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第58話:おばあちゃん、春のお彼岸で「ぼたもち」を魔界の門にお供えする(後編)

1.別れの時間と「残り香」の余韻

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。空の端っこが、少しだけ眠たそうに、夜のカーテンを引き寄せ始めましたねぇ。……楽しいお茶会の時間も、そろそろ『また明日』のご挨拶をする刻限のようですわ」

 

三月、お彼岸の最終日の夕暮れ。魔王城の裏山を包む空気は、冷たさと温かさが微細な粒となって混ざり合い、この世のものとは思えないほど美しい、透き通った紫色に染まっていました。


私は、空になった重箱を丁寧に重ね、最後の「ぼたもち」の粉をパタパタと払って微笑みました。

 

この世界の設定において、彼岸の終わりは、開かれた門が強制的に閉じ、現世に留まった死者が「亡霊レイス」へと堕ちるタイムリミット。


運営の本来のプログラムでは、ここで「強制排除フェーズ」が始まり、光り輝く騎士たちが未練を残す霊体を容赦なく狩り立てる、悲劇的なエンディングが待っているはずでした。

 

「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、見送りの際の後ろ姿こそ、美しく清らかでありたいものですわ。……ですが、あちらの『冥界の門』、門番のデスブリンガー様が『帰りたくない』とおばあちゃんの袖を掴んで駄々をこねておりますの。……おしとやかに、優しく背中を押して差し上げる必要がありますわね」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『安息のゆりかご』を召喚し、王の荒ぶる未練を「心地よい眠気」へと変えていました。


彼女の召喚術は、今や「完璧な終末期ケア」として、死の恐怖を眠りの安らぎへと翻訳しています。


セシルさんの指先から零れる魔力は、夕闇の中で蛍のような光を放ち、去り行く者たちの足元を照らしました。

 

「……おじいちゃん。……泣かないで。……これ、私の、氷の、お守り。……あっちの世界、暗くても、これがあれば、キラキラ、光る。……また、来年、おばあちゃんの、ぼたもち、一緒に、食べる。……指切り、げんまん」

 

スノウさんは、骨だけの王の指に、自分の小さな小指を絡めていました。


彼女の純粋な魔力は、王の骨の奥底にある「虚無」を、来年への「期待」という名の温かな核で埋めていきました。スノウさんの頬を伝う一筋の涙が、地面に触れる前に小さな氷の真珠となり、王の手の平に残されました。

 

「ちょっと! 運営のシステム管理者がパニックを起こしてるわよ! 『全プレイヤーのメンタルスコアが上限を突破。もはや誰も争う意志を持っていません』って! 冥界の軍勢も、みんなで肩を組んで歌いながら門へ戻っていくし……。キヨ、これじゃあ次シーズンの【魔王軍逆襲イベント】の前提条件が全部消えちゃうわよ!」

 

リタさんが、お土産用の「特製のお茶菓子(実はおばあちゃんが、冥界でも味が変わらないように魔法をかけたもの)」をアンデッドたちに配り歩きながら、汗と涙でぐちゃぐちゃの顔で叫びました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(送り火編)」

 

「あらあら、まあ。……争いなんて、お腹がいっぱいになれば、みんな忘れてしまうものですよ。……神様もね、きっと戦うことより、こうしてお茶を飲む姿を見ている方が、安心するはずです。……よし、それならね、皆さんが暗い道で迷わないように、とびきり明るい『送り火』を焚いてあげましょう」

 

私は、割烹着のポケットから「古い火打ち石(実は第30話で太陽の神様からお裾分けしてもらった、万物を照らす『慈悲の火種』)」を取り出しました。

 

「はい、これをこうして……。墓地の入り口の小さな灯籠に、一灯一灯、心を込めて。……セシルさん、この火を『魂の道しるべ』として、銀河の果てまで届けてくださる?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『永劫回帰・光の回廊』の術式を、おばあちゃんの灯した小さな火種に増幅させていただきますわ。……迷える魂も、孤独を抱える生者も、この光を見れば『独りではない』ことを思い出すでしょう」

 

セシルさんが優雅に両手を広げると、私が灯した小さな火が、一瞬にして爆発的な、しかし決して熱くない「慈愛の光の奔流」となって夜空へと昇っていきました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(送り火)が発動】

【お彼岸の送り火が『次元間・絆の恒星』へと昇華されました】

【効果:現世と冥界の間に、いつでも互いの幸福を祈り合える『心の回線』を永続的に開通させる】

 

3.「ハナマル」の静寂と春の月

 

私が、冥界の門の最後の一片が閉じる瞬間に、門の表面へそっと竹箒の先で「ハナマル」を描いた、その瞬間。

 

シュォォォォォォォォン!!

