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第38話:おばあちゃん、真夏の猛暑を「巨大な蚊帳」と「風鈴」で涼しくする

1.熱帯夜の「羽音」と安眠の危機

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。今夜は随分と、お月様も暑苦しそうに顔を赤くしていますねぇ。……それに、どこからか『ぷーん』という、少しお行儀の悪いお客様が紛れ込んでいるようですわ」

 

八月の半ば。魔王城(隠居所)の寝室にて、私は耳元をかすめる微かな音に、そっと目を開けました。

 

この世界において、夏の夜に現れる『吸血羽虫ヴァンパイア・モス』は、単なる蚊ではありません。


音もなく忍び寄り、魔力を吸い取って眠りを妨げる、レベル80以上の冒険者でも忌み嫌う「精神汚染」系の魔物でした。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかな女性として、就寝中に肌を刺されるなど、あってはならない事態ですわ。……今、異界の『絶対真空の魔神』を呼び寄せ、蚊を一匹残らず次元の彼方へ吸い込もうとしておりますが……。どうやらこの虫たち、魔王様の強力な魔力に引き寄せられて、次から次へと湧いて出てきますの」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながらも、右手に漆黒の渦を発生させていました。


彼女の召喚術は、今や「完璧な殺虫システム」ですが、殺伐とした空気は安眠を遠ざけます。

 

「……虫、嫌い。……私の氷、溶ける音と、虫の羽音、似てる。……おばあちゃん、痒い……。ここ、刺された……」

 

スノウさんは、無表情ながらも少しだけ潤んだ瞳で、白く透き通った腕を見せてきました。


彼女の冷気でさえ、夏の夜の執拗な羽虫には隙を突かれてしまったようです。

 

「もう! 叩いても叩いてもキリがないわよ! 魔王、あんたの炎で一気に焼き払ってよ!」

 

リタさんが、枕を振り回しながら絶叫しました。隣で「我の魔力が美味しいのがいけないのか……」と落ち込む魔王様をよそに、私は静かに立ち上がりました。

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(蚊帳と風鈴編)」

 

「あらあら、まあ。……暴力はいけませんよ。……虫さんたちも、行き場がないだけなのです。……よし、それならね、皆さんが安心して眠れる『秘密の小部屋』を作りましょう」

 

私は、割烹着のポケットから、かつて第37話で星を掃除した時に余った「天界の絹糸」と、第14話で浄化した「魔瓶の破片」を取り出しました。

 

「はい、これをこうして……。糸を細かく編んで、緑色の染料(実は伝説の薬草の絞り汁)で染めて。……四隅に吊るすのは、この『風鈴』ですよ」

 

私は、魔瓶の破片をスノウさんの冷気で削り出し、美しい透明な鈴を作りました。

 

「さあ、セシルさん。これを少し『広げて』くださる?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、古の『絶対聖域・アヴァロン』の結界術を、この蚊帳の『網目』に封じ込めますわ」

 

セシルさんが呪文を唱えると、私の編んだ緑色の蚊帳が、まばゆい光を放ちながら膨れ上がり、寝室どころか魔王城全体、さらには城下町までを包み込む「巨大なエメラルドのドーム」へと変貌しました。

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(蚊帳吊り)が発動】

【巨大蚊帳が『万魔退散・涼風結界エメラルド・ガーデン』に進化しました】

【効果:不浄な魔物の侵入を100%遮断し、内部の温度を『避暑地の木陰』に固定する】

 

3.「チリン」と響く、世界の安眠

 

私が蚊帳の隅に風鈴を吊るし、竹箒でそっと風を送ると――。

 

『チリン……。……チリリ……』

 

それは、この世の音とは思えないほど澄み切った、聴く者の魂から熱を取り去るような音色でした。


風鈴が鳴るたびに、蚊帳の内部には「おばあちゃんの知恵」による涼やかな風が吹き抜け、あんなに執拗だった羽虫たちは、音色に癒されて「もう血を吸うのはやめて、草の上で寝よう……」と、大人しく庭へと帰っていきました。

 

「……あ、あれ? 涼しい。……あんなにイライラしてたのが、嘘みたい。……この風、森の匂いがするわ」

 

リタさんは、蚊帳の中に大の字になって寝転び、幸せそうに目を閉じました。

 

「……おばあちゃんの風鈴、綺麗。……私の氷より、優しい。……私、もう、眠い……」

 

スノウさんも、私の膝の上に頭を預け、穏やかな寝息を立て始めました。


セシルさんが「おしとやかに」枕を整え、魔王城には千年ぶりの、本当の「静寂」が訪れました。

 

【ワールドイベント:『キヨさんの夏の夜会』が完遂されました】

【バフ付与:『熟睡の境地』。今後一週間、全プレイヤーのスタミナ回復速度が500%上昇します】

 

4.掲示板の伝説:蚊帳無双編

 

その平和すぎる夜の光景は、もちろん全プレイヤーを感動させました。

 

【オチャノマスレ 038】

 

900:名無しのアタッカー

全プレイヤー、寝ろ。……今なら、最高にいい夢が見れるぞ。

 

901:名無しの大魔道士

見てる。……あの巨大な緑色の結界、蚊帳だったのかよ。

鑑定したら『防御力:おばあちゃんの手編み(貫通不可)』って出た。

 

902:名無しの密偵

攻略組のトップが、風鈴の音を聴いて「俺、前世でおばあちゃんの肩叩き券を使い切らなかったことを後悔してる」って言って、号泣しながらログアウトしたぞ。

 

903:名無しのアタッカー

風鈴(現在は広域精神安定剤として機能中)

 

904:名無しの聖職者

キヨちゃんが「皆さん、戸締まりをしっかりして、おやすみなさいね」って言った瞬間、全モンスターが自分の巣穴に帰って鍵を閉めたぞ。

今、世界から『エンカウント』が消滅した!

 

905:運営の悲鳴(仮眠中)

【最終告知】夏の夜の襲撃イベントは中止します。

おばあちゃんの風鈴の音がマイクを通じて運営室に届き、スタッフが全員寝落ちしました。

朝までサーバーを止めます。皆さん、おやすみなさい。

 

「ふぅ。皆さん、いいお顔で寝ていらっしゃいますねぇ」

 

深夜。蚊帳に囲まれた縁側で、私は一人、静かに月を眺めていました。

 

隣では、魔王様が「我のいびきで風鈴の音を消さぬように……」と口を慎みながら、静かに座禅を組んで寝ていました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『夢の支配者』を召喚して、世界中の人々が明日の朝、スッキリと目覚められるような『最高の朝顔』を咲かせましょうか」

 

「……あさがお、楽しみ。……私、お花に、つゆの真珠、作る。……キラキラ、させる」

 

スノウさんの寝言のような小さな声に、私は「楽しみですねぇ」と優しく微笑みました。

 

百歳の少女(魂)の「蚊帳と風鈴」は、世界の苛立ちを、最高に涼やかで温かな「夏の安らぎ」へと変えてしまったのでした。

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