第45話:おばあちゃん、夜回りの拍子木で「世界の怒り」を鎮める
1.乾燥した夜と「火種」のささやき
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今夜は星が随分ときれいに瞬いていますが、風が少々、喉をピリつかせるほど乾いていますねぇ。……こんな夜は、小さな火種が大きな騒動になりかねませんわ」
魔王城(隠居所)の長い回廊。私は、首に「火の用心」と刺繍された厚手のマフラー(第28話の余り)を巻き、静かに微笑みました。
この世界において、冬の始まりは『焦燥の月』。
空気の乾燥により火災が頻発するだけでなく、人々の心も荒み、些細な言い争いがギルド間の戦争に発展しやすい、最も治安が悪化する時期でした。運営の設定では、この時期に「大都市炎上レイド」が発生し、プレイヤーは消火と戦闘に追われるはずだったのです。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、不慮の火難から家財を守るのは知恵の極み。……ですが、あちらの王都の宿屋街、暖炉の火の粉を巡って冒険者たちが胸ぐらを掴み合い、心の中の『怒りの火種』が今にも爆発しそうな状況ですわ」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『湿潤の精霊』を召喚し、城内の湿度を「森の朝霧」のように保っていました。
彼女の召喚術は、今や「完璧な加湿システム」ですが、人々の心の乾燥までは潤せません。
「……火、怖い。……私の氷、溶かして、蒸発させる。……おばあちゃん、みんな、お顔が、赤くて、怒ってる。……どうして、仲良く、できないの?」
スノウさんは、無表情ながらも悲しそうに、遠くで上がる「怒号」という名の不協和音に耳を塞いでいました。
彼女の純粋な冷気は、怒りに燃える者たちには届かず、霧散してしまっていたのです。
「ちょっと! 運営の警告ログが止まらないわよ! 『広域ストレス値が限界突破。まもなく大爆発が発生します』って! キヨ、このままじゃ世界中が喧嘩の火の海になっちゃうわ!」
リタさんが、消火バケツ(実は伝説の聖水桶)を両手に提げて、必死な顔で駆け込んできました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(夜回り編)」
「あらあら、まあ。……心が乾いている時は、温かなリズムで潤してあげればいいのですよ。……セシルさん、倉庫にある『古い樫の木切れ』を持ってきてちょうだい」
私は、割烹着のポケットから「油(実は第32話で作った、心のささくれを治す聖油)」を取り出し、木切れを丁寧に磨き上げました。
「はい、これをこうして……。二本を打ち合わせて、いい音が出るように。……セシルさん、この拍子木に『静寂の祈り』を込めてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『精神安寧・凪の刻』の術式を、この音色に封じ込めますわ」
セシルさんが指を鳴らすと、私が手にした拍子木が、深い琥珀色の光を放ち始めました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(火の用心)が発動】
【拍子木の音が『絶対沈静・慈愛の残響』へと昇華されました】
【効果:音が響く範囲の『炎属性ダメージ』と『怒りゲージ』を強制的にゼロにする】
3.「火の用心」と静かな夜
「さあ、皆さん。夜回りに行きましょうか。……ポチ、提灯をお願いしますね」
「ハフッ!」
黄金の巨犬ポチが、口に「不滅の明かり」が灯った提灯を加え、私の先頭を歩き出しました。私はポチの後に続き、王都の広場へとゆっくり歩を進め、拍子木を打ち鳴らしました。
『カン、カン……。……火の用心、さっしゃいな』
その音が響いた瞬間。
抜かれようとしていた剣が鞘に戻り、怒鳴り合っていた冒険者たちの顔から、スッと赤みが引いていきました。
「……あれ? 俺、なんでこんなに怒ってたんだ? ……なんだか、おばあちゃんに叱られたみたいな、懐かしくて優しい気分だ……」
「……ああ。火の用心か。……そうだ、寝る前に暖炉の火をちゃんと消したっけな。……今日はもう、休もうぜ」
おばあちゃんの拍子木は、物理的な火だけでなく、人々の心に燃え盛っていた「憎悪」という火までをも、心地よい「安らぎ」へと変えてしまったのです。
「……おばあちゃん。……みんな、お顔、優しくなった。……私、冷たい、お水、配る。……喉の、乾き、癒やす。……スノウ・アクア」
スノウさんは、初めて「怒り」が消えた街の人々の中に飛び込み、指先から生み出した「至高の湧き水」をコップに注いで回りました。
セシルさんが「おしとやかに」演出した、世界で一番静かで安全な「夜回りのパレード」が、月明かりの下で続きました。
【ワールドイベント:『おばあちゃんの安眠警備』が完遂されました】
【バフ付与:『心頭滅却』。今後一週間、混乱・狂化・火傷の状態異常が無効化されます】
4.掲示板の伝説:拍子木無双編
そのあまりに平和な鎮圧劇は、またもや全プレイヤーを震撼させました。
【オチャノマスレ 045】
500:名無しのアタッカー
全プレイヤー、速報。ギルド『紅蓮の牙』と『蒼氷の盾』の全面戦争が、たった今中止された。
理由は、おばあちゃんが横を通りかかって「火の用心ですよ」って拍子木を鳴らしたからだ。
501:名無しの大魔道士
見てる。……あの音、やばいだろ。俺の最大火力魔法『エクスプロージョン』を詠唱中だったんだが、拍子木が鳴った瞬間に火が消えて「マッチの火」になったぞ。
502:名無しの密偵
攻略組のトップが、拍子木の音を聴いて「俺、今から実家の戸締まりを確認してくる」って言って、今ガチでログアウトしたぞ。
503:名無しのアタッカー
拍子木(現在は世界唯一の戦略兵器無力化デバイス)
504:名無しの聖職者
運営の公式ブログ:『「戦争」という名の大型イベントが、おばあちゃんの「火の用心」により、「全プレイヤーによる戸締まり点検イベント」に変更されました。火事を出さなかった街には、おばあちゃんから特製のお漬物が配られます』
505:運営の悲鳴(戸締まり中)
【最終告知】「乾燥」とは「愛情不足」であると、おばあちゃんの拍子木に教わりました。
サーバーのオーバーヒートも、おばあちゃんが「熱いわねぇ」って扇子で仰いだら治りました。皆さん、火の用心です。
「ふぅ。皆さん、落ち着いて眠れそうで何よりですねぇ、セシルさん」
深夜。魔王城への帰り道。私たちは、静まり返った王都を振り返りながら、ゆっくりと歩いていました。
スノウさんは私の手を握り、自分でも「カン、カン」と小さな声で真似をしながら、小さく「……おばあちゃん。……私、みんなの、心、守る。……火の用心、大好き」と呟きました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『降雪の神』を召喚して、世界中の乾燥を一気に潤す『初雪の絨毯』を敷き詰めましょうか」
「……ゆき。……ふわふわ。……私、得意。……おばあちゃんに、最高に、綺麗な、冬、見せる」
スノウさんの自信満々な宣言に、リタさんの「風邪を引かない程度にね!」という幸せそうなツッコミが、冬の星空に心地よく響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「火の用心」は、世界の苛立ちを、最高に静かで温かな「守護の祈り」へと変えてしまったのでした。




