第13話:おばあちゃん、天空の浮遊島に「布団」を干して重量バランスを狂わせる
1.究極の乾燥場所を求めて
「あらあら、まあ。……セシルさん、最近はずいぶんと湿気が多いわねぇ。せっかくの冬休みだというのに、お布団が少し湿っぽくなってしまいました」
魔王城の「縁側」で、私は自分の膝に置いたお布団をパシパシと叩きながら、小さく溜息をつきました。
銀髪の少女の姿をしていますが、中身は百歳の知恵を持つ私です。お布団がふかふかでないと、いい夢が見られないというものです。
「はい、キヨ様。エルフの里もこの時期は朝露がひどくて。……おしとやかな女性として、湿ったお布団で眠るのは耐え難い苦痛ですわ」
セシルさんは、おしとやかに微笑みながら、異界から呼び寄せた「風の精霊」を掃除機の代わりに使い、部屋の隅々まで換気をしてくれています。
「それなら、あそこの『島』に行ってみない? キヨ」
リタさんが、遠い空に浮んでいる巨大な岩塊――伝説の浮遊島『スカイ・ハイランド』を指差しました。
「あそこは雲の上だから、年中太陽が近くて、風も通るわ。伝説では、太陽神の加護を受けた『究極の乾燥地帯』って言われてるの。まあ、凶悪なワイバーンとか、高度による酸欠で誰もたどり着けないんだけどね」
「まあ、それは素敵! 雲の上なら埃も立ちませんし、お天道様に近ければお布団もふかふかになりますねぇ。……ポチ、準備はいいですか?」
「ハフッ!」
黄金の巨犬ポチが、やる気満々で尻尾を振りました。
私たちは、魔王城から大量の敷布団、掛け布団、そして洗濯済みの割烹着をポチの背中に積み込み、空へと飛び立ちました。
2.高度一万メートルの「お洗濯」
空気が薄くなり、地上では防寒具なしでは即死するほどの極寒が襲う高度。
しかし、私の周りには、セシルさんが「おしとやかに」召喚した炎の魔神の熱源が、ちょうどいいコタツのような温度を保っていました。
「……ねぇ、さっきからワイバーンの群れが、ポチの迫力にビビって自由落下していくんだけど」
リタさんが、豆粒のように小さくなっていく竜の群れを眺めて呆れています。
ついに到着した『スカイ・ハイランド』。そこは、一面に美しい大理石の神殿が並び、黄金の草花が咲き乱れる、神話の世界そのものでした。
「あら、まあ。……なんて良いお天気。ここは風通しも最高ですね。セシルさん、さっそくお布団を干しましょう」
「かしこまりました、キヨ様。……おしとやかに、かつ迅速に、この神聖な祭壇を物干し台として活用させていただきますわ」
セシルさんは、伝説の英雄が聖剣を引き抜いたとされる「真実の台座」に、迷いなく布団を広げました。
私は、割烹着のポケットから「洗濯バサミ(実は古代の拘束具)」を取り出し、お布団が飛ばされないように固定しました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(日光浴)が発動】
【神域の太陽光により、お布団の『浄化度』が限界突破しました】
【付与効果:『安眠・極』『邪気退散』『太陽の香り』】
「ふぅ。これで一安心。……リタさんも、お布団を干したらどうですか?」
「いや、私はいいわよ……。っていうか、キヨ。あそこにある『浮遊の核』っていう大きな水晶の上に、あんたの濡れた割烹着を干すのはやめなさいって!」
私が、島の浮力を制御しているという巨大な青い水晶(動力源)に、湿った割烹着をバサリとかけた、その瞬間。
グラッ!!
