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第62話:おばあちゃん、五月の鯉のぼりで「空の交通整理」を行う

1.五月の蒼天と「屋根より高い」異変

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。見てくださいな、五月の風は、まるで生まれたての仔馬のように元気いっぱいに空を駆け抜けていますよ。……でも、あんなに風がはしゃいでいては、鳥さんや雲さんも、どこへ行けばいいか迷ってしまいますねぇ」

 

五月の爽やかな朝。魔王城の物見櫓。私は、目に手をかざして、吸い込まれるようなコバルトブルーの空を見上げました。

 

この世界の設定において、五月は「大気の氾濫期」と呼ばれ、冬の間に溜まった魔力が上昇気流に乗って一気に爆発する、気象学的な混乱期。


運営の本来のプログラムでは、ここで「空中機動レイド:暴風の回廊」が発生し、プレイヤーは飛空艇を駆り、荒れ狂う風の精霊を武力で鎮圧しなければならない、極めて難易度の高いイベントが予定されていました。


空は乱気流で分断され、物資を運ぶ商人たちは立ち往生し、空を見上げる余裕など誰も持てない状況でした。

 

「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、天の乱れを地上から優雅に整えるのは、まさに家庭を守る者の嗜み。……ですが、あちらの王都の上空、風の精霊たちが喧嘩を始めて、竜巻があちこちで発生しておりますの。……おしとやかに、空の交通ルールを教えて差し上げる必要がありますわね」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『蒼穹の案内人』を数千体も召喚し、空に目に見えない「風の道」を敷こうとしていました。


彼女の召喚術は、今や「完璧な航空管制システム」ですが、荒ぶる精霊たちの心までは静められません。


セシルさんの指先から零れる碧色の光が、乱気流に飲み込まれそうになりながらも、懸命に空を繋ごうとする様子は、さながら壮大な光のタペストリーのようでした。

 

「……こいのぼり。……お魚が、空を、泳ぐの? ……お水がないのに、苦しくない? ……私、氷の、お魚、作ったことある。……でも、あんなに、大きくない。……おばあちゃん、私、あんなに広い空を、自由に、泳いでみたい」

 

スノウさんは、無表情ながらも瞳をキラキラと輝かせ、風に煽られる自分の銀髪を抑えながら、空を指差しました。


彼女の純粋な魔力は、一瞬で大気を凍結させ、風を止めることも可能でしたが、それは「空の死」を意味します。


スノウさんは、おばあちゃんがなぜ、暴れる風を「元気いっぱい」と表現し、慈しむように見つめているのか、その理由を肌で感じようとしていました。

 

「ちょっと! 運営の航空ギルドから苦情が殺到してるわよ! 『全域で飛行禁止命令。物流が停止し、お祝いの柏餅が届かない』って! プレイヤーたちも、飛空艇が墜落しまくって阿鼻叫喚よ! キヨ、このままだと五月の節句が、ただの『暴風警戒日』になっちゃうわ!」

 

リタさんが、空飛ぶ配達員たちのために用意した「緊急避難用のクッション(実は魔王軍の毛皮を再利用したもの)」を抱え、突風に飛ばされそうになりながら叫びました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(巨大鯉のぼり編)」

 

「あらあら、まあ。……風さんはね、広い空で遊びたくて、ちょっとはしゃぎすぎているだけですよ。……大丈夫、ちゃんとした『目印』を作ってあげれば、みんな仲良く同じ方向へ泳ぎ出します。……よし、それならね、私が古くなった割烹着や余り布を繋ぎ合わせて、とびきり大きな『鯉のぼり』を仕立てましょうか」

 

私は、魔王城の広間に、世界中から集まった「感謝の布」――これまでのお節介で人々からもらった端切れ――を広げました。

 

「はい、これをこうして……。セシルさん、この布たちに『風を導く歌』を縫い込んでくださる? 鱗の一枚一枚が、風の精霊たちの『止まり木』になるように」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『天界回遊・風脈の調律』の術式を、おばあちゃんの針仕事に封じ込めさせていただきますわ。……この鯉が空に舞うとき、荒ぶる風はすべて、子供たちを祝福する『薫風』へと変わるでしょう」

 

セシルさんが優雅に魔法の糸を操ると、私の手元で縫い合わされた布たちが、まばゆい光を放ちながら膨れ上がり、ついには魔王城を丸ごと包み込むほどの、山のような巨大な「真鯉」と「緋鯉」へと変貌しました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(空の洗濯物)が発動】

【鯉のぼりが『天空の守護龍・風神の依代』へと昇華されました】

【効果:乱気流を「秩序ある気流」に変換し、全世界の飛行ユニットに「絶対安全」の加護を付与する】

 

3.「ハナマル」の飛行と子供たちの夢

 

私が、魔王城の最も高い尖塔に、巨大な鯉のぼりの竿をしっかりと固定し、その竿の先にある風車に、そっと指先でハナマルを描いた、その瞬間。

 

シュォォォォォォォォン!!

