると……」


「晴人くん……」

明里ちゃんは噛み締めるように僕の名前をつぶやく。


二人だけ周囲のバカ騒ぎから切り離されたように、

時間が過ぎていった。


僕たちはスマホで連絡先だけ交換した。



翌日、大学のキャンパスで鼻歌交じりにスキップしていた。


10億円の資産に、恋愛フラグ。

僕の人生って既に勝ち組じゃね?


優越感と高揚感に支配されながら、次の講義の教室へ向かっていた。


「えー、明里ってば、土井なんかのどこがいいのさ?」


明里?

想い人の名前が空き教室から聞こえる。


「まあ、顔はイマイチなんだけど、金はあんのよね」

昨日聞いた声が、昨日とは違う口調で話していた。


……そんなはずはない。

僕の衝撃とは関係なく、二人は話を続ける。


「なになに、そいつ、親が太いの?」

ギャルぽい口調が耳に響く。


「こいつ、宝くじで10億当たったんだって、花輪のヤツが言ってた。適当に貢がせて捨てるわよ」


「明里ってば、マジ悪女ね……」


「人聞きの悪いこと言わないで。冴えない童貞くんに夢を売ってんのよ」


「あんたってばマジ鬼畜」


彼女たちの笑い声が、人気のない空き教室に響く。


……言葉が出なかった。


昨日までの明里ちゃんとの会話が、

頭の中でひとつずつ剥がれ落ちていく。


恐る恐る、空き教室の中を覗く。


——そこには長机の上で足を組みながら、

電子タバコを吹かしている……明里ちゃんがいた。

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