島全体が、大きく傾きました。
3.傾く伝説と、慌てる神々
「な、何事!? 島が……島が高度を下げてるわよ!」
リタさんが悲鳴を上げました。本来、一ミリの誤差もなく水平を保つはずの浮遊島が、お布団と割烹着の「重み」と、それが吸収した「太陽エネルギー」によって、徐々に地上の魔王城の方へと傾き始めたのです。
「あらあら、まあ。……少しお水を含ませすぎたかしら。セシルさん、ちょっと重たくなっちゃいましたね」
「はい、キヨ様。……おしとやかに重力を調整するために、今すぐ異界の『重力魔神』を召喚して、島の反対側で踏ん張らせますわ」
セシルさんが呪文を唱えると、島の反対側に巨大な黒い腕が出現し、必死に島を持ち上げ始めました。
しかし、お布団が太陽の力を吸えば吸うほど、その徳の重みは増していき、スカイ・ハイランドはゆっくりと、しかし確実に「おばあちゃんがいる方向」へと引き寄せられていきます。
【警告:浮遊島の重量バランスが『徳』によって崩壊しました】
【スカイ・ハイランドが『キヨの専用庭』として再定義されようとしています】
その時、神殿の奥から、島の守護神である『天帝ゼウス』が、稲妻を手に現れました。
「何奴だ! 我が神域を傾かせる無礼者は……っ! ……って、え? お布団?」
ゼウスは、最高神としての威厳をかなぐり捨てて目を丸くしました。
目の前には、伝説の祭壇を占拠するふかふかの布団。そして、動力源の水晶で乾かされている、生活感あふれる割烹着。
「王様、こんにちは。お邪魔していますよ。……あら、あなたもお顔が疲れていますね。このお布団、もうすぐ乾きますから、少し休んでいかれますか?」
私は、太陽の力を吸って黄金色に輝くお布団を一枚、ゼウスの肩にふわりとかけました。
「ぬおっ!? ……こ、これは……。なんだ、この包み込まれるような安心感は……。天界の雲よりも柔らかく、太陽の慈愛そのものではないか……」
ゼウスは、稲妻を杖代わりに、その場でお布団にくるまって丸くなりました。
「……もう、島がどこへ行こうと構わぬ。我、このまま永遠の眠りにつきたい……」
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(お昼寝の誘い)】
【天帝が『お布団の虜』になりました。天空の管理権が譲渡されます】
4.掲示板の伝説:天空の物干し編
【エタファン攻略スレ 012】
110:名無しのアタッカー
全プレイヤーに緊急速報。空を見ろ。
111:名無しの大魔道士
見た。……伝説の浮遊島が、猛スピードで魔王城に向かって降下してきてるんだが。
112:名無しの密偵
望遠鏡で確認した。島の端っこで、巨大な魔神が泣きながら島を支えてる。
あと、島の中心部が「真っ白な布」で埋め尽くされてるぞ。あれ、全部お布団だろ。
113:名無しのアタッカー
浮遊島(キヨちゃんの物干し場)
114:名無しの聖職者
天界のBGMが、いつの間にか「おばあちゃんちの柱時計の音」に変わってるんだが。
システムメッセージ出たぞ。『全域において安眠バフが適用されました。本日はログアウトして寝てください』だってよ。
115:運営の遺言
【最終報告】物理法則が「お布団のふかふか度」に負けました。
浮遊島は今後、魔王城の『離れ』として接続されます。もう世界地図を書き直す気力もありません。おやすみなさい。
「ふぅ。やっぱりお天道様の下で干したお布団は最高ですねぇ」
夕暮れ時。魔王城のすぐ隣、空中に静止した浮遊島の上で、私たちは乾いたばかりのホカホカのお布団に包まっていました。
隣では、最高神ゼウスと魔王が、同じお布団で仲良く寝息を立てています。
「……ねぇキヨ。あんた、ついに神様まで寝かしつけちゃったわね」
リタさんは、太陽の香りがするお布団の誘惑に耐えきれず、まぶたを重そうにしながら呟きました。
「あらリタさん。神様だって、たまにはゆっくり休みたいものですよ」
「そうですね、キヨ様。……おしとやかに、世界で一番贅沢な二度寝を楽しみましょう……」
セシルさんも、私の肩に頭を預けて目を閉じました。
百歳の少女(魂)の「お洗濯」は、天空の神話すらも平和な午睡の物語に変えてしまったのでした。




