第18話:おばあちゃん、伝説の武闘大会を「ラジオ体操」に変えてしまう
1.熱狂のコロシアムと「腰の痛み」
「あらあら、まあ。……リタさん、セシルさん。あそこの大きな丸い建物、なんだか朝から随分と賑やかですねぇ。若い人たちが大声を上げて、まるでお祭りのようですわ」
黄金の巨犬ポチの背に揺られながら、私は街の中央に鎮座する巨大な円形闘技場を指差しました。
そこは、四年に一度、世界最強の戦士を決めるという『天下一至高武闘大会』の会場。
優勝者には「武神」の称号と、望むものすべてが与えられるという、この世界で最も血なまぐさく、そして熱狂的なイベントの真っ最中でした。
「キヨ、あれは祭りっていうか……命懸けの殺し合いよ。世界中から、腕に覚えのある荒くれ者が集まって、どっちの力が上か白黒つける場所なの」
リタさんは、腰の聖剣を少しだけ強く握りながら、緊張した面持ちで答えました。
Bランク冒険者の彼女にとっても、あの場所から溢れ出す殺気は肌を刺すほどに鋭いものです。
「はい、キヨ様。……おしとやかな女性として、野蛮な力比べにはあまり興味が持てませんわ。……ですが、あの中にいる方々、皆さんどこか体が強張っているようです。……きっと、日頃のストレッチが足りていないのですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界から呼び寄せた「解析の小妖精」たちを観客席へ飛ばし、戦士たちの筋肉の状態を診断させています。
「まあ、それは放っておけませんねぇ。……最近、私も少し腰が重いですし。……よし、皆さん。あの中にいる方々に、正しい『体の動かし方』を教えてあげましょう」
「えっ、教えるって……武術を!? キヨ、あんた戦う気なの!?」
「いいえ、リタさん。戦うなんて物騒なことはしませんよ。……ただの『体操』です」
私は、驚愕で固まる受付係(実は元Sランク冒険者)を、圧倒的な「徳」のオーラで無力化しながら、ずいずいと闘技場の中央、今まさに決勝戦が始まろうとしている舞台へと足を踏み入れました。
2.殺戮の舞台と「不思議な音楽」
闘技場の中心。そこでは、全身を傷跡だらけにした巨漢の剣闘士と、氷のような瞳を持つ暗殺者が、互いの心臓を貫こうと武器を構えていました。
「死ねぇーッ! 俺の斧で塵になれ!」
「愚かな……。貴様の命、瞬きする間に刈り取ってくれる……」
両者が激突しようとした、その瞬間。
どこからともなく、明るく、それでいてどこか気の抜けるような、不思議な「ピアノの旋律」が響き渡りました。
『チャッ、チャッ、チャチャチャッ、チャッ、チャッ、チャチャチャッ♪』
「……な、なんだ、この音は。戦意が……戦意が霧散していく!?」
「くっ……。体が勝手に、軽快なリズムを刻み始めようとしている……!」
私が舞台の中央に立ち、竹箒を指揮棒のように振ると、空中に浮かぶセシルさんが、異界の「音楽魔神」を召喚して『ラジオ体操第一』をフルオーケストラ(異界版)で演奏し始めました。
「はいはい、皆さん。喧嘩の前に、まずはしっかりと体をほぐしましょう。……はい、腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動から。……いち、に、さん、し!」
私が割烹着のまま、軽やかに両腕を広げて手本を見せると、どうしたことか。数万人の観客、そして舞台上の戦士たちが、呪いにかけられたように……いえ、それ以上の強迫的な「心地よさ」によって、同じ動きを始めたのです。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(ラジオ体操)が発動】
【全世界の戦士たちの『闘争心』が『健康増進への意欲』に変換されました】
【称号:『全人類の体育教師』を獲得しました】
3.「いち、に、さん、し」の奇跡
