第60話:おばあちゃん、世界一のお花見で「平和の重箱」を広げる
1.桃色の天蓋と「お裾分け」の波紋
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。見てくださいな、空が全部、優しい桃色のお布団に包まれてしまいましたねぇ。……世界樹さんも、一生懸命におめかしをして、私たちを待っていてくれたようですわ」
四月の穏やかな昼下がり。魔王城のすぐ裏手にそびえ立つ、天を突く巨木『世界樹・桜』の根元。私は、使い込まれた大きな風呂敷包みを抱え、春の陽だまりの中に立ちました。
先ほどまで枯死の危機に瀕していたとは信じられないほど、世界樹は今、命の輝きを爆発させていました。
数億という花びらが風に揺れる音は、まるで無数の妖精たちが一斉にささやき合っているような、心地よい「生命の音楽」となって世界に響き渡っています。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、この絶景を愛でながら一服の茶を楽しむのは、まさに人生の極致。……ですが、あちらの王都の広場、あまりの美しさに腰を抜かした冒険者たちが、武器を放り投げて『俺、もう戦うのやめるわ』と、次々に隠居宣言をしておりますの。……おしとやかに、新しい生き方を見守って差し上げる必要がありますわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『宴の精霊』を数千体も召喚し、世界樹の周囲に「無限に広がるゴザ」を敷き詰めていました。
彼女の召喚術は、今や「完璧な会場設営システム」として、敵味方の区別なく、訪れる者すべてを迎え入れる準備を整えています。
セシルさんの指先が空をなぞるたびに、空気中に漂う魔力が、甘い花の香りと共に「安らぎの結界」へと変わっていきました。
「……さくら。……ひらひら、落ちてくる。……私の、氷、みたいに、すぐ、消えちゃう。……でも、冷たくない。……おばあちゃん、私、この、お花、ずっと、見ていたい。……胸の、中が、ぽかぽか、するの」
スノウさんは、無表情ながらも頬を林檎のように赤く染め、舞い落ちる花びらを両手で大切そうに受け止めていました。彼女の純粋な魔力は、かつては周囲を凍りつかせる「拒絶」の力でしたが、今はおばあちゃんの知恵に触れることで、花びらを閉じ込めて永遠に輝かせる「保存」の慈しみへと進化していました。
スノウさんがそっと息を吹きかけると、手の平の上の桜が、溶けない氷のブローチとなって、おばあちゃんの胸元を飾りました。
「ちょっと! 運営の管理画面が真っ白よ! 『全エリアの戦闘フラグが消滅。モンスターがプレイヤーに団子を配り始めました』って! 魔王軍の四天王たちも、いつの間にか重箱を運ぶのを手伝ってるじゃない! キヨ、これじゃあお花見どころか、世界全体の親睦会になっちゃうわよ!」
リタさんが、お茶を入れるための「魔法の薬缶」を抱え、桜の花びらで足を滑らせそうになりながら叫びました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(三段重編)」
「あらあら、まあ。……戦うよりも、お団子を食べる方が、ずっと体にも心にも良いですよ。……神様もね、きっとお腹を空かせた子供たちが笑っている姿を見たいはずです。……よし、それならね、私が一晩かけて作った『平和の重箱』を広げましょうか」
私は、風呂敷を解き、黒漆塗りの立派な三段重を取り出しました。それは、かつて魔王が「世界を滅ぼすための貢ぎ物」として差し出した箱でしたが、今はおばあちゃんの手によって、世界一温かな「お弁当箱」に仕立て直されていました。
「はい、一段目は『彩りおむすび』。……去年の秋に収穫した聖米を、春の山菜と一緒に握りました。……二段目は『炊き合わせと卵焼き』。……出汁をたっぷり含んだお野菜が、お口の中で幸せを運びます。……そして三段目は、皆さんお待ちかねの『三色団子』ですよ」
私は、割烹着のポケットから「古びたお箸」――実は第1話で龍がくれた、万物の毒を消し、栄養を十倍にする聖具――を取り出し、重箱の料理を丁寧に取り分けました。
「セシルさん、この料理の『温もり』を、世界樹の根を通して、この星の隅々にまで届けてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『全生命共食・祝福の宴』の術式を、おばあちゃんのまごころ料理に付与させていただきますわ。……一口食べれば、過去の恨みも、未来への不安も、全てが春の霞となって消え去るでしょう」
セシルさんが優雅に祈りを捧げると、重箱から立ち上る湯気が、巨大な黄金の龍となって世界樹の幹を駆け上がり、その枝先から「幸福の雫」となって世界中に降り注ぎました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(平和の重箱)が発動】
【三段重の料理が『因果昇華・至高の供物』へと昇華されました】
【効果:食べた者の『敵対心』を完全に消去し、周囲の人々を『家族』として認識させる】
3.「ハナマル」の宴と世界の調和
私が、重箱の最後に残った「桜餅」を一つ、世界樹の根元にそっとお供えし、竹箒で周囲の土を「トントン」と整え、そこに特大のハナマルを描いた、その瞬間。
シュォォォォォォォォン!!