 

巨大な鯉たちは、まるで命を吹き込まれたかのように、五月の蒼天へと悠々と泳ぎ出しました。

 

その尾びれが一振りされるたびに、王都を襲っていた竜巻が消え、代わりに世界中に「柏餅の香りがする爽やかな風」が吹き抜けました。


空を分断していた乱気流は、鯉のぼりが泳ぐ軌道に沿って、美しい雲の道となり、立ち往生していた飛空艇や商人たちは、その波に乗ってスイスイと目的地へ向かい始めたのです。

 

「……あ、あれ? 舵を握らなくても、勝手に進むぞ! ……そうか、あの鯉のぼりが、風を教えてくれているんだ! ……おーい、あんなに大きな魚、見たことないぞ! 万歳! 万歳!」

 

「……おばあちゃん。……お魚、笑ってる。……お空、海になったみたい。……私、あの鯉の背中に、乗ってみたい。……お空から、みんなに、ハナマル、あげたい」

 

スノウさんは、おばあちゃんの横で、初めて「自然と共生する」ことの真理を悟り、その小さな手を大きく振りました。セシルさんが「おしとやかに」演出し、リタさんが「お祝いのお菓子」を空に向けてばら撒いた、世界で一番壮大で、世界で一番平和な「五月の空」が、キラキラと輝いていました。

 

【ワールドイベント:『おばあちゃんの天空交通整理』が完遂されました】

【バフ付与:『昇り龍の如く』。今後一週間、全ての経験値効率が1.5倍になり、物事がトントン拍子に進みます】

 

4.掲示板の伝説:鯉のぼり革命編

 

その「空を遊び場に変える」お節介は、運営の「難易度」という概念を完全に麻痺させました。

 

【オチャノマスレ 061】

 

200:名無しのアタッカー

全プレイヤー、空を見ろ! 城よりデカい鯉が泳いでる! あれに捕まったら、一瞬で目的地まで運んでくれたぞ!

 

201:名無しの大魔道士

見てる。……あの鯉、鑑定したら『職業:空の交通巡査(おばあちゃん派)』って出たぞ。

公式ログが出た。『空中レイド「暴風の回廊」は、おばあちゃんが鯉を泳がせたため、「空のピクニック」に変更されました』だって。

 

202:名無しの密偵

攻略組のトップが、鯉のぼりの尻尾に掴まって「俺、もう地面を這いずり回るのやめるわ。これからは風になって生きるよ」って、今、空中で柏餅を食べてるぞ。

 

203:名無しのアタッカー

鯉のぼり(現在は世界最大の物流インフラとして稼働中)

 

204:名無しの聖職者

運営の公式ブログ:『「空の試練」は、おばあちゃんの「お針仕事」により、解決されました。皆さん、この爽やかな風を全身で浴びて、健やかに成長してください』

205:運営の悲鳴(空中待機)

 

【最終告知】「風」とは「誰かを運ぶための力」であると、おばあちゃんに教わりました。

サーバーの熱も鯉のぼりが扇いで冷やしてくれました。皆さん、上を向いて歩きましょう。

 

「ふぅ。皆さん、空の旅を楽しんでいるようで何よりですねぇ、セシルさん」

 

夕暮れ時。茜色に染まった空を、悠然と泳ぎ続ける鯉のぼりの影を見守りながら、私たちは縁側で柏餅を頬張っていました。

 

スノウさんは私の膝の上で、空を指差しながら、小さく「……おばあちゃん。……私、いつか、あの、お魚に乗って、おばあちゃんを、もっと、高いところへ、連れて行く。……約束、するね」と呟きました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『雨の調べの神』を招待して、憂鬱な梅雨を『虹の音楽会』に変える準備をいたしましょうか」

 

「……あめ。……しとしと、降る、お水。……私、氷の、傘、作る。……みんなで、雨音を、歌に、する」

 

スノウさんの広がり続ける「新しい夢」に、リタさんの「お腹いっぱいでお昼寝、最高!」という幸せそうな寝言が、五月の穏やかな夜空に、どこまでも、どこまでも響き渡りました。

 

百歳の少女(魂)の「鯉のぼり」は、世界の混乱を、最高に爽やかな「未来への希望」へと変えてしまったのでした。

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