第20話:おばあちゃん、ついに運営(神)の元へ「苦情(お節介)」を言いに行く
1.世界の果ての「事務所」
「あらあら、まあ。……セシルさん、リタさん。この空の向こうにある白いお部屋、なんだかとても散らかっていますねぇ。紙くずが床に落ちて、機械の音もブーブーと苦しそうですわ」
黄金の巨犬ポチの背に乗り、次元の壁を「障子を開ける」ようにすり抜けた私たちがたどり着いたのは、この仮想世界の最果て――管理OSが鎮座する『始原の間』……もとい、現実世界と仮想世界を繋ぐ『運営管理サーバー・ルーム』の投影体でした。
そこには、虚空に浮かぶ無数のモニターを見つめながら、目の下に真っ黒なクマを作った「運営神」たちが、ボサボサの髪を振り乱してキーボードを叩いていました。
「キヨ……ちょっと、ここって本当の本当の『世界の裏側』じゃない! プレイヤーがここに来るなんて、ゲームの歴史がひっくり返るどころの話じゃないわよ!」
リタさんは、腰の聖剣(現在は究極の多目的ナイフ)を握る手さえも震わせ、白一色の空間に圧倒されています。
「はい、キヨ様。……おしとやかな女性として、これほど不衛生な職場環境は看過できませんわ。……あちらで倒れている殿方、魂の輝きが今にも消え入りそうです。……今すぐ異界の『滋養強壮魔神』を召喚して、無理やり栄養剤を流し込みましょうか?」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、右手にどす黒い……いえ、健康に良そうな紫色に光る魔法陣を展開しています。
「まあ、セシルさん。そんな乱暴はいけません。……まずは、空気を入れ替えましょうね」
私は、愛用の竹箒をひと振りしました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(職場改善)が発動】
【運営サーバーの『過負荷』が『清々しいマイナスイオン』に変換されました】
【エリア特性:『デスマーチ』から『定時退社推奨エリア』に変化しました】
2.「神様」への説教とおにぎり
「な……なんだ!? システムの処理速度が劇的に向上した……!? いや、それ以上に……体が、軽い!?」
メインモニターの前で頭を抱えていた「開発責任者(神)」が、驚愕して振り返りました。
彼の目には、割烹着を着た銀髪の少女と、その後ろに控える伝説の魔獣たちが映っています。
「あ、あんたは……プレイヤー・キヨ! 頼む、もうこれ以上の仕様変更はやめてくれ! 君が何かするたびに、僕たちの睡眠時間が削られていくんだ!」
「あらあら、まあ。……神様だなんて呼ばれているのに、そんなに情けない顔をして。……いいですか、若いの。仕事っていうのはね、しっかり食べて、しっかり寝るから、いい知恵が出るのですよ」
私はずいずいと神様の元へ歩み寄り、彼が握りしめていた「エナジードリンク(空き缶)」を優しく取り上げ、代わりに風呂敷から取り出した「梅干しおにぎり」を握らせました。
「ほら、これを食べなさい。正一のところで作ったお米ですよ。……セシルさん、温かいお茶を」
「はい、キヨ様。おしとやかに、運営の皆様の胃袋を掌握させていただきますわ」
セシルさんが淹れた、異界の霊草をブレンドした「お疲れ様茶」の香りが、殺伐としたサーバー室を満たしていきます。
責任者の男は、おにぎりを一口齧った瞬間、堰を切ったように涙を流し始めました。
「う……うまい……。僕たちは、何のために数字ばかりを追いかけていたんだ……。こんなに温かい食べ物があるのに、世界を滅ぼす設定なんて作ってる場合じゃなかった……っ!」
3.「神様」の休暇と、世界の平和
「神様、いいですか。この世界はね、みんながニコニコして暮らせるのが一番なんです。……だから、そんなに難しい『苦行』ばかり作らないで、たまにはみんなでお花見ができるような、そんな場所を増やしてあげてくださいな」
「……わかりました、おばあちゃん。……いや、キヨ先生! 僕たちは間違っていました。これからは、プレイヤーの皆さんが『健康』になれるアップデートだけを目指します!」
神様がキーボードを叩くと、全世界に衝撃のシステムメッセージが流れました。
【緊急アップデート:『戦いの時代』の終了】
【新仕様:全モンスターに『お昼寝モード』を実装。攻撃は挨拶に変換されます】
【新機能:全プレイヤーに『マイ割烹着』を配布。家事スキルのレベル上限を撤廃します】
「……ちょっと、キヨ。あんた、ついにゲームのコンセプトそのものを『実家』に変えちゃったわね」
リタさんは、画面に映し出された「全プレイヤーが割烹着を着て踊っている映像」を見て、ついに床に座り込みました。
「あらリタさん。戦いがなくなれば、みんなでゆっくりお茶が飲めるでしょう?」
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、運営の皆様が寝ている間に、このサーバー室の床をピカピカにワックスがけしておきましょうか」
セシルさんの過剰なお節介により、世界の裏側までもが、鏡のように輝く清潔な空間へと生まれ変わったのでした。
4.掲示板の伝説:運営陥落編
その頃、ゲーム内の全プレイヤーは、配布された割烹着を身に纏い、呆然としながらも、どこか穏やかな気持ちで空を見上げていました。
【エタファン攻略スレ 020】
100:名無しのアタッカー
緊急速報。ゲームのタイトル画面が変わった。
101:名無しの大魔道士
見た。……『エターナル・ファンタジー』が、『エターナル・オチャノマ』になってるんだが。
102:名無しの密偵
運営が公式ブログを更新したぞ。「キヨさんにおにぎりを貰いました。目が覚めました。これからは、美味しいご飯が作れるゲームを目指します」だってよ。
103:名無しのアタッカー
神(おにぎりで改心)
104:名無しの商人
今、全ての武器屋が「調理器具屋」に業種転換してる。
伝説の聖剣が「万能包丁」に、魔王の杖が「究極の麺棒」に作り直されてるぞ……。
105:名無しの大魔道士
でも、不思議だな。……なんか、こっちの方が楽しい気がしてきた。
明日はみんなで、世界樹の下でお味噌汁を作るレイドイベントがあるらしいぞ。
「ふぅ。神様も元気になったようですし、安心しましたねぇ」
最果ての地を後にし、私たちはポチに乗って、夕焼けに染まる魔王城へと帰路につきました。
背後には、清々しい顔で定時退社していく運営スタッフたちの姿が見えました。
「……ねぇキヨ。これで、この世界に『悪』はいなくなったわけだけど。……あんた、次は何をするつもり?」
リタさんが、夕日に目を細めながら尋ねました。私は少し考えて、にっこりと笑いました。
「そうねぇ。……世界中にお裾分けするための『特大の肉まん』でも作りましょうか。セシルさん、準備はいいですか?」
「はい、キヨ様。……おしとやかに、地獄の窯を蒸し器に改造して、世界一ふわふわな肉まんを蒸し上げましょう」
百歳の少女(魂)の「お節介」は、世界の理すらも、温かな「思いやり」で書き換えてしまいました。
仮想世界という名のお庭で、キヨさんの隠居生活は、まだまだ、どこまでも続いていくのでした。




