第10話 相談窓口
常連が立ち寄る居酒屋“こはる”では、
今日も佐々木さんの声が響いていた。
「ぷっはー! うめぇ!
空きっ腹に染みやがる」
言葉だけ切り抜くと完全に中年オヤジだ。
真横に座る褐色ギャルは、短パンからはみ出したむきだしの太ももをおしげもなく座敷の上に乗せていた。
完全シラフの僕はできる限り視界に入れないように、意識するので精一杯だ。
ここ最近、僕の人生相談役は完全に佐々木さんに担ってもらっている。
お避けさえ奢れば彼女は、いつ何時でも僕の話を聞いてくれる完全に都合の良い女……いや、都合のいい酒飲みになっていた。
彼女は、少量のおつまみに大量の酒を飲み、
基本的に安い酒でも高い酒でも、変わらず美味しいと笑ってくれる。
友達のいない僕にとっては、非常に有り難い存在だった。
「佐々木さん……明里ちゃんって、僕のことどう思っているんでしょう?」
「なんだお前、明里のこと気になってんのか?」
「そういうわけでは……」
未だに彼女の本心が見えないことが、なんとなくもどかしかった。
「うーん。こっちが勝手に代弁するのもなぁ。
ただ、私にとっては土井も友達だから……どうしたもんか」
以前も、友達のことをチクリたくないと言っていたっけ。それだけで、佐々木さんの人柄の良さが滲み出ていた。
「……って、友達? 僕がですか?」
「えっ、違うのか?」
友達……友達……友達。
自分には縁のなかった至高の言葉を何度も反芻する。
「佐々木さん!」
僕は思わず、佐々木さんに抱きついた。
「ちょ、こらっ! やめろって!」
「僕の初めての友達! 佐々木さん、大好きです!」
「ほ、本当にや、やめてくれ……頼む……」
佐々木はいつもとは打って変わって、抵抗もあまりなく、弱々しかった。
「すみません。つい、嬉しくって」
「……はぁ、ったく……お前って奴は本当に……」
彼女が何を言いたいかは分からなかった。
「すみません」
「謝れば何をしてもいいわけじゃないからな」
「おっしゃる通りです」
「もういい、それより明里の話だろ」
「そうですね。
……佐々木さんは明里ちゃんのどんなところが好きなんですか?」
「うーん。そうだなぁ……あいつはさ可愛いだろ?」
「え、ええ……」
確かに、本心に目を瞑れば完璧に近い理想の女性だ。
「でも、明里は可愛いく見せるために誰よりも努力しているからさ。自分の辛い境遇や金銭目で苦しんでいても、それをおくびにも出さず、必死にもがいて生きているんだよ。そこら辺の男よりよっぽど男気がある」
確かに、佐々木さんの言うことも一理ある。
現に、あの時、明里ちゃんの本心を聞かなければ、彼女の上辺だけで僕はぞっこんだったから。
それに、奏ちゃんだって明里ちゃんを慕っている。
「僕から見たら、お金目当で独占欲が強い気もするけど」
「ただ、そんな一面を見せたのも土井が初めてかもな。明里はああ見えて恋愛下手だから、お金だけで誰にでもアプローチをかけたりはしないぜ」
佐々木さんは嘘は言っていない……思うけど、
なおさら明里ちゃんのことが分からなくなった。
「僕は……どうすればいいんだ」
「ま、明里の好意を受け入れるかは土井の好きにすればいい」
「でも、明里ちゃん、僕を離してくれるかな……」
「確かにな。明里は手強いぞ」
佐々木さんはぐっとビールを飲み干し、笑っていた。
「僕、直接話してみるよ」
「ああ、一つだけ、明里の肩を持ってもいいか?」
「……ん? 別にいいけど」
「土井が10億円を手にする前から、明里はお前のことをよく話してた気がする。
ただ、アプローチをかけたのはその後だけど」
「そう……なんだ」
誰もが聖人君子じゃない。
本心がバレてないだけでお金目当ての人なんて、たくさんいる。
それに、僕自身だって、周囲の女性に目移りしている。今の僕は、明里ちゃんだけを責めることはできない。
「直接、明里ちゃんと話してみるよ」
「そうだな。ここでグチグチ愚痴るよりも、それが手っ取り早い」
「ありがとう佐々木さん」
「別にいいって、こんぐらい。
でも、またなにかあったらいつでも相談してよ」
「それ、ただ酒飲みたいだけでしょ」
「ははは、バレたか……」
佐々木さんは乾いた笑いを残し、
空になったジョッキの底を見つめていた。




