第15話:おばあちゃん、冥界の門を「玄関掃除」のついでに閉め忘れる
1.薄暗い「勝手口」への出張
「あらあら、まあ。……セシルさん、最近なんだかこの辺り、隙間風がひどくありませんか? なんだか、足元がひんやりして、お線香のような匂いもしますねぇ」
魔王城の地下深層、本来なら「生者が足を踏み入れてはならない」とされる最下層の廊下で、私は竹箒を手に首を傾げました。
ここは、現世と冥界を繋ぐ『終焉の門』がある場所。かつては数々の英雄たちが、失った魂を求めて挑み、そして帰らぬ人となった絶望の地です。
「はい、キヨ様。おしとやかな女性として、この淀んだ空気は見過ごせませんわ。……どうやら、あちらの大きな扉の建て付けが悪く、異界の不浄な気配が漏れ出しているようですわね」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界から呼び寄せた「浄化の波」をバケツに入れて持ち運んでいます。
彼女にとって、冥界の門から漏れ出す死の魔力も、ただの「頑固な油汚れ」と同じ扱いのようです。
「ちょっと待ちなさいよ二人とも! そこは『冥界の門』よ! 一度開いたら、この世が亡者で溢れかえるって予言されてる場所なんだからね!?」
リタさんが、聖剣を杖のように突いて、ガタガタと震えながら叫びました。彼女は最近、キヨさんの行動のスケールが大きくなりすぎて、ツッコミのキレが追いつかなくなっていることを自覚し始めていました。
「あらリタさん。戸締まりをしっかりしないと、泥棒さん……いえ、お化けさんが入ってきてしまいますよ。……よし、今日はお掃除ついでに、この大きな戸の滑りを良くしましょうね」
2.「冥界の王」とお掃除の知恵
私は、巨大な髑髏が刻まれた禍々しい『冥界の門』の前に立ちました。門からは「オォォ……」という亡者たちの悲鳴が漏れ出し、不気味な黒い霧が私の割烹着の裾を濡らします。
「これこれ、騒がないの。……あら、やっぱり。蝶番が錆びて、ギイギイ言っていますね。これでは夜中にトイレに行く時、家族を起こしてしまいますよ」
私は、割烹着のポケットから「使い古した油(実は第11話の肉じゃがで出た高級な牛脂)」を取り出しました。
「はい、これを少し塗って……セシルさん、そっちを持っていてくださいな」
「かしこまりました、キヨ様。……えいっ」
セシルさんが、異界の巨人を一瞬だけ召喚し、数万トンはあるという門をひょいと持ち上げました。
その隙に、私がシュシュッと油を差し、竹箒で門の隙間に詰まった「千年の恨み(埃)」をサッサと掃き出しました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(建具のメンテナンス)が発動】
【冥界の門の『呪い』が『滑らかな開閉機能』に書き換えられました】
【門の属性:『絶対封印』から『バリアフリー』に変化しました】
「……な、何事だ。我が管理する門が、妙にスルスルと動くではないか」
門の奥から、冥界の主である『死神デス・ルリウス』が姿を現しました。
彼は、手に持った巨大な鎌を振り上げようとしましたが、門のあまりの「滑りの良さ」に、勢い余って現世側へスライディングして出てきてしまいました。
「おや、こんにちは。……あなた、そんなに慌てて。玄関先で転んだら危ないですよ」
私は、滑り込んできた死神さんの髑髏の頭を、パシッ、パシッ、とハタキで叩きました。
「ひっ!? な、何をする、この無礼な生者め! 我は死を司る……っ、ん? なんだ、この良い匂いは。……肉じゃがの香りか?」
「ふふ、お腹が空いているんですね。……はい、おにぎりですよ。お仕事の合間に食べなさい」
死神は、おばあちゃんから手渡された「梅干しおにぎり(魔力全回復バフ付き)」を、骨だけの顎でガチガチと食べ始めました。
「……美味い。冥界の冷え切った魂ばかり喰らっていたが、温かい飯がこれほどとは……。もう、門番なんてやってられるか」
3.「閉め忘れ」が引き起こす奇跡
お掃除が終わり、死神さんも満足しておにぎりを食べている間、私はふと思い出しました。
「あら、そういえば……魔王城の居間に、お茶菓子を忘れてきてしまいましたわ。……セシルさん、リタさん、ちょっと戻りましょうか」
私は、ピカピカに磨き上げた冥界の門を、「換気のために」と少しだけ開けたまま、その場を離れてしまいました。
「キヨ! 門を閉めなさいよ! 亡者が出てきちゃうでしょ!」
「大丈夫ですよ、リタさん。死神さんもおにぎりを食べて大人しくしていますし、少し風を通したほうが、あちらの世界の方々も気持ちがいいでしょう?」
しかし、その「閉め忘れ」が、世界に未曾有の事態を引き起こしました。
門から漏れ出したのは、恐怖の亡者ではなく――。
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(風通し)】
【冥界に溜まっていた『後悔の念』が、現世の『おばあちゃんの徳』と混ざり合いました】
【イベント発生:『お盆(大感謝祭)』が開始されました】
門を通って現世に溢れ出したのは、懐かしい姿をした先祖たちの霊でした。
彼らは街へと向かい、生きている家族の肩を叩き、「今まで頑張ったな」「お前の作った飯は美味いぞ」と励まして回るという、世界一温かい「百鬼夜行」が始まったのです。
4.掲示板の伝説:冥界の換気編
【エタファン攻略スレ 014】
400:名無しのアタッカー
全プレイヤーに緊急通知。死んだはずのNPCが、街で酒飲んでる。
401:名無しの大魔道士
はぁ!? ゾンビパニックかよ!
402:名無しの密偵
違う。みんな笑顔で「いやー、冥界の門の風通しが良くなったから、ちょっと遊びに来たわ」って言ってる。
あと、死神が公園のベンチで、銀髪ロリに貰ったおにぎりを大事そうに食べてるぞ。
403:名無しのアタッカー
冥界(キヨちゃんの風通しによりリゾート化)
404:名無しの聖職者
教会の蘇生魔法が必要なくなったんだが。
「おばあちゃんの門を通れば、いつでもおじいちゃんに会える」って、今や冥界の門が観光名所になってるぞ。
405:運営の遺言
【最終報告】「死」という概念がログアウトしました。
冥界の門は今後、キヨさんの家の『勝手口』として登録されます。お化けも人間も、みんなでお茶を飲むゲームに仕様変更します。もう、何も怖くない。
「ふぅ。やっぱり玄関が綺麗だと、いいお客さんがたくさん来ますねぇ」
夕暮れ時。魔王城の庭では、魔王、ゼウス、死神、そして蘇った先祖たちが、みんなで輪になって盆踊りをしていました。
リタさんは、自分のひいおじいさんに頭を撫でられながら、半泣きで呟きました。
「……ねぇキヨ。あんた、ついに『寿命』までお節介で無効化しちゃったわね」
「あらリタさん。寂しい思いをしている人がいなくなるなら、それが一番でしょう?」
「……そうですわね。おしとやかに、今日は夜通し宴を楽しみましょう、キヨ様」
セシルさんが淹れた、死者も生き返るほど(文字通り)美味しいお茶を啜りながら、私は賑やかな庭を眺めました。
百歳の少女(魂)の「お掃除」は、この世から「永遠の別れ」という悲しみすらも、掃き出してしまったのでした。




