第26話:おばあちゃん、秋の気配に「特製おはぎ」で魔物を懐柔する
1.秋風と「小豆」のささやき
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。今朝の風は、なんだか少しだけ背筋をシャンとさせてくれるような、涼やかな香りが混じっていますねぇ。……いよいよ秋の彼岸が近づいてまいりましたわ」
魔王城の広い中庭で、私は黄金色に色づき始めた木々を眺めながら、満足そうに頷きました。
夏の盛りを過ぎ、空は高く透き通り、鰯雲が流れています。お盆の精霊馬たちを無事にお見送りした後の魔王城は、どこか穏やかな充足感に包まれていました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、季節の移ろいに合わせて食卓を彩るのは、心豊かな生活の基本ですわ。……今、異界の『収穫の女神』を呼び寄せ、農園で育った最高の小豆を選別させておりますわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界の魔力で磨き上げられた「光り輝く小豆」を盆に乗せて運んできました。
一粒一粒が宝石のように赤く艶やかで、これだけでも国宝級の価値がありそうです。
「ちょっと待って、その小豆! 鑑定したら『一粒で全属性魔法の威力が倍増する』って出てるんだけど! それを今から煮るつもりなの!?」
リタさんが、驚愕でポニーテールを跳ねさせながら叫びました。
彼女は最近、キヨさんの「料理の材料」が世界を滅ぼせるレベルの聖遺物であることに慣れつつありましたが、やはりそのスケールの大きさには毎回ツッコミを入れずにはいられません。
「あらリタさん。魔法の威力より、あんこの練り具合の方がずっと大事ですよ。……さあ、今日は皆さんで『おはぎ』を作りましょう。……魔王さん、火加減をお願いできますか?」
「任せておけ、キヨ殿。我が獄炎魔法を極限まで絞り、小豆の芯までふっくらと炊き上げてみせよう」
魔王様は、自分専用の「火の用心」エプロンを締め直し、真剣な眼差しで大鍋に向かいました。
かつて世界を焼き尽くそうとしたその焔が、今、究極の「あんこ」を作るために優しく揺らめいています。
2.「おばあちゃんの知恵袋(おはぎ編)」
私は、蒸し上がったもち米をボウルに移し、竹箒を軽くひと振りしました。
「はい、もち米さんも、お互いに仲良くなってくださいね。……ぺったん、ぺったん。……リタさん、あんこで包むのを手伝ってくださいな。優しく、赤ちゃんのほっぺを撫でるようにですよ」
「う、うん……。……こう? ……わあ、なんだかこのあんこ、触ってるだけで心が落ち着いてくる……」
リタさんがおはぎを丸めると、その指先から黄金の粒子が溢れ出しました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(お彼岸の準備)が発動】
【特製おはぎが『魂の安息香』へと昇華されました】
【効果:一口食べれば前世の罪が浄化され、徳のレベルが100上昇する】
「ふぅ。綺麗に並びましたねぇ。……きな粉と、青のりと、それからすりゴマ。……色とりどりで、まるでお花畑のようですわ」
出来上がったおはぎを大皿に盛っていると、魔王城の周囲を囲む深い霧の中から、異変が起こりました。
秋の訪れと共に狂暴化し、街を襲うはずの「秋の魔物」たちが、その甘く芳醇な香りに抗えず、城の門前までゾロゾロと集まってきたのです。
3.「甘党」の魔物軍団
「グルルル……。……我は、飢えたる『大喰らいのベヒモス』……。その甘き香りの源を……我に……我に一口……!」
山のような巨体を持つ魔獣が、門の隙間から鼻を覗かせました。
普通なら騎士団が出動するレベルの危機ですが、私はお皿を手に、トコトコと門まで歩いていきました。
「あらあら、まあ。お腹が空いているのね。……はい、おひとつどうぞ。お口を開けてくださいな」
私は、ベヒモスの巨大な口の中に、ひょいとおはぎを放り込みました。
ベヒモスは、目を見開いて硬直しました。
「…………っ!!!!! ぬ……ぬおおおぉぉぉぉんっ!! 甘い! 甘すぎる! なんだこの、口の中で溶けるような餅の粘りと、小豆の力強い旨味は……! 我、もう人間を襲うなんて面倒なことはやめる! これからは、この城の『おはぎ警備員』として生きることを誓おう!」
ベヒモスがその場に正座(?)し、続いて並んでいたグリフォンやキマイラたちも、次々とおはぎを貰ってお行儀よく座り始めました。
「キヨ……。あんた、ついに魔物を『甘いもの』だけで完全に手懐けちゃったわね」
リタさんは、城の外に整列する伝説の魔獣たちが、みんなでもぐもぐとおはぎを頬張っているシュールな光景を見て、力なく笑いました。
「あらリタさん。お腹がいっぱいになれば、トゲトゲした心も丸くなるものですよ」
4.掲示板の伝説:おはぎ最強説
その様子は、もちろん全世界にライブ配信されました。
【オチャノマスレ 026】
700:名無しのアタッカー
緊急速報。秋のレイドボス『暴食のベヒモス』が、キヨちゃんのおはぎを食って「お座り」した。
701:名無しの大魔道士
見てる。……おい、あのキマイラ、甘さに感動して涙流しながら「あぁ〜、お茶が欲しい……」って言ってるぞ。
完全に野生を失ってるだろ。
702:名無しの密偵
攻略組のトップが現地に行ったらしいんだが、魔物たちに「列の最後尾はあちらです」っておはぎの順番待ちを案内されたらしい。
戦う雰囲気ゼロ。魔王城が今、世界一平和な「和菓子カフェ」になってる。
703:名無しのアタッカー
おはぎ(対魔物用・最終決戦兵器)
704:名無しの聖職者
運営の公式ツイッターが更新されたぞ。「秋のモンスター狂暴化イベントは、おはぎの普及により『食欲の秋イベント』に強制変更されました。全プレイヤー、お茶を用意して魔王城に集合してください」だってよ。
705:運営の悲鳴
【最終告知】ゲームのジャンルが正式に『グルメ・お茶の間・ファンタジー』になりました。
剣を振るより、お餅を丸める方が経験値が入る仕様に変更します。キヨさんのあんこは、サーバーの熱さえも優しく包み込んでいます。
「ふぅ。皆さん、喜んでくださって良かったわ。……セシルさん、リタさん。夜は少し冷えますから、今度はお汁粉の用意をしましょうか」
夕暮れ時。魔王城の庭では、魔物と人間が隣同士に座り、おはぎを食べながら月を眺めていました。
リタさんは、ポチの背中にもたれかかり、幸せそうに呟きました。
「……ねぇキヨ。あんた、次は何を作るつもり? おはぎの次は……焼き芋?」
「あらリタさん。それは名案ね。落ち葉を集めて、みんなで火を囲みましょう」
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、異界の『紅蓮の爆炎神』を召喚して、最高の遠赤外線効果で焼き上げて差し上げますわ」
セシルさんの物騒な提案に、リタさんの「焼き芋に神様を使うんじゃない!」というツッコミが、秋の夜風に心地よく溶けていきました。
百歳の少女(魂)の「おはぎ」は、世界の争いを、甘く温かな「秋の思い出」へと変えてしまったのでした。




