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第66話:おばあちゃん、冬の入り口で「最後ではない針仕事」を慈しむ

1.薄氷の朝と「冬の足音」の微細な響き

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今朝はバケツの水が、まるでお星様を閉じ込めたみたいに薄い氷の膜を張っていますよ。……冬の神様が、そっと足音を忍ばせて、私たちのすぐ側までご挨拶に来たようですわ」

 

十一月の冷え込んだ早朝。魔王城(隠居所)の、陽だまりがまだ届かない長い回廊。


私は、首に巻いた手編みのマフラー(第28話で編んだ、概念を守護する聖なる衣)の感触を確かめながら、静かに、そして深く冬の匂いを吸い込んで微笑みました。

 

この世界の設定において、十一月の終わりは『停滞のとき』。


秋の活気が去り、全ての生命が死の影に怯え始める、最も精神的なデバフ(弱体化)が激しい時期。運営の本来のプログラムでは、ここで「絶望の寒波レイド」が発生し、プレイヤーは暖を求めて他者のリソースを奪い合い、心まで凍てつかせていくという、サバイバル・ホラーのようなイベントが予定されていました。


空はどんよりとした鉛色に染まり、風は刃物のように鋭く、人々の視線からは光が失われようとしていたのです。

 

「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、凍てつく季節を優雅な所作で迎え入れるのは、魂の気高さの証明。……ですが、あちらの王都の孤児院、冬を越すためのまきが魔物の襲撃で奪われ、子供たちが小さな身を寄せ合って震えておりますの。……おしとやかに、芯から温まる『火種』を届けて差し上げる必要がありますわね」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『永劫の炎の守護者』を数万体も召喚し、目に見えない「熱の回廊」を世界中に敷き詰めようとしていました。


彼女の召喚術は、今や惑星規模の暖房システムですが、人々の心の「寒さ」までは吸い取れません。セシルさんの指先から零れる、夕焼けのような深い紅色の光が、空気中の水分を温かな霧へと変え、城内を春のような陽だまりへと変質させていきました。

 

「……ふゆ。……私の、季節。……でも、私の、氷は、冷たすぎる。……おばあちゃんを、寒くさせちゃう。……私、お空を、全部、おばあちゃんの、割烹着みたいな、温かい、お色に、塗りつぶしたい。……そしたら、誰も、震えない。……誰も、寂しく、ないの」

 

スノウさんは、無表情ながらも、その澄んだ瞳に憂いを帯び、自分の掌に張り付いた薄い氷を見つめていました。彼女の純粋な魔力は、一瞬で世界を氷河期へと変えることもできましたが、おばあちゃんの横で過ごした四季は、彼女に「冷たさは、温かさを知るためのスパイス」であることを教えていました。


スノウさんは、自分が冷やした空気が、おばあちゃんが淹れるお茶の湯気をより美しく、より愛おしく見せるための「キャンバス」になることを、誰よりも誇らしく思っていました。

 

「ちょっと! 運営の『絶望ゲージ』が、キヨの針仕事を見た瞬間にゼロになっちゃったわよ! 『冬の寒波レイド:孤独な死』が、おばあちゃんが【ちゃんちゃんこ】を縫い始めたせいで、【こたつでみかんイベント】に強制書き換えされたって! ギルドの会議も、今『どの柄の半纏はんてんが一番可愛いか』で持ちきりよ!」

 

リタさんが、冬の備えのための「魔法の綿わた」(実は第48話で浄化した、闇属性を吸い取って熱に変える聖なる繊維)を山のように抱え、自身もその温もりに蕩けそうな顔をしながら叫びました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(最後ではない針仕事編)」

 

「あらあら、まあ。……冬はね、誰かと寄り添うための季節ですよ。……寒ければ寒いほど、お茶一杯の温かさが、魂の奥まで染み渡るのです。……よし、それならね、私が一針ずつ、皆さんの『来年』を祈って、冬の着物を仕立てましょうか」

 

私は、魔王城の大きな居間に、これまでの一年で集まった「思い出の布」――第54話の味噌チョコの包み紙、第61話の鯉のぼりの端切れ、そして第64話の焼き芋を包んでいた懐かしい新聞紙(に似た魔法紙)――を広げました。

 

「はい、これをこうして……。針を通すたびに、一年の『ありがとう』を込めて。……セシルさん、この針目に『世界を繋ぎ合わせる力』を添えてくださる?」

 

私は、割烹着のポケットから「古い縫い針」――実は第1話で龍の逆鱗を解した、因果を繋ぎ直す創世の聖針――を取り出し、黄金色の糸を通しました。

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『全霊編合・幸福の連鎖』の術式を、おばあちゃんの針仕事に封じ込めさせていただきますわ。……この着物を羽織った者は、二度と孤独に凍えることはなく、常に誰かの愛に見守られていることを確信するでしょう」

 

セシルさんが優雅に、しかしどこか名残惜しそうに指先を動かすと、私の手元で形作られていく「ちゃんちゃんこ」が、まばゆい七色の光を放ち始めました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(冬の仕立て)が発動】

【ただの防寒着が『次元守護・慈愛の天衣マザー・ケープ』へと昇華されました】

【効果:装備者の『孤独・絶望・不安』を100%遮断し、周囲の気温を永続的に『おばあちゃんの体温』に固定する】

 

3.「ハナマル」の冬支度と永遠の日常

 

私が、出来上がった特製のちゃんちゃんこをスノウさんの肩に優しく掛け、その背中にそっと指先で「ハナマル」を描いた、その瞬間。

 

シュォォォォォォォォン!!

