第13話 嵐の到来
『ごめんなさい。いきなりすぎましたよね
忘れてください……』
あの時、奏ちゃんへの返事を躊躇ってしまった。
明里ちゃんへの未練があったのか。
奏ちゃんも本当は僕の10億のことを知って近付いてきたんじゃないか。
思考が巡り、解れ、僕は言葉を返せなかった。
帰宅とともに疲労と後悔が押し寄せてくる。
「はぁ……肝心なところで……情けない」
「晴くーん! おかえりー!」
「うぎゃっ」
突然、誰かに抱きつかれた。
「ね、姉ちゃん……な、なんで俺の家に……」
「えへへ、遊びに来ちゃった!」
久々に会う姉ちゃんは、黒く長い髪をポニーテールで結い、右頬のえくぼが浮かべていた。
「姉ちゃん、鍵はどうやって開けたんだよ」
一人暮らしの賃貸アパート。
合鍵は誰にも渡してない。
「どうやってって、
この前来た時にこっそり作っておいたのよ」
「さも当然でしょみたいな反応してるけど、
それって犯罪だろ」
「家族だから別にいいでしょ」
僕と姉ちゃんは血は繋がっていない。
里親に出された僕は、姉ちゃんの家族に預けられ、幼い頃から一緒だった。
だから、姉ちゃんは姉ちゃんだし、
里親の両親も本当の両親のように思っている。
一つ問題があるとすれば……
「クンクンクン」
姉ちゃんは何かを嗅ぎ取るように鼻を鳴らす。
「……私以外の女の臭いがする」
やばい……いつものやつが始まった、
「うわぁぁぁぁん! やーだ、やーだ!
晴くんと結婚するのは私だもん!
彼女なんて許さないんだから!」
これのせいで、僕は子ども時代、友達を作ることすら許されなかった。
僕の姉ちゃんは重度のブラコンなんだ。
せっかく家を出て逃げられたと思ったのに。
「はぁぁぁぁ……兄妹だから結婚はできないよ」
「血は繋がっていないもん! できるもん!
それになんなのよその髪型、格好良くなってる! やーだ、やーだ!
昔の晴くんの方がキモ可愛かった!」
格好いいなら別にいいだろ。
正直、この姉は10億円よりもトラブルを持ち込む。
「姉ちゃん、24歳の駄々っ子は少々きつい」
「私は晴くんに会えなくて幾千もの夜を指折り数えていたのに、私への愛は嘘だったの?」
この人を絶対に、みんなに合わせるわけにはいかない。
ピンポーン!
「土井! 遊びに来たぞ!」
この声……佐々木さん。
まずい、最悪のタイミングだ。
「おるぁぁぁ!
ウチの晴人に手を出したのはきさん(貴様)か!」
巻き舌でまくし立てながら、
姉が勢いよく玄関の扉を開ける。
「姉ちゃん、待ってくれ!」
遅かった。
既に明け放たれた扉を前に、
姉ちゃんと佐々木が睨み合っていた。
佐々木さんの背後で明里ちゃんが震えている。
「てめぇこそ、土井のなんなんだよ?」
「なによ、私は晴くんのお嫁さんになる人よ!」
佐々木さんと姉ちゃんが互いにメンチを切る。
「……お嫁さん!?
そんなの、私が認めません!」
今度は明里ちゃんが、姉ちゃんに食ってかかる。
もう、滅茶苦茶だよ。
明里ちゃん、僕のこと諦めるって言ってたじゃん。
「みんな、やめろ!」
こんなに声を荒げたのは生まれて初めてだった。
僕の剣幕に気圧されて、みんな口を閉ざす。
「姉ちゃん。この際だからはっきり言う。
俺は姉ちゃんとは結婚できない。
それと、明里ちゃんも……まだ君への気持ちを整理できてないんだ」
姉ちゃんと明里ちゃんが同時に俯く。
「土井……それなら、私なら嫁にもらってくれるってことか?」
「どう話を飛躍したらそうなるんだよ」
佐々木さんの突然の質問に開いた口がふさがらない。
「ちょっと、紗奈! 抜け駆けは許さないから」
明里ちゃんが食いつく。
「そうよ、私だってこんな小汚いギャルは認めません!」
「言ったなてめぇ!」
「何よ、このアバズレ!
私の晴くんを誑かして!」
姉ちゃんと佐々木さんがとうとう取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「ちょっと、紗奈! さすがにまずいって!」
佐々木さんを明里ちゃんが羽交い締めにして、
姉ちゃんは僕が押さえこむ。
「姉ちゃんもやめろってば!」
「明里……ごめん……」
佐々木さんはようやく冷静さを取り戻した。
「晴くん、いつの間にこんなに逞しくなったんだい?
姉ちゃんは嬉しいよ……」
まったく、このバカ姉ときたら。
昔っからまるっきり変わっていない。
近隣住民への迷惑になりながらも、なんとかこの場は収まった。




