第22話:おばあちゃん、禁断の召喚術を「流しそうめん」に転用する
1.初夏の陽気と「竹」の相談
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。今日はなんだか、日差しがちょっぴり力強いですねぇ。魔王城の畳も、少しひんやりしたものが恋しいと言っているようですわ」
六月に入り、窓の外からは涼やかな風が吹き抜けますが、日中の陽気はなかなかのもの。
私は、首にかけた手ぬぐいで額を拭いながら、縁側に腰を下ろしました。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、この季節の火照りは大敵ですわ。……今、異界の『氷河の精霊』をエアコン代わりに呼び寄せ、城内の温度を一定に保っておりますが……。やはり、お腹の中から涼みたいものですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、クリスタルのように透き通った冷茶を運んできてくれました。
彼女の召喚術は、今や「完璧な空調システム」として機能していますが、私の提案はさらにその先を行くものでした。
「それならね、セシルさん。今日はみんなで『流しそうめん』をしましょう。……冷たいお水に流れる真っ白な麺を、つるっといただく……。これ以上の贅沢はありませんよ」
「……流しそうめん? 麺を流すの?」
リタさんが、不思議そうに首を傾げました。この世界にはパスタやパンはあっても、竹の樋を水が流れる麺を追いかけるという文化はなかったのです。
「そうよ、リタさん。……まずは、立派な竹を探しに行きましょう。……魔王さん、ちょっといいかしら?」
「うむ、何かな、キヨ殿」
魔王城の奥から、エプロン姿で「お漬物」の重石を調整していた魔王様が顔を出しました。
「あそこの『奈落の底』に生えている、千年ものの『暗黒魔竹』。……あれ、太くて節がしっかりしていて、流しそうめんにぴったりだと思うの。一本、分けていただけないかしら?」
「な……奈落の主すら恐れるあの魔竹を、麺を流す道具にするのか……!? ……よかろう、キヨ殿の頼みだ。四天王! 今すぐ最高の一本を切り出してこい!」
2.「おばあちゃんの知恵袋(竹細工編)」
数分後。魔王城の広場には、漆黒の魔力を放ち、触れる者の魂を凍らせるという『暗黒魔竹』が横たわっていました。
「あら、立派な竹ねぇ。……よしよし、いい子ね。……リタさん、その聖剣を貸してくださる?」
「えっ、あ、はい。……でもキヨ、これ、世界に一本の聖剣よ? 竹を切るのに使うなんて……」
「いいえ、リタさん。聖剣さんも、美味しいそうめんのためなら喜んで働いてくれますよ。……はい、おまじないをして……『痛いの痛いの、飛んでけ〜』」
私が聖剣の腹を優しくなでると、剣に宿る神聖な力が「極上の彫刻刀」へと変化しました。
私が竹に剣を当てると、硬度オリハルコンを誇る魔竹が、まるで柔らかいお豆腐のようにスルスルと二つに割れ、節が綺麗に削り取られていきました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(竹細工)が発動】
【暗黒魔竹が『伝説の流しそうめん器』に変換されました】
【効果:流れる水が自動的に『聖水』となり、麺のコシが無限に強くなる】
「ふぅ。次は『台』ですね。……セシルさん、ちょっと高いところから流したいのだけれど、お願いできるかしら?」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、異界の『重力操作の女神』を召喚し、竹を空中で固定させましょう。……さらには、水源として異界の『清流の王』を呼び出し、最高級の天然水を流し続けますわ」
セシルさんが呪文を唱えると、魔王城の屋根から庭の端まで、全長数百メートルの「漆黒と黄金のウォータースライダー」が出現しました。そこを流れるのは、飲むだけで全ステータスが回復する究極の天然水です。
3.異次元の「麺すすり」大会
「さあ、皆さん! 準備はいいですか? 麺が行きますよー!」
私が上流から、農園で採れた小麦で作った「聖女のそうめん」をひと束流しました。
流れる麺は、魔法の加速により、目にも止まらぬ速さで竹の上を滑り降りていきます。
「……来たわよ! リタ、行きますっ!」
リタさんが、Bランク(現在は覚醒済み)の反射神経をフルに使い、箸で麺を迎え撃ちます。
しかし、麺には「おばあちゃんの知恵」による回避バフがかかっており、なかなか掴ませてくれません。
「グオォォ! 逃がさんぞ、麺よ! 我が魔王の魔力をもってしても、この麺……捉えきれん!」
魔王様も、真剣な眼差しで箸を構えています。四天王たちも、まるで戦場にいるかのような緊張感で竹の周りに並びました。
「あらあら、まあ。皆さん、もっと肩の力を抜いて。……麺はね、追いかけるんじゃなくて、迎え入れてあげるのですよ」
私のアドバイスと共に、セシルさんが「おしとやかに」時空を少しだけ遅延させました。
つるっと、麺が口の中に滑り込みます。
「……っ!! 旨い!! なんだこのコシは! 冷たいお水が喉を通り、初夏の風が肺を突き抜けるようだ……!」
「ああ……。戦いの中にしかなかった高揚感が、今、この一口のそうめんの中に凝縮されている……!」
魔王軍の面々は、涙を流しながらそうめんをすすり、いつしか誰が一番綺麗に麺を掬えるか、という「平和な競い合い」に没頭していきました。
4.掲示板の伝説:ソーメン革命編
その様子は、もちろんライブ配信され、全世界のプレイヤーの胃袋を直撃しました。
【エタファン・オチャノマスレ 022】
300:名無しのアタッカー
緊急速報。魔王城に「巨大なアトラクション」が建設された。
301:名無しの大魔道士
見てる。……あれ、暗黒魔竹だろ!? 伝説の素材だぞ!
なんでそこにそうめんを流してるんだよ!
302:名無しの密偵
キヨちゃんが「流しそうめんは、みんなの心を一つにする知恵ですよ」って言った瞬間、全プレイヤーにクエスト『麺を掴み取れ』が発生した。
今、全拠点の川に、おばあちゃんからのお裾分けの竹と麺が流れてきてるぞ!
303:名無しのアタッカー
そうめん(現在は全プレイヤーの主食)
304:名無しの聖職者
これ、食べてる間は『無敵状態』になるバフがつくんだが。
「そうめんの美味しさに感動している間に、争うなんて野蛮なことはできない」っていう強力な精神保護魔法が働いてる。
305:運営の定時報告
【お知らせ】本日のアップデートにより、ゲーム内全ての「竹林」を「流しそうめん用」に開放しました。
運営チームも、現在サーバー室で流しそうめんを楽しんでいます。流れてくるのはバグではなく、美味しい麺です。
「ふぅ。やっぱり夏はこれが一番ですねぇ、セシルさん」
夕暮れ時。役目を終えた魔竹を片付けながら、私は満足そうに腰を伸ばしました。
リタさんは、お腹いっぱいになって縁側で伸びているポチの隣で、幸せそうに呟きました。
「……ねぇキヨ。あんた、ついに『召喚術』を『麺のデリバリー』にまで昇華させちゃったわね」
「あらリタさん。美味しいものを、一番美味しい状態で食べる。……それが、おばあちゃんの一番の魔法なんですよ」
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『薬味の神』を召喚して、世界中にミョウガとショウガの種をばら撒いておきましょうか」
セシルさんの上品な提案に、リタさんの「ミョウガはいいけど、神様を呼ぶのはほどほどにしなさい!」というツッコミが、涼しくなった魔王城の夜風に溶けていきました。
百歳の少女(魂)の「流しそうめん」は、世界の暑さを、涼やかで美味しい「家族の思い出」へと変えてしまったのでした。




