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第57話:おばあちゃん、春のお彼岸で「ぼたもち」を魔界の門にお供えする(中編)

1.冥府の王の涙と「魂の味」

 

「あらあら、まあ。……王様、そんなに急いで召し上がっては、お喉に詰まってしまいますよ。……はい、お茶をどうぞ。……少し熱いですが、ゆっくりとお飲みなさい」

 

魔王城の裏山、紫色の霞がたなびく境界の地。私は、かつて世界を恐怖に陥れたという冥界の王・デスブリンガーの隣に、ちょこんと腰を下ろしました。

 

王は、骨だけの大きな手で湯呑みを震わせながら、私の差し出したぼたもちを、まるで宝物のように見つめていました。


この世界の設定において、冥界の王は「愛を知らぬ孤独の化身」であり、生者の温もりを憎むことでその力を維持している存在。


しかし、おばあちゃんの「徳」が染み込んだもち米の粘りは、彼の魂に刻まれた「忘却の呪い」を、文字通り物理的に剥がし取っていきました。

 

「……キヨよ。……我は、この千年の間、何を求めていたのであろうか。……ただ、暗い穴の底で、誰かが我を呼ぶ声を待っていたような気がする。……この『ぼたもち』というものは……。なぜ、これほどまでに心が締め付けられるのだ?」

 

冥界の王の空洞の眼窩から、透き通った青い炎のような涙が溢れ、地面に落ちては青い花(忘れな草の魔界種)を咲かせていきました。

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『追憶の女神』を召喚し、王の背後に「彼がかつて愛した故郷」の幻影を優しく映し出していました。


彼女の召喚術は、今や「完璧なグリーフケア(悲しみの癒やし)」として、死者の荒ぶる魂を包み込んでいます。

 

「王様、それはね、『思い出』という隠し味が入っているからですよ。……どんなに偉い王様でも、どんなに恐ろしい魔物さんでも、誰かに『おかえりなさい』と言ってもらった記憶は、魂の深いところに眠っているものです。……お彼岸はね、それを思い出すための、神様からの贈り物なのですよ」

 

「……おじいちゃん、お顔、優しくなった。……私、氷の、手ぬぐい、作った。……涙、拭いて。……もう、寒くない。……おばあちゃんが、ここに、いるから」

 

スノウさんは、恐る恐る王の骨の指に触れ、自分の冷気を「心地よい清涼感」に変えて寄り添っていました。


彼女の純粋な魔力は、王の魂にある「熱すぎる後悔」を適温まで冷やし、彼をただの「寂しがり屋のおじいさん」へと戻していきました。

 

「ちょっと! 運営のステータス画面がバグりまくってるわよ! 『冥界の王の属性が【破壊】から【隠居希望】に変更されました』って! それに、王の涙から咲いた花を食べたアンデッドたちが、次々と『生前の未練クエスト』を完了させて、黄金の光になって成仏し始めてるわよ!」

 

リタさんが、お供え物の予備(実はおばあちゃんが徹夜で仕込んだ、一粒で魂を洗濯する『聖なるあんこ』)を運びながら、光り輝く墓地の光景に目を丸くしました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(思い出の語り部編)」

 

「あらあら、まあ。……皆さん、随分とすっきりしたお顔をされていますねぇ。……それならね、せっかくですから、皆さんで『昔のお話』をしましょうか。……セシルさん、倉庫にある『古い蓄音機』を持ってきてちょうだい」

 

私は、割烹着のポケットから「小さな鈴(実は第1話で龍がくれた、死者の声を歌に変える聖具)」を取り出し、蓄音機の上にそっと置きました。

 

「はい、これをこうして……。鈴の音色を、皆さんの心の中に響かせて。……セシルさん、この音を『世界中の失われた記憶』と共鳴させてくださる?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『魂の旋律・追憶の調べ』の術式を、おばあちゃんの鈴の音に乗せて、現世と隠世の間に流れる『静かなる大河』を歌へと変えさせていただきますわ」

 

セシルさんが指を鳴らすと、私が鳴らした「チリン」という微かな音が、地平線の彼方まで広がる、壮大で優しいオーケストラのような歌声となって空に響き渡りました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(魂の語り部)が発動】

【お彼岸の静寂が『全次元同時・追悼コンサート』へと昇華されました】

【効果:歌を聴いた全ての生者と死者の間に『許し』と『感謝』のリンクが確立される】

 

3.「ハナマル」の再会と心の平和

 

私が、墓地の中央にある一番古い石碑に、そっと「ハナマル」を描いた布を掛けた、その瞬間。

 

シュォォォォォォォォン!!

 

空から、かつてこの地を救い、そして歴史から消えていった名もなき英雄たちの霊体が、柔らかな光を纏って降りてきました。

 

彼らは街の人々、そしてプレイヤーたちの前に現れ、戦うのではなく、ただ優しく肩を叩き、「よくやったな」「誇りに思うぞ」と、音のない言葉で語りかけました。

 

「……えっ? この透き通った人は……僕がレベル1の時に助けてくれたNPCの師匠……!? 亡くなったはずなのに……。ああ、そうだ、先生の教えを、僕は忘れてなかった……!」

 

王都のあちこちで、プレイヤーたちが自分のプレイスタイルの原点となった「恩人」や「かつての仲間」の霊体と再会し、涙を流しながら、今までの自分の歩みを報告し始めました。

 

おばあちゃんの「ぼたもち」と「鈴の音」は、世界の「喪失感」を、最高に満たされた「再会の喜び」へと塗り替えてしまったのです。

 

「ふぅ。皆さん、大切なことを思い出して良かったですねぇ、セシルさん」

 

月が昇り始めた、お彼岸の中日ちゅうにち。魔王城の裏山は、現世の住人と隠世の住人が、焚き火を囲んで踊り、語り合う、宇宙で一番穏やかな「生と死の宴」の会場となっていました。

 

スノウさんは、冥界の王の膝の上に乗って(王は驚きながらも嬉しそうに固まっていました)、空から降ってくる「光の欠片」を追いかけて、初めて無邪気に声を上げて笑いました。

 

「……おばあちゃん。……死ぬの、怖くない。……だっておばあちゃんが、こうして、みんなを、繋いでくれるから。……私、ずっと、この歌、聴いてたい」

 

スノウさんの純粋な言葉に、リタさんの「しんみりしすぎよ! さあ、おかわりをどんどん丸めるわよ!」という、涙を堪えた元気な声が、星の輝く夜空に力強く響き渡りました。

(後編に続く)

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