「はい、次は腕を振って、脚を曲げ伸ばす運動。……いち、に、さん、し。……そう、将軍さんも、もっと腰を深く落として。……に、に、さん、し」
私は、舞台の上で戸惑っていた剣闘士の巨漢に歩み寄り、そのゴツゴツとした太腿をパシパシと叩きました。
「ほら、力みすぎですよ。筋肉が泣いています。……呼吸を止めないで。……はい、大きく息を吸って〜」
「グ、グオォォ……。な、なんだ、この爽快感は……。斧を振り回すより、腕を回す方が、ずっと心臓にいい気がする……」
剣闘士は、涙を流しながら、かつてないほど美しく、滑らかな円を描いて腕を回し始めました。
隣の暗殺者も、短剣を捨て、しなやかな動きで横曲げの運動に没頭しています。
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(整体)】
【戦士たちの『慢性的な腰痛』『筋肉疲労』『古傷』が劇的に改善されました】
【武闘大会のルールが『ラジオ体操のキレを競う大会』に書き換えられました】
数万人が一斉に「いち、に、さん、し!」と声を上げ、規律正しく体操を行う光景は、圧巻の一言でした。
闘技場を包んでいた禍々しい殺気は、今や早朝の公園のような、清々しい健康的なエネルギーへと完全に浄化されてしまったのです。
「ふぅ。リタさんも、ほら。そんなところでボーッとしていないで。……最後は深呼吸ですよ」
「……もう、いいわよ。私もやるわよ。……吸って〜……吐いて〜。……って、なんで私が一番真剣にやってるのよ!」
リタさんも、飴のバフで超人化した肉体をフルに使い、誰よりもキレのある体操を披露し始めました。
4.掲示板の伝説:健康第一編
その頃、ゲーム内の公式実況掲示板は、別の意味で炎上していました。
【エタファン攻略スレ 017】
700:名無しのアタッカー
緊急事態。武闘大会の決勝戦が、なぜか「体操」になってる。
701:名無しの大魔道士
見てる。……おい、あの実況解説の賢者が「あのおばあちゃんの指先までの伸び、100点満点です!」って絶叫してるぞ。
武器を持った奴から順に失格になってるんだが。
702:名無しの密偵
現地からの報告。会場にいた数万人のプレイヤーのデバフ(疲労)が全部消えた。
代わりに、全員のログに『本日、キヨさんと一緒に健康になりました』って記念称号が追加されたぞ。
703:名無しのアタッカー
ラジオ体操(最終奥義)
704:名無しの商人
今、王都の防具屋が潰れかけてる。「重い鎧を着ると体操がしにくい」って言って、みんな割烹着とジャージを買いに走ってるんだ。
705:運営の悲鳴
【最終告知】武闘大会の優勝賞品『聖剣エクスカリバー』は、キヨさんの提案により『一年分のご家庭用プロテインと高級サロンパス』に変更されました。
バランス調整チームは、現在みんなで公園に集まって体操をしています。不戦勝で世界平和。
「ふぅ。やっぱり体を動かすのは気持ちがいいですねぇ、セシルさん」
夕暮れ時。誰もいなくなった闘技場の中央で、私は満足そうに腰を伸ばしました。
舞台の袖では、優勝者(体操が一番綺麗だった剣闘士)が、貰ったサロンパスを大事そうに抱えて、私に深々と一礼して去っていきました。
「左様ですわね、キヨ様。……おしとやかに、次は異界の『健康の神』を召喚して、世界中にこの音楽を流し続けましょうか」
「あら、それは素敵ね。毎朝六時半から流せば、皆さん早起きして健康になれますよ」
「ちょっと! 世界中の人が六時半に一斉に体操し始めたら、それこそ呪いの一種になるからやめて!」
リタさんのツッコミを背に、私たちは夕焼けに染まる街を歩き出しました。
ポチの背中で、クロ(暗黒龍)も「いち、に」と小さく肉球を動かしています。
百歳の少女(魂)の「お節介」は、世界中の暴力と争いを、清々しい「健康」へと昇華させてしまったのでした。