 

重厚な石の扉は、音を立てることなく、まるでおばあちゃんが孫を寝かしつける時のように静かに、そして優しく閉じられました。

 

墓地には再び静寂が訪れましたが、それはかつての凍てつくような孤独な静寂ではありませんでした。


土の奥底から、そして空の向こうから、何万、何億という「ありがとう」のささやきが、春の夜風に乗って聞こえてくるような、最高に温かな静寂でした。

 

「……あ、あれ? 門が閉まったのに、寂しくない。……むしろ、なんだかすごく、守られているような気がするわ」

 

リタさんは、自分の胸に手を当て、そこにある温かな鼓動と、去っていった者たちの想いが共鳴しているのを感じて、幸せそうに微笑みました。

 

「……おばあちゃん。……お星様、笑ってる。……おじいちゃんたち、あっちで、宴会、してるかな。……私、もう、死ぬの、怖くない。……だって、おばあちゃんの、ぼたもち、どこにいても、届くもん」

 

スノウさんは、私の膝に顔を埋め、安堵の眠りに落ちようとしていました。セシルさんが「おしとやかに」演出した、世界で一番静かで、世界で一番慈愛に満ちた「お彼岸の終幕」が、春の三日月に照らされて、銀色に輝いていました。

 

【ワールドイベント:『キヨさんの生死和解・全宇宙平和』が完遂されました】

【バフ付与:『永遠の安らぎ』。全プレイヤーの最大HPが永続的に10%上昇し、絶望状態を完全に無効化します】

 

4.掲示板の伝説:お彼岸・完結編

 

その神をも凌駕する「生活の知恵」による救済は、運営の根幹さえも変質させました。

 

【オチャノマスレ 056】

 

500:名無しのアタッカー

全プレイヤー、報告。……今、公式ロゴの横に「おばあちゃんのハナマル」が付いたぞ。

 

501:名無しの大魔道士

見てる。……あの送り火、鑑定したら『照度:明日を生きる理由(無限)』って出た。

冥界の門が「また来週!」みたいな軽い音で閉まったんだが。

 

502:名無しの密偵

攻略組のトップが、送り火を見ながら「俺、もう最強を目指すのはやめる。大切な人を守るための、最高のお節介焼きになるよ」って、今、ギルド名を【キヨさんの孫一同】に変更したぞ。

 

503:名無しのアタッカー

ぼたもち(現在は現世と冥界を繋ぐ唯一の外交貨幣)

 

504:名無しの聖職者

運営の公式ブログ:『「強制排除」という悲劇的なエンディングは、おばあちゃんの「送り火」により、最高に温かな「またね」に上書きされました。本ゲームの目的を【サバイバル】から【穏やかな隠居生活の守護】に再定義します』

 

505:運営の悲鳴(成仏寸前)

【最終告知】「別れ」とは「次に会うための約束」であると、おばあちゃんに教わりました。

サーバーの全データが、おばあちゃんのハナマルで最適化されました。皆さん、良い春を。

 

「ふぅ。皆さん、無事にお帰りになられて、良かったですねぇ、セシルさん」

 

深夜。魔王城の庭には、ひっそりと「忘れな草」の青い花が、月の光を浴びて咲き乱れていました。

 

スノウさんは私の腕の中で、寝言で「……ぼたもち……美味しい……」と呟き、セシルさんとリタさんは、その寝顔を慈しむように見守っていました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『春爛漫の女神』を召喚して、世界中をピンク色の花吹雪で埋め尽くす『究極のお花見フィナーレ』の準備をいたしましょうか」

 

「……おはなみ。……桜、満開。……私、氷の、花びら、降らせる。……おばあちゃんと、一緒に、笑う」

 

スノウさんの夢の中の言葉に、私は「楽しみですねぇ」と優しく微笑みました。

 

百歳の少女(魂)の「お彼岸」は、世界の終わりを、最高に温かな「永遠の繋がり」へと変えてしまったのでした。

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