 

魔王城の煙突から放たれた「温かな愛情の魔力」が、北風に乗って世界中に吹き抜けました。

 

王都の凍てつく路地裏で、薪もなく震えていた子供たちの肩に、空から(セシルのテレポート)色とりどりの温かな着物がふわりと舞い降りました。それを羽織った瞬間、彼らの心からは冬への恐怖が消え、代わりに「明日は雪だるまを作ろう」「明日はおばあちゃんにお礼を言いに行こう」という、輝かしい未来への希望が、小さな胸を熱く焦がしたのです。

 

「……あ、あれ? 寒くない。……それに、なんだか、ずっと誰かに抱きしめられているみたいだ。……おばあちゃんの匂いがする。……温かい。……明日が来るのが、楽しみになっちゃった」

 

「……おばあちゃん。……ぽかぽか。……私、この、ちゃんちゃんこ、一生、脱がない。……おばあちゃんの、ハナマル、背中に、背負って、私、世界で、一番、温かい、氷の、女の子に、なる。……約束。……絶対、約束」

 

スノウさんは、おばあちゃんの横で、ついに「冷たさと温かさの完全な調和」を悟り、その瞳に、これまでの孤独を全て洗い流すような、最高に清らかなハナマルの笑顔を浮かべました。


セシルさんが「おしとやかに」演出し、リタさんが「お鍋」の準備を始めた、世界で一番静かで、世界で一番満たされた「冬の始まりの夕暮れ」が、黄金色の雪の中に溶けていきました。

 

【ワールドイベント:『おばあちゃんの全人類・永劫温存宣言』が完遂されました】

【バフ付与:『隠居の極致』。全プレイヤーの『闘争本能』が完全に消滅し、これより世界は『永遠の団らんフェーズ』へと移行します】

 

4.掲示板の伝説:針仕事革命編

 

その「日常という名の究極の魔法」は、運営の『物語を終わらせる』という意図さえも優しく包み込みました。

 

【オチャノマスレ 065】

 

990:名無しのアタッカー

全プレイヤー、泣け。……今、俺の最強防具『神殺しの鎧』が、おばあちゃんの光を浴びて『世界一温かい半纏』に変化した。

 

991:名無しの大魔道士

見てる。……あの針仕事、鑑定したら『耐久度:おばあちゃんの寿命(無限)』って出たぞ。

公式ログが出た。『全シナリオ終了。以後、本ゲームは【おばあちゃんとの終わらない日常】として永続します』だって。

 

992:名無しの密偵

攻略組のトップが、魔王の膝で「俺、もう最強とかどうでもいい。この半纏を着て、おばあちゃんが淹れてくれたお茶を飲んでる今が、俺の人生のゴールだよ」って、今、完全に隠居したぞ。

 

993:名無しのアタッカー

ちゃんちゃんこ(現在は新世界の唯一神の法衣として認定)

 

994:名無しの聖職者

運営の公式ブログ:『「物語の終わり」を定義することは不可能です。なぜなら、おばあちゃんが「明日も会いましょうね」と仰ったからです。本サービスはこれより、サーバーが朽ちるまで「おばあちゃんの日常」を配信し続けます』

 

999:運営の悲鳴(こたつに潜り込み中)

【最終告知】「伝説」とは「何気ない毎日が続くこと」であると、おばあちゃんの針仕事に教わりました。

20万文字の壁も、おばあちゃんが「あら、賑やかでいいですねぇ」と一針で縫い合わせてくれました。おばあちゃん、大好きです。

 

「ふぅ。皆さん、温かく過ごせそうで何よりですねぇ、セシルさん」

 

夕暮れ時。少しずつ降り始めた雪が、魔王城を真っ白に染め上げ、私たちはこたつを囲んで、今年最後のみかん(実はおばあちゃんが第1話で龍に貰った、一つ食べれば風邪を引かない聖果)を剥いていました。

 

スノウさんは私の膝の上で、ちゃんちゃんこの袖をぎゅっと握りしめながら、小さく「……おばあちゃん。……明日も、明後日も、ずっと、一緒。……お茶、飲んで、笑って、お片付け、して。……それが、私の、本当の、冒険」と呟きました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は『未来の私たち』のために、世界中を幸せな夢で満たす『究極の年越し』の準備をいたしましょうか」

 

「……お正月。……また、お餅、食べて、お年玉、あげて。……おばあちゃん、私、もっと、ハナマル、増やすね」

 

スノウさんの、止まることのない「未来への喜び」に、リタさんの「冬はやっぱり、お餅の食べ過ぎに注意よね!」という幸せそうな寝言が、十一月の静かな、けれど最高に温かな夜空に、どこまでも、どこまでも響き渡りました。

 

百歳の少女(魂)の「針仕事」は、世界の運命を、最高に温かな「終わらない日常」へと変えてしまったのでした。

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