第35話:おばあちゃん、禁断の召喚術を「五月の端午の節句」に転用する
1.五月の青空と「巨大な布」の相談
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん、スノウさん。見てくださいな、今朝の空はまるで吸い込まれそうなほど真っ青ですねぇ。……もうすぐ五月五日。屋根の上に、元気な『鯉のぼり』さんを泳がせてあげなくてはいけませんわ」
魔王城(隠居所)の屋上で、私は五月の爽やかな風に吹かれながら微笑みました。
この世界では、五月は『飛龍の月』と呼ばれ、凶暴化したワイバーンやドラゴンの群れが縄張り争いをして空を埋め尽くす、冒険者たちにとっては「空を見上げることすら命懸け」の危険な時期でした。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、伝統を重んじ、未来を担う子供たちの成長を祈るのは尊き務めですわ。……今、異界の『天空の織り姫』たちを召喚し、一振りで嵐を静めるという『天界の絹』で、最高に立派な鯉のぼりを仕立てさせておりますわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、空中に巨大な魔法のミシンを出現させました。
織り上げられる布は、ドラゴンのブレスさえ跳ね返し、日光を浴びて七色に輝く、それ自体が伝説級の防具となりうる代物でした。
「……鯉のぼり。……お魚が、空を飛ぶの? ……私、お水のお魚、好き。……凍らせないように、優しく見守る」
スノウさんは、無表情ながらも興味津々で、セシルさんが縫い上げる巨大な布に触れています。
彼女の指先から漏れる冷気が、布に「決して色褪せない」という永久保存の魔法を付与していきました。
「ちょっと二人とも! その鯉のぼり、サイズがおかしいわよ! 全長100メートルはあるじゃない! あれを揚げたら、空を飛んでるワイバーンたちがビビって墜落しちゃうわよ!」
リタさんが、巨大な真鯉の頭の部分を抱えながら叫びました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(鯉のぼり編)」
「あらリタさん。大きい方が、神様にもよく見えていいじゃありませんか。……さて、これを空へ揚げるための『竿』が必要ですね。……魔王さん、ちょっとお願いできますか?」
「うむ! 任せておけ、キヨ殿。四天王よ、例の『禁断の聖槍』を持ってこい! あれを支柱にすれば、いかなる暴風にも耐えうるだろう!」
魔王様が持ってきたのは、かつて神々を貫いたとされる伝説の武器。私はそれを「あら、真っ直ぐで立派な棒ですね」と受け取り、屋根のてっぺんに固定しました。
「はい、おまじないをして……『元気に泳いで、大きくな〜れ』」
私が竹箒で鯉のぼりの尻尾をパシッと叩いた、その瞬間。
ドォォォォォォォォォン!!
巨大な鯉のぼりが、魔法の風を受けて一気に膨らみ、空へと舞い上がりました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(端午の節句)が発動】
【鯉のぼりが『天空の守護龍・大真鯉』へと昇華されました】
【効果:半径100km以内の全モンスターの『攻撃性』を『子供のような無邪気さ』に変換する】
「……な、何これ!? 鯉のぼりが生きてるみたいに動いてる! しかも、周りにいたワイバーンたちが、鯉のぼりの後ろを幼稚園児みたいに一列になって泳いでるわよ!」
リタさんの絶叫通り、空の覇者であるはずの飛龍たちが、巨大な鯉のぼりを「お母さん」だと思い込んだのか、楽しそうに空のパレードを始めたのでした。
3.「菖蒲湯」と平和な宴
「ふぅ。次は『柏餅』と『菖蒲湯』ですねぇ。……スノウさん、お風呂のお水を、ちょうどいい温度に保ってくださる?」
「……はい、キヨ様。……熱すぎず、冷たすぎず。……リラックスの極致、提供する。……スノウ・サーモスタット」
スノウさんがお風呂場に優しく手をかざすと、魔王城の巨大な浴場が、菖蒲の香りと完璧な温度の「聖なる癒やし湯」へと変わりました。
さらにセシルさんが、異界の『菓子の神』を呼び寄せ、食べれば食べるほど背が伸び、筋力がアップするという『剛力の柏餅』を大量に作り上げました。
その日、魔王城には近所の子供たちや、戦いに疲れた冒険者たちが続々と集まりました。
空を見上げれば、巨大な鯉のぼりと龍たちが仲良く泳ぎ、地上ではみんなで柏餅を食べ、菖蒲湯に浸かって無病息災を願う。
世界から「争い」の二文字が、完全に消えた一日となりました。
4.掲示板の伝説:鯉のぼりパレード編
その様子は、もちろん全世界へ爆速で拡散されました。
【オチャノマスレ 035】
600:名無しのアタッカー
全プレイヤー、空を見ろ! 伝説の『黒龍』が、鯉のぼりの後ろで楽しそうに宙返りしてるぞ!
601:名無しの大魔道士
見てる。……あの鯉のぼり、鑑定したら『防御力:測定不能(愛の力)』って出た。
試しに攻撃魔法を撃ってみた奴がいたけど、鯉のぼりに当たった瞬間に「柏餅」に変換されて跳ね返ってきたらしい。
602:名無しの密偵
攻略組のトップが、今、魔王城の菖蒲湯に浸かって「俺、もう一生ここで暮らしたい」って、装備を全部売却して引退届を出したぞ。
603:名無しのアタッカー
鯉のぼり(現在は空の平和維持機構)
604:名無しの聖職者
キヨちゃんが「強く、優しく育ってくださいね」って言った瞬間、全プレイヤーに永続バフ『健やかな成長』が付与されたぞ。
全ステータスの成長率が3倍。ただし、悪いことをすると「廊下にバケツ持って立たされる」っていうデバフがつくらしい。
605:運営の年始挨拶(三回目)
【最終告知】本日のアップデートにより、ゲーム内の全ての「剣」を「木刀」に、全ての「魔法」を「教育的指導」に変更することを検討中です。
おばあちゃんの柏餅が美味しすぎて、運営チームはもう誰も出社したくありません。
「ふぅ。皆さん、健やかに過ごせそうで何よりですねぇ、セシルさん」
夕暮れ時。私たちは、オレンジ色に染まる空を泳ぐ巨大な鯉のぼりを眺めながら、ゆっくりとお茶を啜っていました。
スノウさんは私の膝の上で、柏餅を頬張りながら、小さく「……来年も、みんなで、お風呂入る」と呟きました。
「はい、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『雨乞いの神』を呼んで、六月の紫陽花を最高に美しく咲かせる準備をいたしましょうか」
「……雨。……私、綺麗な氷の粒、降らせる。……キラキラ、させる」
スノウさんの新しい提案に、リタさんの「傘が壊れるからほどほどにしなさいよ!」というツッコミが、穏やかな五月の夜風に響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「端午の節句」は、世界の脅威を、最高に元気で温かな「子供たちの笑顔」へと変えてしまったのでした。




