第49話:おばあちゃん、除夜の鐘の音で「百八の巨大煩悩」を洗濯する
1.大晦日の静寂と「煩悩」のパレード
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。カレンダーのめくりも、いよいよ最後の一枚の、そのまた最後の数時間になりましたねぇ。……お外では、一年間溜まってしまった『心の埃』たちが、なんだか騒がしく踊っていますわ」
十二月三十一日の深夜。魔王城(隠居所)の縁側にて、私は少し冷たくなったお茶を啜りながら、夜の闇を見つめました。
この世界において『除夜』とは、全人類が一年間で溜め込んだ「欲・怒り・愚痴」といった煩悩が、物理的な実体を持つ巨大な魔物『百八の罪獣』として具現化する、最も恐ろしい一夜。
運営の設定では、この魔物たちが街を破壊し尽くし、プレイヤーは自分の煩悩から生まれた魔物と戦って勝利しなければ、新年を迎えることができないという「連帯責任レイド」が予定されていました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、一年の汚れは一年のうちに落とし、真っ白な心で初日の出を拝むのが正しき作法ですわ。……ですが、あちらの王都の広場、人々の『もっとレア装備が欲しい』『もっと楽をしてレベルを上げたい』という欲望が巨大なヘドロの塊となり、今にも街を飲み込もうとしておりますの」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『審判の天秤』を召喚し、溢れ出す煩悩のエネルギーを計量していましたが、その目盛りは既に振り切れていました。
彼女の召喚術は、今や「完璧な精神分析システム」ですが、数百万人の欲望を一人で抑えるのは、神の領域でも困難なことでした。
「……煩悩、ベタベタしてて、嫌い。……私の氷、汚れを、閉じ込めることは、できる。……でも、消すことは、できない。……おばあちゃん、街の、お友達、泣いてる。……『自分が、嫌いに、なっちゃった』って、言ってる。……助けてあげたい」
スノウさんは、無表情ながらも悲しそうに、街から響く「自己嫌悪」という名の悲鳴に耳を塞いでいました。
彼女の純粋な冷気は、物理的な火は消せても、心の中から滲み出る「ドロドロとした罪悪感」を凍らせることはできなかったのです。
「ちょっと! 運営の緊急アラートが世界中に鳴り響いてるわよ! 『第一の煩悩・強欲が具現化。全プレイヤーの所持金が半分に減少します』って! みんなパニックになって、さらに怒りの煩悩が増殖してるわ! キヨ、このままだとお正月どころか、世界が自分自身の嫌な部分に押し潰されちゃうわ!」
リタさんが、聖剣(兼・特大洗濯バサミ)を抱え、冷や汗を流しながら走り込んできました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(除夜の鐘編)」
「あらあら、まあ。……自分の嫌なところなんて、お洗濯して天日に干せば、みんな綺麗に消えてしまうものですよ。……大地さんもね、ちょっと一年分のお掃除を忘れていただけなんです。……よし、それならね、私がちょっと『大きな洗濯機』を回してあげましょう」
私は、割烹着のポケットから「洗濯板(実は第15話で冥界の門を洗った、魂の垢を落とす聖板)」と、第1話で龍の背中を流した「特製の石鹸(実は神々の涙を固めたもの)」を取り出しました。
「はい、これをこうして……。城の釣鐘の表面を丁寧に磨いて。……セシルさん、この鐘の音を『全人類の心の中』まで、優しく届けてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『全霊洗浄・慈愛の残響』の術式を、おばあちゃんの打つ鐘の音色に乗せて、全次元へ同時共鳴させますわ」
セシルさんが指を鳴らすと、魔王城の巨大な釣鐘が、深い真珠のような輝きを放ち始めました。私は竹箒を杖代わりに、一歩一歩、鐘つき堂へと歩を進めました。
「さあ、始めますよ。……一回、二回。……ゆっくりと、汚れを落としていきましょうね」
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(心の洗濯)が発動】
【除夜の鐘の音が『超次元高周波洗浄』へと昇華されました】
