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第23話:おばあちゃん、禁断の呪文を「寝かしつけの子守唄」に変えてしまう

1.熱帯夜と「寝苦しい」魔王城

 

「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。今夜は随分と、お月様が情熱的ですねぇ。風もピタリと止まって、まるでお布団の中に湯たんぽを入れたままにしているようですわ」

 

七月に入り、魔王城(隠居所)の夜は、かつてない熱気に包まれていました。

 

石造りの城壁は昼間の太陽をたっぷりと吸い込み、夜になっても熱を逃がしません。


ポチもフローリングの床で「あひー」と舌を出して伸び、クロ(暗黒龍)は水場の近くで丸くなって、少しでも涼を得ようとしていました。

 

「はい、キヨ様。……おしとやかな女性として、汗をかいて寝付けないというのは、美容にも、そして淑女の嗜みとしても由々しき事態ですわ。……今、異界の『氷結の深淵』から冷気を引っ張ってきておりますが、あまりに暑すぎて、冷気が入り口で霧散してしまいますの」

 

セシルさんは、おしとやかに微笑みながらも、団扇をパタパタと動かしています。彼女の召喚術でさえ、今年の「猛暑(運営の設定ミス)」には苦戦しているようでした。

 

「あー、もう! 暑くて死んじゃいそう! 魔王、あんたの炎魔法で、逆に熱を吸い取るとかできないの!?」

 

リタさんが、お行儀悪く足を放り出して叫びました。対する魔王様は、エプロンを脱いで冷たい床に腹ばいになりながら、恨めしそうに空を見上げました。

 

「無理を言うな。我が魔力は『放出』に特化しておるのだ。……くっ、このままでは眠れぬうちに朝が来てしまう。明日のお漬物の仕込みに響くではないか……」

 

「まあ、皆さん。そんなにカリカリしては、余計に暑くなりますよ。……寝られない時はね、お耳から涼しくなればいいのですよ」

 

2.「おばあちゃんの知恵袋(子守唄編)」

 

「耳から? ……キヨ、それって耳栓でもするの?」

 

リタさんが不思議そうに尋ねました。私はニコリと笑い、魔王城の宝物庫から一冊の「ボロボロの巻物」を取り出しました。


それは、かつて数百万の軍勢を永遠の絶望に突き落としたとされる禁断の呪文『終焉の咆哮ジ・エンド・ロア』の原典でした。

 

「あら、この紙……。いい感じに古びて、カサカサと良い音がしますね。……これを少し、書き直しましょう」

 

私は、割烹着から「赤ペン(実は第19話で引き当てた創世の筆)」を取り出しました。

 

「はい、ここをこうして……『絶望』を『安眠』に。……『暗黒』を『涼風』に。……よし、いい音符が並びました」

 

【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(添削)が発動】

【禁断の攻撃呪文が『究極の癒やしソング』に変換されました】

【効果:聴いた者の脳内に『おばあちゃん家の風鈴の音』を直接響かせる】

 

「さあ、皆さん。横になってください。……セシルさん、伴奏をお願いできますか?」

 

「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、異界の『子守唄の精霊王』を召喚し、天上のハープを奏でさせましょう」

 

セシルさんが優雅にタクトを振ると、魔王城全体に、それはそれは優しく、どこか懐かしいメロディが流れ始めました。

 

3.世界が「スヤスヤ」に包まれる日

 

私が、書き直した巻物を手に、ゆっくりと歌い始めました。

 

「ねんねん、ころりよ……。おころりよ……。……風が吹いたら、お花が揺れて……」

 

私の歌声が、セシルさんの召喚した音楽と重なり、目に見える「青い光の粒子」となって城内を駆け巡りました。


その光に触れた瞬間、あんなに暑かった室温が、不思議と「高原の避暑地」のような爽やかさに変わっていきました。

 

「……あ、あれ? 涼しい……。耳の奥で、風鈴が鳴ってるみたいだ……」

 

リタさんのまぶたが、急激に重くなっていきます。

 

「……我……もう、眠い……。世界征服とか……明日の漬物とか……どうでも……むにゃ……」

 

魔王様も、四天王も、大きなポチも、みんなが幸せそうな顔をして、次々と夢の中へ誘われていきました。

 

しかし、その歌声は城内だけにとどまりませんでした。

 

【警告:キヨの歌声がワールド全域にブロードキャストされました】

【イベント:『全世界強制お昼寝タイム』が開始されました】

 

歌声は風に乗り、ネットワークを越え、現在ログインしていた数十万人のプレイヤーの耳元に届きました。


戦場で剣を交えていた者も、徹夜で素材集めをしていた者も、その歌声を聴いた瞬間に、誰もが「あ、ちょっと寝よう」と穏やかな気持ちになり、その場にパタンと寝転んでしまったのです。

 

4.掲示板の伝説:寝かしつけ編

 

それから数時間。掲示板は、久しぶりに「ぐっすり眠れた」プレイヤーたちの感謝の声で溢れていました。

 

【オチャノマスレ 023】

 

400:名無しのアタッカー

全プレイヤー、おはよう。……人生で一番いい夢を見た。

 

401:名無しの大魔道士

俺も。……気がついたら、荒野のど真ん中で大の字になって寝てた。

起きたら、キヨちゃん特製のお布団(光のバフ)が掛けられてたんだが。

 

402:名無しの密偵

あの歌、すごかったな。……『終焉の咆哮』だったはずだろ?

なんで「田舎のおばあちゃんの家で、扇風機に当たりながらスイカ食べてる気分」になれるんだよ。

 

403:名無しのアタッカー

禁断の呪文(現在は究極のASMR)

 

404:名無しの聖職者

今、教会の蘇生室がガラガラだ。「睡眠不足によるストレス死」が世界から消滅したらしい。

キヨちゃんが最後に「おやすみなさい、いい夢をね」って言った瞬間、世界中のモンスターまで添い寝し始めたぞ。

 

405:運営の定時報告(寝起き)

【お知らせ】運営チーム、全員12時間爆睡しました。

目の下のクマが消えました。あまりに気持ちよかったので、今夜も21時にキヨさんの歌を再放送します。全軍、速やかに寝る支度をしてください。

 

「ふぅ。皆さん、いいお顔で寝ていらっしゃいますねぇ」

 

深夜。しんと静まり返った魔王城で、私は一人、ポチの背中を撫でながら月を見上げました。

 

隣では、リタさんがセシルさんの膝を枕にして、幸せそうに「ずんだ餅……」と寝言を言っています。

 

「あら、リタさん。夢の中でも食べているのねぇ」

 

私は、みんなの肩にお布団(魔力で編んだ涼しいタオルケット)をそっと掛け直しました。

 

百歳の少女(魂)の「子守唄」は、夏の暑さも、心の中のトゲトゲも、すべてを優しい「夢」の中に溶かしてしまったのでした。

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