第67話:おばあちゃん、世界の「大掃除」で因縁を真っさらに洗い流す
1.煤払いと「心の埃」
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。カレンダーも最後の一枚が随分と薄くなってしまいましたねぇ。……新しい年を清々しい気持ちで迎えるために、今日はお家も、お空も、みんなの心も、隅々まで『大掃除』をしてあげましょうか」
十二月の慌ただしい朝。魔王城(隠居所)の、キーンと冷えた広間。私は、頭に三角巾をきりりと巻き、手には使い古した竹箒と、何度も継ぎを当てた雑巾を携えて立ちました。
この世界の設定において、年末は『因果の累積期』と呼ばれ、一年間に溜まった負の感情や、倒された魔物の怨念が「煤」となって地脈を汚し、世界を暗く沈ませる時期。
運営の本来のプログラムでは、ここで「終末の煤払いレイド」が発生し、プレイヤーは物理的な攻撃が効かない「影の軍勢」を相手に、己の精神力を削りながら戦わなければならない、最も憂鬱な最終イベントが予定されていました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、見えない場所の埃まで完璧に払い落とすのは、家を守る者の至上命題。……ですが、あちらの王都のメインストリート、一年の疲れが溜まった冒険者たちが『もう動けない……』と、道端で凍りついて『動かない石像』のようになっておりますの。……おしとやかに、魂の奥までピカピカに磨き上げて差し上げる必要がありますわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『浄化の聖水霊』を数億体も召喚し、空から「魔法の洗剤」を含んだ清らかな雪を降らせようとしていました。
彼女の召喚術は、今や惑星規模のクリーニングシステムですが、人々の心にこびりついた「後悔」という名の頑固な汚れまでは落とせません。
セシルさんの指先から放たれる、透き通ったプラチナ色の光が、魔王城の煤けた壁を瞬時に真珠のような輝きへと変えていきました。
「……おおそうじ。……パパとママも、やってた。……でも、私の、手、触ると、全部、凍っちゃう。……汚れも、一緒に、固まるだけ。……私、おばあちゃんみたいに、汚れを、消して、綺麗にする、魔法、使いたい。……おばあちゃん、私にも、教えて」
スノウさんは、無表情ながらも少しだけ不安そうに、バケツの中の水に指先を浸していました。彼女の純粋な魔力は、一瞬で世界を凍結させて「汚れを閉じ込める」ことは得意でしたが、それを取り去って「新しくする」術を知りませんでした。
スノウさんは、おばあちゃんが冷たい水で雑巾を絞り、何度も何度も床を拭くその「繰り返しの動作」に、どんな高度な術式よりも深い意味があるのではないかと、じっとその手元を見つめていました。
「ちょっと! 運営の『一年の総括パネル』がエラーを起こしてるわよ! 『全プレイヤーの過去の犯罪歴や失敗談が、なぜか洗濯物の匂いと一緒に消えていく』って! ラスボス候補だった魔王軍の残党たちも、今、おばあちゃんに渡されたタワシで、自分の根城をゴシゴシ磨き始めてるわよ! キヨ、このままだと誰も悪さをしない、真っ白な世界になっちゃうわ!」
リタさんが、お掃除の合間のおやつ(実は第15話で作った、記憶を整理して活力を与える「賢者の干し柿」)を頬張りながら、窓ガラスを磨くための魔法の新聞紙を振り回して叫びました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(因縁の洗濯編)」
「あらあら、まあ。……埃も汚れも、一生懸命に生きてきた証ですよ。……でもね、いつまでも抱えていては、新しい幸せが寄り付く隙間がなくなってしまいます。……よし、それならね、私が一年の因縁を全部まとめて、この『魔法の洗濯桶』で綺麗に洗い流してあげましょう」
私は、魔王城の庭にある、かつては「生贄を捧げる祭壇」だった巨大な石の桶――実は第1話で龍がその涙で満たした、全ての呪いを浄化する「回生の泉」――に、お掃除で使った雑巾を投げ入れました。
「はい、これをこうして……。おしとやかに、右に三回、左に三回、心を込めて回して。……セシルさん、この水に『昨日の自分を許す魔法』を添えてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『業垢消滅・未来新生』の術式を、おばあちゃんの洗濯水に封じ込めさせていただきますわ。……この水が地脈に流れ込むとき、世界のあらゆる因縁は、美しい冬の星座へと昇華されるでしょう」
セシルさんが優雅に、けれど慈愛に満ちた瞳で祈りを捧げると、洗濯桶から溢れ出した水が、まばゆい銀色の光を纏った大河となって、世界中を駆け巡りました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(年の瀬の整理)が発動】
【ただの雑巾がけが『因果律清掃・絶対平穏』へと昇華されました】
【効果:全世界の『敵対フラグ・罪悪感・未練』を完全に消去し、全人類のステータスを『真っさらな新生状態』に更新する】
3.「ハナマル」の除夜と希望の鐘
私が、ピカピカに磨き上げた魔王城の門に、新しい注連縄を飾り、その中心にあるダイダイの実に、そっと指先で「ハナマル」を描いた、その瞬間。
ゴォォォォォォォォン!!
世界中の教会の鐘、そして寺院の鐘が一斉に、これまでにないほど澄んだ音色で鳴り響きました。
その音は、人々の心にこびりついていた一年の疲れを、まるで冬の風が枯れ葉を吹き飛ばすように、綺麗にさらっていきました。
王都で石像のようになっていた冒険者たちも、その音を聞いた瞬間、目から鱗が落ちるように立ち上がり、「よし、来年はもっと良い一年にしよう」と、清々しい笑顔で握手を交わし始めたのです。
「……あ、あれ? 身体が軽い。……俺、なんであんなに意地を張ってたんだっけ。……おばあちゃんのお掃除のおかげかな。……空も、こんなに綺麗だ」
「……おばあちゃん。……ピカピカ。……世界、笑ってる。……私、お掃除の、魔法、わかった。……消すんじゃなくて、磨くんだね。……私、おばあちゃんの、雑巾、ずっと、持ってる。……明日も、磨くね」
スノウさんは、おばあちゃんの横で、ついに「破壊」ではなく「再生」の喜びを完全に理解し、その小さな胸に、誰よりも輝くハナマルの決意を刻みました。
セシルさんが「おしとやかに」演出し、リタさんが「年越しそば」を打ち始めた、世界で一番静かで、世界で一番清らかな「大晦日の午後」が、白銀の世界の中で輝いていました。
【ワールドイベント:『おばあちゃんの創世・大掃除』が完遂されました】
【バフ付与:『一新される命』。全人類の『古い悩み』が完全に消去され、明日の朝、全員に『希望の種』が配布されます】




