第40話:おばあちゃん、夏の終わりの「宿題(クエスト)」を全部丸付けしてあげる
1.八月末の「阿鼻叫喚」と見守る瞳
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。街の方から、なんだか『終わらない!』とか『助けて!』という、切実な悲鳴が風に乗って聞こえてきますねぇ。……カレンダーを見れば、もう八月三十一日。……どうやら、溜め込んでしまった『宿題』に追われている方がたくさんいらっしゃるようですわ」
魔王城(隠居所)の物見櫓から、私は王都の方向を眺めて小さく溜息をつきました。
この世界において『夏の宿題』とは、期間限定で発生する膨大な数の「討伐・納品クエスト」のこと。
これを全て完了させなければ、秋の大型イベントへの参加権が得られないため、王都のギルドは今、血眼になった冒険者たちでごった返していました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、期限を守るのは基本の嗜み。……ですが、あちらの若者たち、あまりの焦りに魔力の制御が乱れ、広場で爆発を起こしたり、スライムを捕まえ損ねて逃げ惑ったりと、目も当てられない惨状ですわ」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の『記録の書官』を召喚し、街中に溢れる未完了クエストのリストを魔法の黒板に書き出させていました。
「……宿題、大変。……私、氷の計算機、作った。……でも、みんな、ペンを握る手が、震えてる。……かわいそう」
スノウさんは、無表情ながらも心配そうに、街の方角へ冷気を送り、熱くなった冒険者たちの頭を冷やしてあげていました。
「もう! 掲示板も『宿題代行求む!』の書き込みで埋まってサーバーが火を噴いてるわよ! 魔王軍の残党まで『ノルマが終わらないと故郷に帰れない!』って泣きついてきたわ! キヨ、どうするの!?」
リタさんが、山積みの依頼書を抱えて走り込んできました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(丸付け編)」
「あらあら、まあ。……焦っては、良い仕事はできませんよ。……皆さん、まずは深呼吸をして、温かい麦茶を飲みなさい。……セシルさん、例の『禁断の術』を用意してちょうだい」
私は、割烹着のポケットから「赤ペン(実は第19話で引き当てた、運命を書き換える創世の筆)」と、大きな「ハナマル」のスタンプを取り出しました。
「はい、これをこうして……。セシルさん、この筆を『数万本』に増やして、街中の依頼書に飛ばしてくださる?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『広域同時多発・並列処理』の術式を、この赤ペンに封じ込めさせていただきますわ」
セシルさんが呪文を唱えると、私の持っていた赤ペンが、まばゆい光を放ちながら分裂し、王都や魔王領の全域へと飛んでいきました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(全自動丸付け)が発動】
【未完了クエストのステータスが『頑張ったね(完了)』に書き換えられました】
【効果:不備のある報告書も『おばあちゃんの愛情補正』で100点満点として受理される】
私が空中に向かって大きく「ハナマル」を描くと、空一面に巨大な黄金のハナマルが出現し、宿題に苦しんでいた数十万人のプレイヤーたちの手元にある依頼書に、次々と「合格」の印が押されていきました。
3.「頑張ったご褒美」の夕涼み
「……あ、あれ!? クエストが……クエストが終わった! しかも、報酬の金貨が『おばあちゃんの手作りクッキー』に変わってる! でも、こっちの方がずっと嬉しいぞ!」
王都の広場では、冒険者たちが泣きながら笑い、手に持ったクッキーを頬張っていました。おばあちゃんの丸付けは、単なる完了報告ではなく、その人の「努力」を認めて癒やす魔法でした。
「あら、ご先祖様たちも。……宿題、終わりましたか?」
魔王城の庭では、第39話で残っていた怨霊騎士たちが、自分たちの『千年の呪い』という宿題にハナマルを貰い、満足げに透き通って成仏していきました。
「……おばあちゃん。……みんな、お顔、赤くなって、喜んでる。……私のパフェ、ご褒美に、配る。……夏の終わり、甘くする」
スノウさんは、嬉しそうに大量の「フローズン・フルーツ」を作り、お疲れ様の冒険者たちに配り歩きました。
セシルさんが「おしとやかに」演出した、世界最大の「お疲れ様パーティー」が幕を開けたのです。
【ワールドイベント:『夏の宿題・全員合格』が完遂されました】
【バフ付与:『達成感の余韻』。今後一週間、全ステータスが20%上昇します】
4.掲示板の伝説:ハナマル革命編
その奇跡の光景は、もちろん運営の心さえも溶かしました。
【オチャノマスレ 040】
200:名無しのアタッカー
全プレイヤー、速報! ログアウトするな! 空に浮かぶ「巨大ハナマル」を拝め!
201:名無しの大魔道士
見てる。……俺の『魔竜100頭討伐』っていう鬼畜クエスト、おばあちゃんが「頑張りましたね」って赤ペンで一言書いただけでクリア扱いになったんだが。
202:名無しの密偵
攻略組のリーダーが、ハナマルの光を浴びて「俺、数字ばかり追ってて、ゲームを楽しむのを忘れてたよ……」って、今キヨちゃんの前で正座して説教受けてるぞ。
203:名無しのアタッカー
赤ペン(現在は運命修正ツールとして認定)
204:名無しの聖職者
運営の公式ブログ:『今年の夏の宿題イベントは、おばあちゃんの「全肯定」により、全員合格とさせていただきます。スタッフも宿題(不具合修正)をおばあちゃんに手伝ってもらったので、全員でBBQに行ってきます』
205:運営の悲鳴(涙目)
【最終告知】「期限」という概念を、おばあちゃんの知恵が「思い出」に変えてしまいました。
夏の終わりは、もう悲しくありません。明日から始まる秋シーズンも、おばあちゃんと一緒に楽しみましょう。
「ふぅ。皆さん、肩の荷が下りて良かったですねぇ、セシルさん」
夕暮れ時。私たちは、ひぐらしの鳴き声が響く魔王城の縁側で、少し冷たくなった秋の気配を感じながらお茶を啜っていました。
スノウさんは私の肩に頭を預け、おばあちゃんに貰ったハナマルのスタンプを自分の手に押して、嬉しそうに眺めていました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『読書の神』を召喚して、秋の夜長を最高の知識で満たす『世界最大の図書館』を開館いたしましょうか」
「……読書、楽しみ。……私、栞、氷で作る。……溶けない、思い出、挟む」
スノウさんの少し大人びた提案に、リタさんの「本がふやけるからほどほどにね!」というツッコミが、穏やかな夏の終わりの空に響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「丸付け」は、世界の焦りを、最高に晴れやかな「達成感」へと変えてしまったのでした。




