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第63話:おばあちゃん、梅雨の湿気を「魔法の乾燥機」でさらさらにする

1.長雨の憂鬱と「重たい空気」

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今朝はお空が随分と泣き虫さんですねぇ。……雲さんが重たいバケツをひっくり返したみたいに、世界がしっとりと濡れて、呼吸をするのも少しだけ力が必要なようですわ」

 

六月の朝。魔王城(隠居所)の縁側。


私は、白く煙る庭を眺めながら、膝の上のクロが少しだけ湿った毛を気にしているのを優しく撫でて微笑みました。

 

この世界の設定において、梅雨は『停滞の月』と呼ばれ、高湿度の魔力が人々の気力を奪い、装備を錆びつかせ、さらには「カビの魔物」が家屋を侵食する、地味ながらも最もストレスの溜まる季節。


運営の本来のプログラムでは、この時期に「腐食の浸食レイド」が発生し、プレイヤーは自分の大切な武器や防具の耐久度が刻一刻と削られる恐怖に怯え、常にメンテナンスを強いられる「消耗戦」が予定されていました。

 

「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、湿気に負けて髪が広がったり、お召し物がしんなりしてしまうのは、何よりの苦痛。……ですが、あちらの王都の武具店、最強の聖剣がカビの繁殖で『緑のナマクラ』に変貌し、伝説の勇者様たちが涙を流しながら磨き布を握りしめておりますの。……おしとやかに、世界の『さらさら』を取り戻して差し上げる必要がありますわね」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『除湿の精霊』を数万体も召喚し、城内の湿度を「高原の爽やかさ」に保とうとしていました。


彼女の召喚術は、今や完璧な空調システムですが、世界中の人々の「心の湿り」までは吸い取れません。


セシルさんの指先から零れる淡い琥珀色の光が、窓ガラスに付いた結露を瞬時に蒸発させ、城内をドライな聖域へと変えていきました。

 

「……あめ。……しとしと。……お空、ずっと、灰色。……私、氷の娘。……お水は、好き。……でも、この、じっとりしたのは、嫌い。……おばあちゃんの、割烹着が、乾かないの、かわいそう。……私、この雨、全部、凍らせて、雪に、しちゃいたい」

 

スノウさんは、無表情ながらも少しだけ不機嫌そうに、窓を叩く雨粒をじっと見つめていました。


彼女の純粋な魔力は、大気中の水分を一瞬で氷の彫刻に変えることができましたが、それは「成長」を止める死の冷気。


スノウさんは、おばあちゃんがなぜ、雨音に合わせて鼻歌を歌い、紫陽花あじさいの美しさに目を細めているのか、その「心の余裕」という魔法の正体を探していました。

 

「ちょっと! 掲示板が『キノコまみれ』よ! 湿気魔力のせいで、プレイヤーの頭からキノコが生えるっていう謎のバグが発生中なのよ! キヨ、このままだと世界中が菌類に支配されちゃうわ! 洗濯物も一週間乾いてないし、魔王軍の鎧も中が蒸れて全滅寸前よ!」

 

リタさんが、生乾きの洗濯物(実は第53話で鬼と仲直りした時に使ったタオル)を抱え、自身の装備から発生した小さなキノコを引き抜きながら叫びました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(さらさらお掃除編)」

 

「あらあら、まあ。……お空が潤っているのは、大地が喉を潤している証拠ですよ。……でもね、お部屋の中までじっとりしては、神様もくしゃみをしてしまいます。……よし、それならね、私がちょっと『魔法の乾燥機』を回してあげましょう」

 

私は、魔王城の倉庫から、古くなった「炭」と、第1話で龍からもらった「輝く宝玉」の欠片を取り出しました。

 

「はい、これをこうして……。炭をお出汁の小袋に詰めて、宝玉の熱をほんの少しだけ分けてもらって。……セシルさん、この『おばあちゃんの除湿袋』を、世界の隅々まで風に乗せて届けてくださる?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『湿気変換・清涼回帰』の術式を、おばあちゃんの炭袋に封じ込めさせていただきますわ。……じっとりした水分はすべて、お花の蜜へと書き換えられるでしょう」

 

セシルさんが優雅に祈りを捧げると、私が作った数千、数万の炭袋が、まばゆい黄金の光を放ちながら、雨のカーテンを突き抜けて世界中へと飛んでいきました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(梅雨の心得)が発動】

【炭袋が『空間浄化・絶対乾燥機ドライ・ゴッド』へと昇華されました】

【効果:半径1000km以内の『カビ・錆・生乾き臭』を完全に消去し、空気をさらさらのシルクに変える】

 

3.「ハナマル」の紫陽花と虹の橋

 

私が、縁側に置いてあった湿った雑巾を、おばあちゃんの炭袋でサッと一拭きし、そこに指先で「ハナマル」を描いた、その瞬間。

 

シュォォォォォォォォン!!

