第4話:おばあちゃん、ギルドの依頼板で猫探し(暗黒龍)を引き受ける
1.掲示板の「迷子」
「さてさて、リタさん。ここには何か、私にお手伝いできることはありますか?」
ギルドの喧騒の中、私はリタさんに連れられて、大きな木の板の前に立っていました。
そこにはたくさんの紙が貼られており、屈強な男たちが血走った眼でそれを見上げています。
「これは『依頼板』よ。魔物討伐とか、護衛とか……。でもキヨ、あんたみたいな小さい子がやるような仕事は――」
リタさんが言いかけるのを遮って、私の目に一枚の紙が飛び込んできました。
そこには、なんだかトカゲを少し猛々しくしたような、真っ黒な生き物の絵が描かれていました。
「あら、この絵……。なんだか、ご近所の佐藤さんのところのクロに似てますねぇ。迷子かしら?」
私が指差したのは、依頼板の最上段。
ど真ん中に、禍々しい黒い縁取りで隔離されるように貼られていた、最高難易度を示す『特等依頼(SSランク)』の紙でした。
【依頼:古龍『暗黒龍ニドヘグ』の機嫌を損ねないように鎮めること】
【報酬:白金貨500枚、王都の名誉市民権】
「ちょっと、キヨ!? それは猫じゃないわよ! 世界を三回滅ぼしかけたって伝説の暗黒龍よ! 迷子どころか、迷い込んだら命がいくつあっても足りないわ!」
リタさんが顔を真っ青にして叫びますが、私は「はいはい」と優しく彼女の手を叩きました。
「大丈夫ですよ。生き物っていうのは、お腹が空いているか、寂しいかのどちらかですから。ちょっと様子を見てきてあげましょう」
私は、驚愕で固まる受付嬢をよそに、ひょいと依頼書を剥がし、割烹着のポケットに仕舞いました。
2.ピクニックと漆黒の山
「……なんで私、こんなところにいるのかしら」
リタさんは、深い溜息をつきながら私の隣を歩いています。
場所は、街から少し離れた『絶望の黒山』。一歩足を踏み入れれば、草木は枯れ、空は常に暗雲に覆われているという恐ろしい場所です。
ですが、今の光景は少し違いました。
「ポチ、そこは段差がありますよ。お嬢さんを落とさないようにね」
「ハフッ!」
ポチの背中には、私の他に、腰が引けたリタさんも乗せています。
ポチが歩くたびに、山を覆っていた瘴気が「おばあちゃんの掃除」のような清々しい風で浄化され、足元には綺麗な花が咲き始めていました。
「リタさん、そんなに震えていたらお腹が空きますよ。はい、これでも食べて」
私はリタさんに、道中で拾った(ように見えるが、実は激レアな魔力の実)を差し出しました。
「……もう、毒食わば皿までよ! いただきますっ!」
リタさんがヤケクソで実を口に放り込んだ瞬間。彼女の魔力残量が全回復し、さらには「火属性耐性:極」という、龍の息吹すら無効化しそうなスキルが勝手に発現しましたが、彼女はもう驚くのをやめたようでした。
3.「迷子のクロ」との対面
山の頂上、巨大な洞窟の奥から、低く重厚な声が響きました。
「……何奴だ。我が眠りを妨げる、不届きな人間め……」
暗闇の中から現れたのは、山ほどもある漆黒の巨体。
鋭い爪、燃え上がる瞳、そして全てを焼き尽くす一撃を放とうと、その顎が大きく開かれました。
「ちょっと! キヨ、下がって! 私が飴のバフでなんとか……!」
「あらあら、まあ。……やっぱり佐藤さんのところのクロにそっくり」
私はリタの制止をすり抜け、ずいずいと暗黒龍の目の前まで歩いていきました。
龍は呆気に取られたように、開いた口を閉じるのを忘れました。
「よしよし、いい子ねぇ。こんなに暗くて湿ったところに一人でいて……。お目目が赤くなってますよ。ちゃんと寝られていないんでしょう?」
私は小さな手を伸ばし、龍の鼻先に触れました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋が発動】
【暗黒龍の『数千年の孤独』と『破壊衝動』が浄化されました】
「グ……ギギッ……。な、なんだ、この温かさは……。我が魂の震えが、止まる……?」
「はい、これを食べなさい。さっきポチにもあげた、おばあちゃん特製の『ヨモギ団子』ですよ」
私は、カゴから大きな団子を一つ取り出しました。
それは、さっき摘んだエリクサー草をたっぷり練り込んだ、一粒で死者すら蘇るという禁断の和菓子です。
暗黒龍は、吸い込まれるようにその団子をパクりと食べました。
「う……うまい……。なんだこの、母の懐に抱かれたような優しい甘さは……。我、もう破壊とかどうでもいい……お昼寝したい……」
漆黒の体から毒気が抜け、龍はみるみるうちに小さくなっていきました。
そして最後には、大きな黒猫のような姿(ただし角が生えている)になり、私の足元でゴロゴロと喉を鳴らし始めたのです。
【古龍ニドヘグをテイムしました。名前を付けてください】
「ふふ、やっぱりクロが似合いますね。リタさん、見てください。いい子ですよ」
「……はぁ、もう。……猫って言えば猫、なのかなぁ……」
リタさんは地面に座り込み、天を仰ぎました。
世界を滅ぼす災厄が、おばあちゃんの手によって「近所の飼い猫」レベルまで落とし込まれた瞬間でした。
4.ギルドの崩壊(メンタル的な意味で)
【エタファン攻略スレ 003】
210:名無しのアタッカー
速報。絶望の黒山、消滅。
211:名無しの大魔道士
は? 消滅ってなんだよ。
212:名無しのアタッカー
正確には、山が「お花畑」に変わった。
あと、暗黒龍の反応がマップから消えた。代わりに、謎の『猫』のアイコンが、あの銀髪ロリのキヨって子の後ろを動いてる。
213:名無しの聖職者
リタのステータスを見た奴いるか?
彼女、さっきギルドに戻ってきたんだが、称号が【龍の飼育員】に変わってたぞ……。
214:名無しのアタッカー
待て、キヨちゃんが受付で何て言ったか聞いた奴いる!?
「近所のクロちゃんを連れてきました。お腹が空いてたみたいなので、お団子をあげたら大人しくなりましたよ」
……だってさ。
215:名無しの大魔道士
団子で暗黒龍を釣るな。
「さあ、リタさん。お仕事も終わりましたし、帰りにお豆腐でも買って帰りましょうか。今夜は麻婆豆腐にしましょうね」
「……麻婆豆腐。……うん、もう何でもいいわ。美味しいならそれで……」
黄金の犬と、角の生えた黒猫。そして、最強のバフを受けた赤髪の美少女を従えて。
キヨさんは今日も、仮想世界を平和で温かな「お茶の間」へと変えていくのでした。