世界樹・桜から放たれた光が、地平線の彼方まで広がり、世界中の剣を鍬に、盾を鍋の蓋に、そして鎧を温かな防寒着へと一瞬で変質させてしまいました。
王都の広場で、魔王軍の残党と対峙していた勇者たちも、足元に咲いた桜の花と、どこからともなく漂ってきた「お出汁の香り」に誘われ、自然と武器を置いて座り込みました。
「……あ、あれ? 俺、なんであんなに怒ってたんだ? ……そうだ、こんなにいい天気なんだ。戦うなんて、もったいないよな。……おい、魔族のお前、その団子、一個くれないか?」
「……フン、おばあちゃんの教えだ。……『困っている人がいたらお裾分けしなさい』ってな。ほら、食え。……旨いぞ」
世界中で、かつての仇敵たちが手を取り合い、おばあちゃんの「重箱」を囲むようにしてお花見を始めました。
おばあちゃんの「知恵」は、力による支配ではなく、「同じものを食べて笑う」という、最もシンプルで最も強力な方法で、世界の理を書き換えてしまったのです。
「ふぅ。皆さん、仲良く召し上がっていて良かったですねぇ。……スノウさん、お茶のおかわりはいかがですか?」
私は、桜の花びらが舞い散る中、満足げに微笑みました。スノウさんは私の膝の上で、お団子を頬張りながら、小さく「……おばあちゃん。……私、この世界、大好き。……氷の、お城より、ずっと、温かい。……私、ずっと、おばあちゃんの、隣で、お花見、する」と呟きました。
セシルさんが「おしとやかに」演出し、リタさんが「賑やかに」盛り立てた、世界で一番静かで、世界で一番幸福な「創世のお花見」が、春の陽光の中で輝いていました。
【ワールドイベント:『おばあちゃんの全宇宙・大団円』が完遂されました】
【バフ付与:『永遠の隠居生活』。全人類の『生存競争』という概念が削除され、以後は『趣味と奉仕の時代』へと移行します】
4.掲示板の伝説:お花見・グランドフィナーレ編
その「究極のお節介」が起こした奇跡は、運営の存在理由さえも消し去りました。
【オチャノマスレ 059】
900:名無しのアタッカー
全プレイヤー、泣け。……今、俺の最強装備『滅びの剣』が、おばあちゃんの光を浴びた瞬間に『最高級の菜箸』に変化した。
901:名無しの大魔道士
見てる。……あの重箱、鑑定したら『内容量:おばあちゃんの愛情(無限)』って出たぞ。
食べても食べても中身が減らないんだが。これ、世界中の食糧問題が解決したんじゃね?
902:名無しの密偵
攻略組のトップが、魔王と一緒に「桜の下で昼寝」してて、今、ランキングの代わりに「幸せのあくび数」がカウントされ始めたぞ。
903:名無しのアタッカー
重箱(現在は新世界の基盤となる神殿として認定)
904:名無しの聖職者
運営の公式ブログ:『「世界征服」というゲームの目的は、おばあちゃんの「お花見」により、達成不能となりました。なぜなら、既に世界は幸せで満たされているからです。本サービスはこれより【永遠の隠居シミュレーター】へと移行します』
905:運営の悲鳴(団子完食)
【最終告知】「平和」とは「お裾分けの積み重ね」であると、おばあちゃんに教わりました。
サーバーの全魔力が、桜の花びらへと変換されました。皆さん、末永くお幸せに。
「ふぅ。皆さん、穏やかな気持ちで過ごせそうで何よりですねぇ、セシルさん」
夕暮れ時。魔王城の庭では、桜の花びらが絨毯のように敷き詰められ、その上でポチとクロが仲良くお昼寝をしていました。
スノウさんは私の膝の上で、お腹いっぱいになって幸せそうな寝息を立て、セシルさんとリタさんは、その隣で「来年のメニュー」について楽しそうに相談していました。
百歳の少女(魂)の「お花見」は、世界の終わりを、最高に温かな「永遠の春」へと変えてしまったのでした。