 

魔王城から放たれた「さらさら」の魔力波が、厚い雲を突き抜け、王都を覆っていた重苦しい湿気を一瞬で吹き飛ばしてしまいました。

 

雨は止まず、むしろ瑞々しく降り続いていましたが、不思議なことに肌に触れる感覚はさらさらと心地よく、生乾きだった洗濯物は一瞬で陽だまりのような香りを放ち始めました。


カビに覆われていた聖剣は黄金の輝きを取り戻し、プレイヤーたちの頭に生えていたキノコは、なぜか最高級の食材へと変化してポロリと落ちたのです。


「……あ、あれ? 呼吸がしやすい! 湿気が消えて、雨がまるで宝石のシャワーみたいに見えるぞ! ……おーい、見てくれ! 紫陽花が、おばあちゃんのハナマルみたいな形に咲いてるぞ!」

 

「……おばあちゃん。……さらさら。……気持ちいい。……雨、降ってるのに、濡れてる、感じが、しない。……お水、みんな、幸せに、なってる。……私、この雨、大好き。……氷、作らない。……このまま、見てる」

 

スノウさんは、おばあちゃんの横で、初めて「環境を受け入れ、整える」という大人の知恵を知り、その澄んだ瞳に七色の虹を映しました。


セシルさんが「おしとやかに」演出し、リタさんが「さらさらのシーツ」を広げてお昼寝を始めた、世界で一番静かで、世界で一番心地よい「雨の日の午後」が、しっとりと輝いていました。

 

【ワールドイベント:『おばあちゃんの雨の日・快適革命』が完遂されました】

【バフ付与:『心機一転』。今後一週間、雨が降るたびにMPが自然回復し、全ての装備品の耐久度が減らなくなります】

 

4.掲示板の伝説:梅雨革命編

 

その「不快を快適に変える」お節介は、運営の「嫌がらせ」という伝統を完全に崩壊させました。

 

【オチャノマスレ 062】

 

300:名無しのアタッカー

全プレイヤー、速報。今、俺のフルプレートメイルから『石鹸の匂い』が漂ってきた。

 

301:名無しの大魔道士

見てる。……あの炭袋、鑑定したら『吸湿量:世界の悲しみ(無限)』って出たぞ。

公式ログが出た。『「腐食の浸食」は、おばあちゃんがお洗濯をしたため、「全自動クリーニング期間」に変更されました』だって。

 

302:名無しの密偵

攻略組のトップが、雨の中で「俺、もう泥臭い戦いはやめるわ。これからは、さらさらの心で平和を歌うよ」って、今、吟遊詩人に転職したぞ。

 

303:名無しのアタッカー

炭袋(現在は世界最強の空気清浄機として稼働中)

 

304:名無しの聖職者

運営の公式ブログ:『「梅雨の試練」は、おばあちゃんの「生活の知恵」により、解決されました。雨の日は、ゆっくりとお茶を飲んで、心を整えてください。カビの魔物はすべて、美味しい椎茸に変換しました』

 

305:運営の悲鳴(椎茸狩り中)

【最終告知】「不快」とは「知恵が足りていない状態」であると、おばあちゃんに教わりました。

サーバーの湿気も取れて、処理速度が次元を超えました。おばあちゃん、最高です。

 

「ふぅ。皆さん、雨の日を楽しんでいるようで何よりですねぇ、セシルさん」

 

夕暮れ時。雨上がりの空に架かった二重の虹を見上げながら、私たちはさらさらになった畳の上で、冷たいほうじ茶を啜っていました。

 

スノウさんは私の膝の上で、虹の端っこを指差しながら、小さく「……おばあちゃん。……私、次の、晴れた日、おばあちゃんと、お散歩、行く。……水たまり、飛び越えて、笑うの」と呟きました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『夏の太陽の神』を招待して、焦げ付くような猛暑を『常夏のパラダイス』に変える準備をいたしましょうか」

 

「……なつ。……海、スイカ、かき氷。……私、最高に、冷たい、氷、作る。……おばあちゃん、頭、キーンって、させない、魔法」

 

スノウさんの優しさ溢れる「夏への準備」に、リタさんの「雨音を聴きながらの二度寝、最高……」という幸せそうな寝言が、六月のさらさらとした夜空に、どこまでも、どこまでも響き渡りました。

 

百歳の少女(魂)の「梅雨」は、世界の停滞を、最高に瑞々しく、最高に心地よい「休息の調べ」へと変えてしまったのでした。

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