第12話:おばあちゃん、魔王城の結界を「冬の隙間風対策」で補強する
1.禍々しい「一軒家」への訪問
「あらあら、まあ。……リタさん、あそこのお山の上にある建物、なんだか棘トゲしていて危なっかしいわねぇ。お掃除も大変そうだわ」
黄金の巨犬ポチの背に揺られながら、私は遠くの切り立った崖にそびえ立つ漆黒の城――『終焉の城・デモンズパレス』を指差しました。
空は常に暗雲が渦巻き、紫色の稲妻が走る、まさに魔の王の住処。全プレイヤーが最終目標として目指す、攻略推奨レベル300の禁域です。
「……キヨ。あれを『危なっかしい建物』で済ませるのは、世界中であんただけよ。あそこは魔王が住む、人類最大の脅威なんだから」
リタさんは、腰の細剣(お掃除のご褒美で貰った聖剣)を握り直し、引きつった笑いを浮かべています。
「いいえ、リタ様。キヨ様のお仰る通りですわ。……見てください、あの窓枠の歪み。あれでは、この時期の冷たい夜風を防ぎきれません。魔王様も、きっと霜焼けでお困りでしょう」
セシルさんはおしとやかに微笑みながら、異界の精霊が織りなした「断熱材」を洗濯籠から取り出しました。
彼女は、私の「お節介」に完全に感化され、今や魔王すらも「世話を焼くべき近所の人」と見なしているようです。
「よし、決まりました。皆さん、今日はあそこの『隙間風』を直しに行きましょう。……セシルさん、糊の用意はいいですか?」
「はい、キヨ様。異界の粘着魔神を召喚し、究極の障子紙に加工しておきましたわ」
「ちょっと待って! 障子!? 城を和風に改装する気なの!?」
リタの絶叫を乗せて、ポチは空中を蹴り、一気に魔王城の城門へと飛び上がりました。
2.結界破りと「目張りの知恵」
魔王城の周囲には、触れるものすべてを塵に変えるという『深淵の絶対結界』が幾重にも張られていました。
近づくだけで、最強クラスの冒険者すらHPがミリ単位で削られる死の領域です。
「あら、なんだかピリピリしますね。……静電気が溜まっているのかしら。リタさん、ちょっとこれを持っていてくださいな」
私は、割烹着から使い古した「古新聞(実は第6話で拾った古代魔法の原典)」を取り出しました。
「はい、これを濡らして……窓枠に詰めればいいのよ。……えいっ」
私が古新聞を丸めて、結界の「継ぎ目」にグイグイと押し込むと、世界を拒絶していた漆黒の障壁が、まるで空気が抜けた風船のように「シュルシュル……」と消滅していきました。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(隙間風対策)が発動】
【神話級結界が『防寒対策』として上書きされました】
【結界の属性:『絶対拒絶』から『高断熱・高気密』に変化しました】
「……嘘でしょ。歴史上の大魔道士が一生かけても破れなかった結界が、湿った新聞紙で黙らされたわ……」
リタさんは剣を鞘に戻し、もはや考えるのをやめました。
城門を抜けると、そこには数千の魔族軍団が槍を構えて待ち構えていましたが、私は構わず、近くにいた牛頭の戦士に声をかけました。
「ご苦労様。……あなた、鼻筋が赤いわよ。風邪を引いたんじゃない? ちゃんと首元を温めなさい。はい、これ」
私は、使い古した毛糸で編んだ「手編みのマフラー(魔力抵抗99%付与)」を、巨大な戦士の首にクルクルと巻いてあげました。
「モ、モォォォ……?(温かい……。なんだこの、母に抱かれたような温もりは……)」
凶悪な魔族たちが、一人、また一人とおばあちゃんの「お節介」に毒気を抜かれ、最後には掃除を手伝い始める始末です。
3.玉座の間の「障子張り」
ついに、城の最深部。玉座の間には、漆黒の翼を広げた魔王様が、禍々しい魔力を放って座っていました。
「……よくぞ来た、人間共。我が結界を破るとは――」
「王様、こんにちは。……あらあら、まあ! こんなにお部屋を暗くして! 目が悪くなりますよ。それに、この窓……建て付けが悪くて、ヒューヒュー鳴っていますねぇ」
私は魔王様の言葉を遮り、セシルさんと協力して、玉座の真後ろにある巨大なステンドグラス(実は魔力の源)に、自作の障子をペタペタと貼り始めました。
「な……何を……!? 我が魔王城を和室に……!? こら! その『障子紙』、剥がれないぞ!?」
「いいから、じっとしていてくださいな。……セシルさん、糊が足りませんよ」
「はい、キヨ様。こちらに。……魔王様、動くと皺になりますわ」
セシルさんが、優雅な手つきで「粘着魔神」を塗りたくります。
障子が完成した瞬間、城内に柔らかな、陽だまりのような光が差し込みました。
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(大掃除・完)】
【魔王城の雰囲気が『殺伐』から『実家の安心感』へと固定されました】
【魔王のステータス異常:『戦意喪失』『こたつから出られない』が付与されました】
「……もう、いい。侵略とか、どうでもいい。……我、この部屋でお茶を飲んで、日向ぼっこしてたい……」
魔王様は、翼を畳んで丸くなると、私の差し出した熱いお茶と干し芋を、幸せそうに頬張りました。
4.掲示板の伝説:魔王城リフォーム編
【エタファン攻略スレ 011】
900:名無しのアタッカー
全プレイヤーに告ぐ。魔王城のアイコンが変更された。
901:名無しの大魔道士
はぁ!? どんな風にだよ。
902:名無しのアタッカー
城のイラストの上に、デカデカと『空室あり(※ただしおばあちゃん同居)』って出てる。
あと、城から禍々しいオーラじゃなくて、お出汁のいい匂いが漂ってきてるんだが……。
903:名無しの密偵
現地からの報告。魔王が、銀髪ロリのキヨちゃんに「冬の間の火の用心」を叩き込まれてた。
「寝る前に火の元を確認するんだぞ」って言われて、魔王が「はい」って良い返事してたぞ。
904:名無しのアタッカー
魔王(火の用心担当)
905:運営からの悲鳴
【緊急】魔王城が「福祉施設」として登録されました。
最終決戦フラグが完全に折れました。本日のメンテナンスは中止し、スタッフ一同でキヨさんの干し芋を食べる会を開催します。
「ふぅ。これで冬も暖かく過ごせますねぇ、王様」
「……うむ。キヨ殿……。また来週も、お茶菓子を持ってきてくれるか?」
「ええ、もちろんですよ。次はそうねぇ、ぜんざいでも作りましょうか」
夕暮れに染まる魔王城の障子越しに、私たちはみんなでお茶を啜りました。
リタさんは、縁側でクロを撫でながら、力なく呟きました。
「……もう、この世界に敵なんて一人もいないんじゃないかしら……」
「あらリタさん。敵がいなければ、みんなで仲良くお昼寝ができるでしょう?」
銀髪の少女(100歳)の冬支度は、世界で一番恐ろしい場所を、世界で一番温かい場所に変えてしまったのでした。




