表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/71

第56話:おばあちゃん、春のお彼岸で「ぼたもち」を魔界の門にお供えする(前編)

1.春の霞と「向こう側」の気配

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今朝は空気が、まるで洗いたてのシーツのようにしっとりとして、それでいてどこか懐かしい香りがしますねぇ。……いよいよ春のお彼岸、ご先祖様たちが『お茶でも飲みに帰ろうかしら』と、空の上で支度を始めているような気がしますわ」

 

三月の中旬。魔王城(隠居所)の裏山にある、かつての英雄たちが眠るという聖なる墓地。私は、手桶と箒を携え、少しだけ湿り気を帯びた土を踏みしめながら、静かに微笑みました。

 

この世界において『春のお彼岸』とは、太陽が真東から昇り、真西に沈むことで、現世しよし隠世かくりよの距離が最も近づく天文学的な特異点。


運営の本来の設定では、この期間に「百鬼夜行・春の陣」が発生し、墓地から溢れ出した高レベルのアンデッドたちが、生者の活力を求めて街を襲撃するという、全プレイヤー参加型の広域防衛クエストが予定されていました。

 

「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、ルーツを敬い、去った者たちへ感謝を捧げるのは、今を生きる者の最も崇高な義務ですわ。……ですが、あちらの『冥界の門』、今期のバカンスを楽しみにしている死者たちの熱気が凄まじく、門の蝶番ちょうつがいが魔圧でひん曲がっておりますの。……おしとやかに、交通整理をして差し上げる必要がありますわね」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『境界の番人』を召喚し、門の周囲に「順番待ちの列」を作るための魔法のロープを張っていました。


彼女の召喚術は、今や「完璧な入国管理システム」ですが、現世への未練という名のエネルギーは、物理的な壁さえも容易に透過してしまいます。

 

「……おひがん。……死んだ人たちが、帰ってくるの? ……私、お化け、ちょっと、苦手。……でも、おばあちゃんの、ご先祖様なら、きっと、優しい。……私、お掃除、手伝う。……お墓、氷で、ピカピカに、磨く。……鏡みたいに、してあげる」

 

スノウさんは、無表情ながらも少しだけ体を強張らせ、私の割烹着の裾を握っていました。


彼女の純粋な魔力は、死者の冷気と干渉しやすく、周囲の霊的な気配を敏感に察知してしまいます。


しかし、おばあちゃんと一緒に過ごすことで、彼女の中の「恐怖」は、次第に「おもてなしの心」へと書き換えられようとしていました。

 

「ちょっと! 運営の観測データが壊れそうよ! 『墓地周辺の霊的濃度が限界突破。まもなく物理的な死者の国が重なります』って! 冥界の王・デスブリンガーが、おばあちゃんの『ぼたもち』の匂いを察知して、門を内側からぶち破ろうとしてるわ! キヨ、これじゃお墓参りどころか、世界がお化け屋敷になっちゃうわよ!」

 

リタさんが、お供え用の「最高級のもち米(実は一粒で寿命が一年延びる聖穀)」を背負い、背後の門から漏れ出す不気味な紫色の煙に怯えながら叫びました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(ぼたもち丸め編)」

 

「あらあら、まあ。……冥界の王様も、お腹が空いているだけですよ。……お腹が満たされれば、誰だって穏やかになるものです。……よし、それならね、皆さんが仲良くお茶を啜れるように、とびきり美味しい『ぼたもち』を丸めましょうか」

 

私は、魔王城の大きな台所に戻ると、蒸し上がったばかりのツヤツヤとしたもち米を、大きなうすに移しました。

 

「はい、これをこうして……。半分だけついて、粒の食感を残す『半殺し』にするのが、ぼたもちの極意ですよ。……セシルさん、このあんこの香りを、門の向こう側まで『招待状』として届けてくださる?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『甘味誘引・魂の帰還』の術式を、おばあちゃんが丸めるぼたもちの湯気に封じ込めさせていただきますわ。……お行儀の悪い死者たちも、この香りを嗅げば、お行儀よくお座りして待つことでしょう」

 

セシルさんが指を鳴らすと、私が丸めた、野球ボールほどもある特大のぼたもちから、黄金色の粒子が舞い上がりました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(お彼岸のお供え)が発動】

【ぼたもちの属性が『お菓子』から『霊体安定・全欲求充足剤』へと昇華されました】

【効果:一口食べれば現世への未練が『満足感』に変わり、荒ぶる霊体が『ご隠居モード』に移行する】

 

3.「ハナマル」の門番と静かなお茶会

 

私が、出来上がった山のようなぼたもちを重箱に詰め、再び冥界の門の前に立ち、竹箒で門の隙間の埃を「サッサッ」と払った、その瞬間。

 

ドォォォォォォォォン!!

 

重厚な石の門がゆっくりと開き、中から巨大な鎌を携えた、骸骨の姿をした冥界の王が現れました。

 

王は、世界を滅ぼさんとする咆哮を上げようと大きく口を開けましたが――そこに、私が「はい、お疲れ様」と、特大のぼたもちをひょいと放り込みました。

 

『モグ……。……モグモグ。……!? ……なんだ、この、魂の奥底まで洗い流されるような、優しくて懐かしい甘みは……。我、今、お母さんの温もりを思い出したぞ……』

冥界の王は、その場でドカリと座り込み、鎌を置いて、まるで縁側の老人(隠居)のように遠くを眺め始めました。

 

王が大人しくなったことで、後ろに続いていた数万のアンデッド騎士たちも、武器を収めて規律正しく一列に並び、私から配られるぼたもちを「有難き幸せ」と受け取り始めました。

 

「……な、何これ!? 冥界の軍勢が、おばあちゃんの前で『いただきます』のポーズで整列してるわ! しかも、食べ終わった連中から、順番に自分たちのお墓の掃除を手伝い始めたわよ! これ、レイドイベントじゃなくて、ボランティア活動じゃない!」

 

リタさんは、アンデッドたちがテキパキと草をむしり、お墓を磨き上げる姿を見て、絶句しました。

 

一皿のぼたもちが、生死の壁を超え、世界の「恐怖」を「感謝」という名の温かな交流へと塗り替えてしまったのです。

 

「ふぅ。皆さん、落ち着いてお話ができそうで何よりですねぇ、セシルさん」

 

夕暮れ時。魔王城の裏山は、冥界の住人と現世の住人が混ざり合い、お互いにお茶を注ぎ合うという、世にも奇妙で、しかし最高に穏やかな「お彼岸のお茶会」の会場となっていました。

 

スノウさんは私の隣で、冥界の王に「……おじいちゃん、お茶、おかわり、いる?」と、少しだけ震えながらも優しく接していました。

(中編に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