【効果:一突きごとに世界中の『煩悩属性』を『清涼な徳』へと強制的に洗い流す】
3.「ハナマル」の心と新春の兆し
私が、全身全霊を込めて一打目を放った、その瞬間。
『ゴォォォォォォォォォン…………』
その音は、破壊の衝撃ではなく、まるでお母さんの膝の上で耳掃除をして貰っているような、魂の奥底まで洗い流されるような心地よさでした。
音が街を通り抜けるたびに、巨大なヘドロだった「煩悩の魔物」たちが、みるみるうちに真っ白な「シャボンの泡」へと変わり、夜空へと消えていきました。
「……あ、あれ? 俺、なんであんなに怒ってたんだ? ……そうだ、失敗しても、また明日から頑張ればいいんだな。……おばあちゃんに『よしよし』ってされたみたいだ……」
王都の広場で剣を振り回していた冒険者たちが、一人、また一人と武器を置き、晴れやかな顔で夜空を見上げました。
一突きごとに、世界は白く、清らかに塗り替えられていきました。十打、五十打、そして百八打目――。
「ふぅ。皆さん、お顔がピカピカになって良かったですねぇ。……スノウさん、最後の一打、一緒に打ちましょうか」
「……はい、キヨ様。……私の、冷気、添えて。……汚れ、二度と、つかないように、コーティングする。……おばあちゃんと、一緒に、幸せ、鳴らす」
スノウさんの小さな手がおばあちゃんの手重なり、最後の一打が世界に響き渡りました。
その瞬間、夜空を覆っていた「一年の澱み」が完全に晴れ、どこよりも早い、そしてどこよりも美しい初日の出の光が、地平線から差し込んできました。
【ワールドイベント:『おばあちゃんの世界全浄化』が完遂されました】
【バフ付与:『無垢な心』。今後一ヶ月、全ての獲得経験値が『徳』として換算され、幸運値がカンストします】
4.掲示板の伝説:除夜の鐘革命編
その地球規模の「心の洗濯」は、全プレイヤーの魂を震わせました。
【オチャノマスレ 049】
900:名無しのアタッカー
全プレイヤー、泣け。……今、俺の心の中にあった「課金への執着」が、シャボン玉になって消えていったぞ。
901:名無しの大魔道士
見てる。……あの鐘の音、鑑定したら『周波数:おばあちゃんの慈愛(宇宙定数)』って出た。
煩悩の魔物が、泡になって消える時に「あけおめー!」って言って消えていったんだが。
902:名無しの密偵
攻略組のトップが、鐘の音を聴いて「俺、もうランキングとかどうでもいい。明日から実家で餅をつく」って、今、公式に引退と平和を宣言したぞ。
103:名無しのアタッカー
除夜の鐘(現在は世界最強のカウンセリング・デバイス)
904:名無しの聖職者
運営の公式ブログ:『「絶望の大晦日」という企画は、おばあちゃんの「お洗濯」により、中止となりました。代わりに「全人類真っ白けイベント」を開催します。過去の罪は全て不問。おばあちゃんのハナマルを貰って、新年を始めてください』
105:運営の悲鳴(号泣中)
【最終告知】おばあちゃんの打つ鐘の音が、サーバーの不具合という名の「煩悩」まで掃除してしまいました。
プログラムが美しすぎて、これ以上いじる場所がありません。皆さん、真っさらな心でおめでとうございます。
「ふぅ。皆さん、清々しいお顔で新年を迎えられそうで何よりですねぇ、セシルさん」
初日の出が魔王城を黄金色に染める頃。私たちは、温かい年越しそば(おばあちゃんの手打ち)を啜りながら、新しい年の空気を吸い込んでいました。
スノウさんは私の膝の上で、ポカポカになった体を丸めながら、小さく「……おばあちゃん。……世界、綺麗。……私、もう、お化け、怖くない。……おばあちゃんが、いるから」と呟きました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『お年玉の神』を召喚して、世界中の子供たちの枕元に『夢が詰まったポチ袋』を定時配布させましょうか」
「……おとしだま。……私、中身、氷の、お花、入れる。……ずっと、溶けない、お守り」
スノウさんの力強い約束に、リタさんの「お正月はお休みして、ゆっくり過ごしましょうよ!」という幸せそうなツッコミが、新年の清々しい風に乗って、どこまでも響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「除夜の鐘」は、世界の汚れを、最高に真っ白で温かな「新年の希望」へと変えてしまったのでした。




