第21話:おばあちゃん、元・魔王軍と「春の野草摘み」に出かける
1.平和すぎる朝の風景
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。今朝は一段とお天気がよろしいですねぇ。魔王城の障子越しに差し込むお日様が、まるで猫さんの背中みたいにポカポカしていますわ」
魔王城(現在は『キヨさんの隠居所・魔王城支店』)の縁側で、私は淹れたてのほうじ茶を啜りながら目を細めました。
かつては禍々しい瘴気が渦巻いていた玉座の間も、今や畳が敷かれ、ちゃぶ台が置かれ、壁には「整理整頓」の掛け軸が飾られています。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、これほど穏やかな朝を迎えられるのは至福の喜びですわ。……今、異界の『お掃除小僧』たちが、魔王様の角に溜まった埃を丁寧に払い終えたところですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、甲斐甲斐しく朝食の準備を整えています。
彼女の召喚術は、今や「全自動炊飯・洗濯システム」として、城内の家事を完璧にこなしていました。
「……ねぇ、ちょっと。そこの元・四天王。あんたたち、雑巾がけの腰の入れ方が甘いわよ! キヨに教わった通り、角からしっかり拭きなさい!」
リタさんの威勢のいい声が響きます。
見れば、かつて世界を震撼させた魔王軍の四天王たちが、エプロンを締め、必死に床を磨いていました。
「は、はい、リタ様! ……くっ、この『拭き掃除』、剣の修行より筋肉に効くぞ……!」
「黙って磨け! 終わったらキヨさんの『おはぎ』が待っているんだ!」
2.「おばあちゃんの知恵袋(野草編)」
「皆さん、お掃除ご苦労様。……今日はこれだけいいお天気ですから、みんなで『野草摘み』にでも行きましょうか。春の息吹をいただくと、血の巡りが良くなりますよ」
私の提案に、魔王様(現在は『火の用心・広報部長』)が、炬燵からひょいと顔を出しました。
「野草摘みか……。キヨ殿、我も同行しよう。最近、座りっぱなしで腰が固まっていたのだ」
「あら、それはいいですね。……ポチ、クロ。準備はいいですか?」
黄金の巨犬ポチが「ハフッ!」と力強く応え、黒猫の姿をした暗黒龍クロが私の肩に飛び乗りました。
こうして、銀髪の少女(100歳)、赤髪のツンデレ剣士、おしとやかな王女、そしてエプロン姿の魔王と四天王という、世にも奇妙な一家団欒の一行は、城の裏手に広がる『絶望の断崖』……もとい『春の山菜公園』へと繰り出しました。
「リタさん、見てください。あそこに生えているのは『つくし』ですねぇ」
私が指差したのは、崖の縁にひっそりと生える、銀色に輝く奇妙な草。本来それは、触れると爆発する『魔導爆裂草』として恐れられていた植物でした。
「おばあちゃんの知恵袋にかかれば、どんな毒草も『旬の味覚』に早変わりですよ。……はい、おまじないをして……『痛いの痛いの、飛んでけ〜』」
私が竹箒でサッサと穂先を撫でると、爆発の危険があった魔力成分が、一瞬にして「極上の旨味とビタミン」へと中和されました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(山菜採り)が発動】
【爆裂草が『聖女のつくし』に変換されました】
【効果:食べると精神が安定し、優しくなれる】
3.四天王の「はじめての収穫」
「……キヨ殿、これを見てくれ。このトゲトゲした草は食べられるのか?」
四天王の一人、剛腕の将軍が、毒々しいトゲを持った巨大なアザミを抱えてきました。
「まあ、立派なフキノトウ(の親戚)ですねぇ。……将軍さん、トゲはね、こうして新聞紙で包んでからポロッと取れば大丈夫。……ほら、中にはこんなに綺麗な緑色が隠れていますよ」
「おお……! 破壊することしか知らなかった我の拳が、今、繊細な食材を救い出した……。これが、『育む』ということなのか……っ!」
剛腕の将軍は、掌に乗った小さな野草を見つめ、大粒の涙を流しました。
他の四天王たちも、おばあちゃんに教わりながら、ノビルやセリ、そして「天ぷらにすると最高」な薬草をカゴいっぱいに集めていきました。
セシルさんは、そんな彼らの横で、おしとやかに「異界の湧き水」を召喚し、収穫したての野草を丁寧に洗っています。
「ふふ、賑やかで素敵ですわ。……キヨ様、今夜は野草の天ぷらパーティーにいたしましょうか」
「ええ、そうしましょう。……リタさん、揚げたてを魔王さんに運んであげてくださいね」
「わ、わかってるわよ! ……もう、最強の軍団がただの『農友会』になっちゃって……。でも、まあ、悪くないわね」
リタさんは照れ隠しに空を見上げましたが、その口元は緩みっぱなしでした。
4.掲示板の伝説:ピクニック編
その頃、ゲーム内の平和を謳歌するプレイヤーたちの間では、ライブ配信されている「魔王軍の遠足」が大きな話題になっていました。
【エタファン改め・オチャノマスレ 021】
200:名無しのアタッカー
全プレイヤー、今すぐライブを見ろ。魔王がつくしを摘んでる。
201:名無しの大魔道士
見てる。……あの『地獄の将軍』が、たんぽぽの綿毛を飛ばして笑ってるんだが。
これ、一ヶ月前まで俺たちを追い回してた連中だよな?
202:名無しの密偵
キヨちゃんが「ハカマ(つくしの節)を取るのが一番の修行ですよ」って言ったら、四天王全員が正座して、超精密な動きでつくしの下処理を始めた。
スキル『精密操作』が、攻撃じゃなくて「山菜の下ごしらえ」に極振りされてるぞ。
203:名無しのアタッカー
魔王軍(現在は旬を味わう会)
204:名無しの商人
今、街の市場で「キヨちゃんの野草セット」の予約が100万件を超えた。
食べると「昔の実家を思い出して泣ける」っていう特殊効果があるらしい。
205:運営の定時報告
【お知らせ】本日のメンテナンスは、スタッフ全員で『春の七草粥』を食べるため中止します。
モンスターも人間も、みんなで春を探しに行きましょう。キヨさんの割烹着は今日も輝いています。
「ふぅ。たくさん摘めましたねぇ。……さて、帰りましょうか」
夕暮れに染まる野山。
カゴいっぱいの春を抱えて、私たちは魔王城へとゆっくり歩き出しました。
ポチの背中で、魔王が満足そうに、摘みたてのつくしを眺めています。
「キヨ殿……。我は、幾千の領土を奪うよりも、このカゴ一杯のつくしの方が重みを感じる。……不思議なものだ」
「あら魔王さん。春はみんなで分かち合うもの。……奪うより、分ける方がずっとお腹に溜まりますよ」
「……全くだ。……さあ、リタ。今夜の揚げ油の温度調整は我の炎魔法に任せろ。完璧な天ぷらを作って見せよう」
「はいはい、期待してるわよ、広報部長!」
賑やかな笑い声が、平和になった大地に響き渡ります。
百歳の少女(魂)の「野草摘み」は、かつての侵略者たちの心に、決して枯れることのない「優しさの芽」を植え付けたのでした。




