第39話:おばあちゃん、真夏の怪談大会を「怖くないお話」で解決する
1.怪談夜会と「本物の霊」の乱入
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今夜は随分と、柳の枝が楽しそうに手招きしていますねぇ。……たまにはこうして、暗いところで不思議なお話をするのも、夏の醍醐味ですわね」
魔王城(隠居所)の広間。私たちは、中央に置かれた一本の大きな蝋燭を囲んで座っていました。
この世界における『百物語』とは、語るごとに周囲の魔力濃度が上昇し、百話目に到達した瞬間に「最凶の怨霊」が実体化するという、高難易度の召喚イベント。
運営が用意した「真夏の恐怖体験」として、多くのプレイヤーが悲鳴を上げながら挑む恒例行事でした。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、暗闇で身を寄せ合い、冷や汗を流すのは乙なものですわ。……今、異界の『冥府の語り部』を召喚し、聴く者の魂を凍りつかせる舞台装置を整えておりますが……。どうやらキヨ様の存在感が温かすぎて、お化けたちが怖がって出てこられないようですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、影の中から這い出そうとしていた下級霊を、竹箒で追い払っていました。
彼女の召喚術は、今や「完璧なホラー演出」ですが、主役がキヨさんではどうにも締まりません。
「……怪談、怖い。……私、氷の幽霊、知ってる。……でも、悲しいお話、嫌い。……おばあちゃん、面白いお話、して」
スノウさんは、私の割烹着をぎゅっと握りしめ、青白い顔をさらに白くして震えていました。彼女の放つ冷気が恐怖で乱れ、広間には時折ダイヤモンドダストが舞っています。
「大丈夫ですよ、スノウさん。……怖いお化けさんも、元を辿ればみんな『寂しい人』なだけなんですから。……さあ、私がとっておきのお話をしましょう」
「ちょっと待って、キヨ! その前に外を見て! 運営が設定した『百物語』のシステムが暴走して、城の周りに本物の怨霊騎士団が集結してるわよ! これ、お話どころか防衛戦よ!」
リタさんが、窓の外を埋め尽くす青白い炎の軍勢を指差して絶叫しました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(怪談編)」
私は、ゆっくりと蝋燭の火を見つめ、静かに語り始めました。
「昔々、あるところに、とっても忘れん坊のお化けさんがいました。……そのお化けさんは、人を驚かそうと思って井戸から出てきたのですが、肝心の『恨めしや〜』という言葉を忘れてしまって。……代わりに『う、う、う……うどん食べたいわぁ』と言ってしまったのです」
私が語り始めると、不思議なことが起こりました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(語り部)が発動】
【怪談の『恐怖属性』が『昔話のぬくもり』に書き換えられました】
【効果:広域浄化結界を展開し、全てのアンデッドを『聞き入る観客』に変質させる】
窓の外で殺気立っていた怨霊騎士たちが、私の声に導かれるようにして、スルスルと壁を抜けて広間に入ってきました。
しかし、彼らの手に武器はなく、代わりに「あぁ、うどん食べたい……」と、かつての生前の記憶(空腹感)を思い出して、体育座りで私の話を聞き始めたのです。
「あら、お客様が増えましたねぇ。……セシルさん、皆さんにお茶とお団子を出してあげてくださいな。……お化けさんも、お腹が空いては上手に驚かせませんよ」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、異界の『魂の炊き出し神』を召喚し、成仏できるほど美味しいお茶を振る舞わせていただきますわ」
3.地獄の門番の「お悩み相談」
話は進み、ついには百話目。
本来ならここで、世界を滅ぼす『魔王の先祖』の霊が現れるはずでした。
突如として現れた巨大な影。それは、禍々しい角と六つの腕を持つ、伝説の怨霊大将でした。
『グオォォォ……! 我こそは、忘れ去られた絶望の……っ!? ……ん? なんだこの、実家のような安心感は……』
「あら、ご先祖様。こんにちは。……あなた、随分と肩が凝っていますねぇ。……それだけの腕を動かすのは大変でしょう。……セシルさん、この方にサロンパス(第18話の余り)を貼ってあげて」
「……は、はい。……おじいちゃん、これ、効く。……スノウが、冷やして、あげる」
スノウさんが、冷たい手で怨霊大将の肩を優しく撫で、セシルさんが魔法の湿布をペタリと貼りました。
『……ふぅ。……極楽じゃ。……いや、ここは冥界よりずっと極楽に近い。……我、もう祟るのやめるわ。これからは、盆踊りの練習でもして過ごすことにする』
【ワールドイベント:『キヨさんの真夏の昔話』が完遂されました】
【バフ付与:『心霊和解』。今後一週間、ゴースト系の魔物が『道案内』をしてくれるようになります】
4.掲示板の伝説:怪談無効化編
その平和すぎる結末は、またもや全プレイヤーを爆笑と癒やしの渦に巻き込みました。
【オチャノマスレ 039】
100:名無しのアタッカー
緊急報告。現在、全拠点の『墓地エリア』がピクニック会場になっている。
101:名無しの大魔道士
見てる。……キヨちゃんが怪談を始めた瞬間、ボスモンスターが「ええ話や……」って泣きながら武器を捨てたぞ。
102:名無しの密偵
攻略組が霊廟に突入したんだが、怨霊たちに「静かにしろ、おばあちゃんの話が聞こえないだろ」って叱られて、今はみんなで並んでお茶を飲んでる。
103:名無しのアタッカー
怪談(現在はおばあちゃんの読み聞かせ会)
104:名無しの聖職者
運営の公式メッセージ:『恐怖演出が不可能になりました。おばあちゃんの徳がサーバーの「冷気」を「温もり」に変えてしまったため、ホラー設定が機能しません。本日は盆踊り大会に切り替えます』
105:運営の悲鳴(成仏中)
【最終告知】怨霊たちが全員キヨさんのファンになってしまい、冥界に帰りたがりません。
もう、死後の世界は「キヨさんの別荘」として登録します。皆さん、お化けと一緒に踊ってください。
「ふぅ。皆さん、仲良くお話を聞いてくださって良かったですわ」
夜明け前。魔王城の庭では、成仏しかけた霊たちと魔王軍の残党が、手を取り合って盆踊りの練習をしていました。
リタさんは、怨霊騎士と「その鎧、どこのメーカー?」と談笑し、スノウさんは私の膝の上で、金平糖を食べながら幸せそうにウトウトしていました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『花火の巨匠』を召喚して、夏の終わりを飾る『世界最大の線香花火』を打ち上げましょうか」
「……はなび、楽しみ。……私、光る雪、降らせる。……夏の雪、綺麗」
スノウさんの夢見心地な提案に、私は「楽しみですねぇ」と優しく微笑みました。
百歳の少女(魂)の「怪談」は、世界の恐怖を、最高に温かな「夏の語り草」へと変えてしまったのでした。




