第28話:おばあちゃん、王都の冬支度を「手編みのセーター」で完全防備する
1.冷え込む朝と「毛糸」の相談
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。今朝は随分と、霜柱が元気に背伸びをしていますねぇ。ポチの吐く息も白くなって、まるで小さな雲を作っているようですわ」
魔王城(隠居所)の縁側で、私は自分の肩を少しすくめて微笑みました。十一月に入り、大陸全土に北からの冷たい風が吹き込み始めています。
かつてこの季節は、寒さで体力が削られる「極寒デバフ」に全プレイヤーが苦しむ魔の季節でした。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、冷えは万病の元。……今、異界の『常夏の精霊』を召喚して、城内の湿度と温度を『南国のリゾート』並みに保っておりますが……。やはりお外に出る時は、温かな衣類が必要になりますわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の魔力で紡がれた「光り輝く毛糸の玉」を籠いっぱいに持ってきました。
それは、伝説の聖獣の産毛と、太陽の光を糸状に固めたという、一編みごとに物理法則を無視した防御力を持つ代物でした。
「ちょっとセシル! その毛糸、鑑定したら『絶対零度でも体温を維持し、あらゆる呪いを跳ね返す』って出てるんだけど! これで冬服を作るつもりなの!?」
リタさんが、寒さで赤くなった鼻をこすりながら叫びました。
彼女は最近、キヨさんの「防寒対策」が世界最高のアーティファクトを生み出す予兆であることを察知し、期待と不安が入り混じった表情をしています。
「あらリタさん。呪いより、肩が凝らない軽さの方が大事ですよ。……さあ、今日は皆さんで『編み物』をしましょう。……魔王さん、ちょっと手伝ってくださいな」
「うむ。キヨ殿、我が獄炎で毛糸を温めておけば、より編みやすくなるか?」
魔王様は、エプロンの上にちゃんちゃんこを羽織り、やる気満々で編み棒を構えました。
2.「おばあちゃんの知恵袋(手編み編)」
私は、割烹着のポケットから、かつて冥界の門を修理した時に余った「次元の針(実は究極の編み棒)」を取り出しました。
「はい、ポチの毛も少し混ぜて……。いち、に、さん。……裏を編んで、表を編んで。……リタさん、その端っこを持っていてくださいな」
「う、うん。……わあ、なんだかこの毛糸、触ってるだけで指先から全身がポカポカしてくる……。……これ、鎧より硬いのに、マシュマロより柔らかいわ!」
リタさんが毛糸に触れた瞬間、彼女の防御力(DEF)がカウンターストップし、さらには「精神的安寧」という特殊バフまで付与されました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(手編み)が発動】
【手編みのセーターが『絶対防寒の聖衣』へと昇華されました】
【効果:寒さを100%無効化し、着用者のHPを1秒ごとに10%自動回復する】
「ふぅ。ポチの分と、クロの分。……そして、王都の皆さんにも『お裾分け』ができるように、たくさん編みましょうね」
私が竹箒をひと振りすると、セシルさんが召喚した「千手観音の魔神」たちが一斉に編み棒を動かし始め、魔王城は一瞬にして「巨大なニット工場」へと変貌しました。
3.王都に降る「毛糸の奇跡」
数日後。私たちは、ポチの背中に山のような「手編みのセーターとマフラー」を積み込み、王都へと向かいました。
王都では、冬の到来に震える冒険者や市民たちが、暗い顔で防寒ギルドの列に並んでいました。
「皆さん、こんにちは。おばあちゃんのキヨですよ。……風邪を引かないように、これを配りに来ました」
私が広場でセーターを取り出した瞬間、王都を包んでいた寒波が、まるでお湯をかけた雪のように霧散していきました。
「な……なんだこの温かさは! このセーター、着た瞬間に氷の魔法が反射されたぞ!」
「見てくれ! 膝の痛みが治った! おばあちゃん、これマフラーじゃなくて『聖なる包帯』じゃないのか!?」
私は、震える子供たちには猫耳付きの帽子を、強面の戦士たちには「火の用心」と刺繍された腹巻きを、次々と手渡していきました。
いつの間にか、王都は「キヨさんの手編み」に包まれたカラフルな景色へと変わり、人々は寒さを忘れて、広場で雪合戦(という名の、おばあちゃんの知恵による体力作り)を始めました。
「……ねぇキヨ。あんた、ついに『冬の脅威』を『編み物』だけで絶滅させちゃったわね」
リタさんは、自分も猫耳帽子を被りながら、幸せそうに微笑みました。
4.掲示板の伝説:ニット無双編
その様子は、もちろん全世界のプレイヤーに衝撃を与えました。
【オチャノマスレ 028】
900:名無しのアタッカー
全プレイヤーに報告。今年の『冬のダメージ設定』が消滅した。
901:名無しの大魔道士
見てる。……いや、消滅したんじゃない。キヨちゃんが配ってるセーターの防御力が、運営のデバフ数値を完全に上回ってるんだ。
902:名無しの密偵
攻略組のトップが、あのセーターを着て『絶対零度の洞窟』に突入したらしいんだが……。
「全然寒くないどころか、着心地が良すぎて寝てしまった」って言って、今も洞窟の中でスヤスヤ寝てるぞ。
903:名無しのアタッカー
手編みセーター(全ゲーム内最強防具)
904:名無しの聖職者
王都の防具屋が看板を書き換えたぞ。「鉄の鎧は捨てろ、これからはウールの時代だ」って。
キヨちゃんが編んだ「腹巻き」を巻いた王様が、今、広場でおばあちゃんと一緒にお茶を飲んでる。
905:運営の悲鳴
【最終告知】冬の難易度調整を諦めました。
運営スタッフ全員に、キヨさんから『お疲れ様セット(手袋と靴下)』が届きました。
指先が温かくて、プログラムのコードが優しくなりました。今年は平和な冬を過ごしましょう。
「ふぅ。皆さん、温かそうで良かったわ。……セシルさん、リタさん。お片付けをしたら、今夜は魔王城で『おでん』でも煮込みましょうか」
夕暮れ時。王都の門を出る私たちの背後には、キヨさんのセーターを纏った人々の、温かな笑い声がいつまでも響いていました。
リタさんは、おばあちゃんの手を握り、少し照れくさそうに呟きました。
「……ねぇキヨ。あんたの編み物、世界を丸ごと包んじゃったみたいね」
「あらリタさん。糸を繋ぐのは、心を繋ぐのと同じことですよ」
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『毛刈りの神』を呼んで、世界中の羊さんたちをツルピカにして、さらなる増産体制を整えましょうか」
セシルさんの物騒な増産計画に、リタさんの「羊さんをいじめるんじゃない!」というツッコミが、穏やかな冬の入り口の空に溶けていきました。
百歳の少女(魂)の「編み物」は、世界の寒さを、心までホカホカになる「優しさ」へと変えてしまったのでした。




