第25話:おばあちゃん、禁断の召喚術を「お盆の精霊馬」に変えてしまう
1.季節の節目と「お迎え」の準備
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。カレンダーを見れば、もうすぐお盆ですねぇ。あちらの世界のご先祖様たちが、迷わずに帰ってこられるように、道しるべを作ってあげなくてはいけませんわ」
魔王城の広々とした縁側で、私は農園で採れた立派なナスとキュウリを並べながら、静かに微笑みました。
八月の風はまだ熱を帯びていますが、夕暮れ時にはどこか寂しげな鈴虫の声が混じり始めています。
「はい、キヨ様。……おしとやかな女性として、先人を敬い、その魂を温かく迎える心根は、何より重んじるべき美徳ですわ。……ですが、あちらの世界……冥界は今、キヨ様が第15話で門を『換気』して以来、ずいぶんと現世との行き来がカジュアルになっているようですけれど」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界から呼び寄せた「浄化の白布」で精霊棚を整えています。
彼女の召喚術は、今や「完璧な儀式設営システム」として機能しており、魔王城の一角はすっかり格式高いお寺のような清浄な空気に満たされていました。
「……ねぇ、キヨ。そのナスとキュウリに割り箸を刺して、何をするつもりなの? まさか、新しいゴーレムでも作る気?」
リタさんが、不思議そうに野菜を覗き込みました。
この世界の人々にとって、野菜に足を刺して「馬」や「牛」に見立てるという風習は、理解を超えた神秘の儀式に見えたのです。
「ふふ、リタさん。これはね、精霊馬というのですよ。……キュウリは足の速いお馬さん。ご先祖様が早く帰ってこられるように。……ナスは足の遅い牛さん。ゆっくりと景色を楽しみながら帰っていけるように。……想いを込めて作るのです」
2.「おばあちゃんの知恵袋(精霊馬編)」
私は、割烹着のポケットから、かつて聖域で手に入れた「創世の割り箸」を取り出し、キュウリの胴体にスッと刺しました。
「さあ、お馬さん。あちらの世界の方々を、安全に、そして元気に運んであげてくださいね。……えいっ」
私がキュウリの背中を竹箒で優しく撫でた、その瞬間。
シュォォォォォォォォン!!
ただの野菜だったキュウリが、黄金の光を放ちながら膨れ上がり、背中から透き通った翡翠色の翼を生やした、神々しい「天馬」へと変貌しました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(精霊馬)が発動】
【野菜の細工が『神話級騎乗生物・翠瓜』に進化しました】
【最高速度:時速40,000km(魂の速度)。スキル:次元跳躍、全自動帰還】
「……嘘でしょ。キュウリが神獣になったわよ! しかもこれ、ステータスが魔王より高いじゃない!」
リタさんの絶叫をよそに、私はナスの牛さんも完成させました。
こちらは紫色の光沢を放ち、一歩歩くごとに大地の呪いを浄化する、荘厳な「霊牛」となりました。
「あら、いい子ができましたねぇ。……セシルさん、この子たちに『お弁当』を持たせてあげましょう。あちらの世界から来る方々が、道中でお腹を空かせないように」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、異界の『満腹の神』を召喚し、野菜たちの胃袋の中に無限の炊き出しスペースを確保いたしますわ」
3.冥界からの「里帰り」パレード
私が精霊馬たちを空へ放つと、翠色の天馬は音速を超えて冥界の門へと消えていきました。
数分後。空の彼方から、見たこともないような「光のパレード」が近づいてきました。
それは、おばあちゃんが作った翠瓜(キュウリ馬)に乗った、数千、数万のご先祖様たちの魂でした。彼らは光り輝く精霊馬に揺られながら、「おーい、帰ったぞー!」「キヨちゃん、ありがとう!」と手を振りながら、世界中の家族の元へと舞い降りていきました。
本来なら「死者の再会」は恐ろしいアンデッドの発生と紙一重ですが、おばあちゃんの「お節介」が加わったことで、それは世界で一番温かい、光り輝く里帰りイベントとなったのです。
「……ねぇキヨ。見て、あっちの街。亡くなったおじいさんと孫が抱き合って泣いてるわ。……このゲーム、もう『ファンタジー』っていうより『人生の宝物』みたいな場所になってるわね」
リタさんは、夜空を埋め尽くす光の粒を見上げて、そっと涙を拭いました。
「あらリタさん。お盆はね、寂しい思いをしていた人が、一番欲しかった笑顔をもらえる日なのですよ」
4.掲示板の伝説:精霊馬の爆走編
その頃、ゲーム内の公式掲示板は、感動と驚愕でサーバーがパンクしそうになっていました。
【オチャノマスレ 025】
600:名無しのアタッカー
全プレイヤーに報告。空から「キュウリ」が降ってきた。……と思ったら、死んだはずの親父が乗ってた。
601:名無しの大魔道士
見てる。……あのキュウリ馬、スペックがおかしいだろ。
試しに鑑定したら『移動速度:測定不能(愛の力)』って出たぞ。
602:名無しの密偵
現地からの報告。キヨちゃんの精霊馬、全世界の拠点に「お裾分け」として配られてる。
今、全プレイヤーが亡くなった恩師や家族と酒を酌み交わしてて、PVP(対人戦)が完全に停止したぞ。
603:名無しのアタッカー
精霊馬(最強の次元タクシー)
604:名無しの聖職者
運営が泣きながら声明を出したぞ。「お盆休みを取ろうとしたら、キヨさんが作ったナス牛に乗った先祖の霊に『しっかり働きなさい』って叱られたので、本日もサーバー監視を続けます」だって。
605:運営の悲鳴
【最終告知】本イベント期間中、全ての攻撃判定を無効化します。
全プレイヤー、先祖を敬い、ナスとキュウリに感謝してください。世界が優しすぎて、バグを探すのが馬鹿らしくなりました。
「ふぅ。皆さん、無事にお帰りになられたようで安心しましたねぇ」
深夜。魔王城の庭で、私たちは戻ってきた精霊馬たちに「ご苦労様」と新鮮なお水をあげていました。
隣では、魔王様(広報部長)が自分のご先祖(初代魔王)とお酒を酌み交わし、「お前、今エプロンつけてるのか……?」と呆れられながらも、楽しそうに笑っています。
「……ねぇキヨ。あんた、ついに『生死の境目』まで、野菜と割り箸で繋いじゃったわね」
「あらリタさん。思い出がある限り、さよならなんて言葉はありませんよ」
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『送り火の精霊』を呼んで、来週の『お見送り』も最高の演出でプロデュースさせていただきますわ」
セシルさんの頼もしい提案に、リタさんの「お見送りはしんみりとやりなさいよ!」というツッコミが、穏やかな夏の夜空に響き渡りました。
百歳の少女(魂)の「お盆」は、世界の別れを、最高に幸せな「再会」へと変えてしまったのでした。




