第2話:おばあちゃん、ヨモギを摘んでいたら伝説の薬師に間違われる
1.最強の乗り物と野草摘み
「いい風ねぇ、ポチ。そんなに急がなくても、日はまだ高いですよ」
銀髪をなびかせ、黄金の巨犬の背に揺られながら、私はのんびりと草原を眺めていました。
見た目は十歳ほどの可愛らしい少女。
けれど、その口調と佇まいは、百年という時間を茶飲み友達にしてきた隠居人そのものです。
ポチ――元・地獄の番犬ケルベロスは、私が背中で呟くたびに、嬉しそうに「ハフッ!」と地響きのような返事をしてくれます。
彼が走るたびに、草原の魔物たちがクモの子を散らすように逃げていくのですが、私は「あら、みんな元気がいいわねぇ」と微笑ましく眺めるばかりでした。
「おや、ポチ。あそこで止まってちょうだい。いいものを見つけましたよ」
ポチが器用に減速し、私はふわりと地面に降りました。
若返った身体は、羽が生えたように軽いのです。
私の視線の先には、岩陰にひっそりと生える、独特のギザギザした葉。
「まあ、立派なヨモギ。……いえ、これは少し色が濃いわね。昔、裏山で摘んだのとは少し違うかしら?」
私がひょいと手を伸ばして摘み取ると、目の前にシステムメッセージが踊りました。
【アイテム獲得:エリクサー草(神話級素材)】
【説明:千年の一度、聖なる土地にのみ自生する伝説の霊草。あらゆる欠損部位を再生し、不老不死の妙薬の主原料となる】
「えーと、えりくさー……? 横文字はよく分かりませんけど、なんだかお餅に練り込んだら美味しそうな香りだわ」
私は『おばあちゃんの知恵袋』を発動させ、手際よくヨモギ(エリクサー草)を摘んでいきました。
本来なら、採取するだけでも「神級」の採取スキルと、特殊な魔銀の鎌が必要なのですが、私の手にあるのは、現実から持ってきたかのような年季の入ったカゴと、ただの「素手」です。
「あら、こっちは少し根っこが固いわね。……よし、いい子ね」
私がヨモギに優しく声をかけながら引き抜くと、草そのものが喜んで私に摘まれに来ているかのようでした。
2.「死の商人」との遭遇
「助けて……誰か……っ!」
カゴがいっぱいになった頃、近くの岩場の陰から、か細い声が聞こえてきました。
行ってみると、そこには豪華な服を着た男性が、脚を血に染めて倒れていました。
「あらあら、まあ! 大変。怪我をしているじゃないですか」
私は駆け寄り、彼の顔を覗き込みました。
彼は目を見開き、私と、その後ろで控える巨大なポチを交互に見て、ガチガチと歯を鳴らしました。
「あ、あ、ああ……地獄の……番犬……。終わった……私の人生、こんなところで、幼い死神に魂を刈られるのか……」
「死神だなんて失礼ねぇ。私はキヨ。ただの通りすがりのおばあちゃんですよ」
私は割烹着のポケットを探りました。
「いいですか、動いちゃダメですよ。今、おまじないをしてあげますからね」
私は摘みたてのヨモギ(エリクサー草)を数枚手に取ると、あろうことか、それを自分の口に放り込んで、モグモグと噛み砕き始めました。
「な……何を……!? 伝説の霊草を、生で……食べた……!?」
「はい、これを傷口に塗って……『痛いの痛いの、飛んでけ〜』」
私は、丁寧に噛み砕いたヨモギを、彼の無残に裂けた脚にペタリと貼り付けました。
次の瞬間。
眩いばかりの緑色の光が周囲を包み込みました。
男性の傷口は、まるで時間を巻き戻したかのように瞬時に塞がり、失われた肉はおろか、服の破れ目までもが元通りに修復されていくではありませんか。
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(手当て)が発動】
【神話級素材を『生活の知恵』で加工:究極の蘇生薬が完成しました】
「おや、綺麗に治りましたよ。立てますか?」
「あ……あ……脚が……。持病の神経痛まで消えている……!? こ、これはいったい……君は、伝説の薬師の転生体なのか!?」
彼はガバッと起き上がると、私の前に跪きました。
「私は、この大陸最大の商会を運営するバルトロという者です。もしよろしければ、今の薬を……いや、その薬草だけでも譲っていただけないでしょうか! ひとつ白金貨一千枚で!」
「はくきんか? よく分かりませんけど、これはポチと食べるお団子用ですから、売り物じゃありませんよ。……でも、そんなに困っているなら、これをお持ちなさい」
私はカゴから、適当に一掴みのヨモギを彼の手に握らせました。
「お大事にね。あんまり無理をして、親御さんを心配させちゃいけませんよ」
「……女神だ。小さな割烹着を着た、慈愛の女神がここにいる……っ!」
バルトロという男は、聖書でも受け取ったかのように涙を流して震えていました。
3.掲示板の伝説は加速する
【エタファン攻略スレ 002】
45:名無しのアタッカー
おい、商会ギルドのトップ、バルトロが狂ったように街で叫んでるぞ!
「聖女様にお会いした! 銀髪の幼い聖女様が、エリクサー草を噛み砕いて俺に塗ってくれた!」って。
46:名無しの大魔道士
エリクサー草……だと? 全プレイヤーが血眼で探して、一本も見つかってないアレか?
つーか、噛み砕いて塗るってなんだよ。錬金釜使えよ。
47:名無しの聖職者
いや、目撃証言が出てる。
第一エリアの「最果ての岩場」に、黄金の超巨大犬に乗った銀髪ロリが出現したって。
しかも、ポチって呼んでたらしい。
48:名無しのアタッカー
ポチ(Lv150レイドボス)
49:名無しの商人
バルトロが手に持ってる草の鑑定結果が出た。
『キヨのお手製・ヨモギ湿布』。効果:【蘇生、全状態異常解除、最大HP恒久アップ】。
これ一つで、王国の予算が吹っ飛ぶぞ……。
50:名無しのアタッカー
その『キヨ』って子、マジで何者なんだよ!?
「さあ、ポチ。いいヨモギも摘めたし、そろそろ街へ行ってみましょうか。正一が言っていた『ギルド』というところに行けば、美味しいお茶菓子があるかしら」
私はポチの背に乗り、遠くに見える大きな城壁を指差しました。
ポチは嬉しそうに吠え、黄金の閃光となって大地を駆け抜けます。
百歳の私にとって、この世界は驚きと優しさに満ちていました。
ただ、ヨモギを摘んだだけでこれほど喜ばれるのなら、もっとたくさん摘んで、みんなにお裾分けしてあげたい。
そんなことを考えながら、私は小さな少女の姿で、世界を優しく、徹底的に「おばあちゃん色」に染め上げていくのでした。




