第11話:おばあちゃん、王国の内乱を「お裾分けの肉じゃが」で鎮圧する
1.不穏な空気と「じゃがいも」
世界樹の上でお昼寝を満喫した私たちは、ポチに乗って次なる街を目指していました。
しかし、街道を進むにつれ、どこか空気がピリピリとしています。道行く行商人の姿はなく、代わりに重々しい鎧を着込んだ兵士たちが、険しい顔で野営地を築いていました。
「……キヨ。これ、ちょっとマズイわよ。この先は『リンダル王国』の領地なんだけど、どうやら王位継承を巡って内乱が始まったみたい」
リタさんがポニーテールを揺らしながら、鋭い視線を先方へ向けます。
一方、私の膝の上で「おしとやか」に座るセシルさんは、悲しげに眉を下げました。
「内乱……。同じ国の人同士が争うなんて、悲しいことですわね。……あ、キヨ様、お洋服が少し汚れておりますわ」
セシルさんは、異界から呼び寄せた清らかな水精霊を「洗濯機の脱水」代わりに使いながら、私の割烹着を整えてくれます。
「あらあら、まあ。……戦いなんてしたら、お腹が空いて余計にイライラしてしまいますよ。……おや、リタさん。あの野営地の隅っこに、いいものを見つけました」
私が指差したのは、軍の食糧庫から転げ落ちたのであろう、泥だらけの「じゃがいも」でした。
「まあ、立派な北明かしら。……これを放っておくのは、お百姓さんに申し訳ないわ。……よし、皆さん。今日はここで『炊き出し』をしましょう」
「ええっ!? 戦場のど真ん中で炊き出し!? キヨ、あんた正気なの!?」
「リタ様。キヨ様の仰ることに間違いはございませんわ。……さあ、私が異界の火龍を呼んで、ちょうど良い火力を確保いたします」
セシルさんが上品に微笑みながら、召喚術で「キャンプ用のコンロ」を(魔王クラスの熱源で)作り上げました。
2.戦場に漂う「お袋の味」
リンダル王国の平原。
東からは現国王を支持する「王党派」が、西からは改革を謳う「貴族派」が、今まさにお互いの喉元に剣を突き立てようとしていました。
「全軍、突撃ィーッ! 逆賊どもを一人残らず――」
「我らこそが正義なり! 偽りの王を――」
両軍の将軍が剣を振り上げた、その瞬間。
戦場に、あり得ない「匂い」が漂い始めました。
それは、醤油の香ばしさ。砂糖の甘い誘惑。
そして、じっくりと煮込まれた肉と野菜が奏でる、日本人の……いえ、全人類の魂を揺さぶる「肉じゃが」の香りでした。
「……な、なんだ、この匂いは。鼻の奥が、実家の茶の間を思い出している……」
「馬鹿な。ここは戦場だぞ。……くっ、よだれが止まらん!」
兵士たちの動きが、ピタリと止まりました。
殺気立っていた空気が、まるでお風呂上がりの湯気のように、ふんわりと解けていきます。
戦場の中央に、ポツンと置かれた巨大な鍋(実は古代の錬金釜)。そこには、割烹着を着た銀髪の少女が、大きな木べらで鍋をかき回している姿がありました。
「はいはい、皆さん。喧嘩はおしまい。……お野菜が柔らかく煮えましたよ。熱いうちに食べないと、おばあちゃんに怒られますからね」
私は、驚愕で固まる両軍の将軍に向かって、お椀に山盛りの肉じゃがを差し出しました。
「さあ、将軍さんも。そんな重たい剣は置いて、これを持ってください」
「あ……うむ……。……パクッ……。…………っ!? う、美味い!! なんだこのじゃがいもは! 味が芯まで染み込んでいる。……そしてこの牛肉、噛むほどに慈悲が溢れ出す……!」
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(炊き出し)が発動】
【至高の肉じゃがにより、周囲10km以内の『敵意』を完全中和しました】
【ステータス異常:『満腹・幸福』が付与されました】
「……もう、どうでもいいわ。王位とか正義とか。……俺はただ、この肉じゃがを明日も食べたいんだ……っ!」
「俺もだ……。兄さん、すまなかった。俺が欲しかったのは王座じゃなくて、あんたとお袋の飯が食える平和な食卓だったんだ……」
つい数分前まで殺し合おうとしていた兄弟(将軍同士)が、肉じゃがを囲んで号泣しながら抱き合いました。
兵士たちも次々と武器を捨て、列を作って私の前に並び始めました。
3.戦後の「お片付け」
「あらあら、まあ。皆さん、よく噛んで食べてくださいね。セシルさん、お代わりはあるかしら?」
「はい、キヨ様。異界の豊穣神を呼び出して、無限にじゃがいもを供給させておりますわ」
セシルさんはおしとやかに微笑みながら、次々と運ばれてくる「山のようなじゃがいも」を洗っていきます。
リタさんは、両軍の兵士たちが仲良く座ってお椀を突ついている光景を見て、力なく笑いました。
「……ねぇキヨ。あんた、今『歴史』を動かしたわよ。それも、お醤油とお砂糖だけで」
「リタさん、歴史なんて難しいことは分かりませんけど、お腹が膨れれば、大抵のことは笑って許せるものですよ」
私は、改心した兵士たちに「食器は自分で洗うのよ」と掃除を教え始めました。
王国の内乱は、死者ゼロ、負傷者ゼロ、ただし「幸福による胃もたれ者多数」という、前代未聞の結果で幕を閉じたのでした。
4.掲示板の伝説:肉じゃが編
【エタファン攻略スレ 010】
250:名無しのアタッカー
緊急ニュース。リンダル王国の内乱イベント、強制終了。
251:名無しの大魔道士
はぁ!? 今ログインしたばっかだぞ! どっちの勢力につくか迷ってたのに!
252:名無しのアタッカー
両軍が「肉じゃが」を食って和解した。
冗談じゃないぞ。現地は今、巨大なピクニック会場になってる。
253:名無しの密偵
銀髪ロリのキヨちゃんが、両軍のトップを正座させて「好き嫌いはダメよ!」って説教してた。
あの伝説の剣聖と呼ばれた将軍が、泣きながら人参を食べてたぞ。
254:名無しのアタッカー
人参(剣聖の唯一の弱点、克服)
255:運営からのメッセージ
【報告】今回のシナリオ崩壊について検討しましたが、肉じゃがが「あまりにも美味しそうだった」ため、プログラム側が和解ルートを強制生成しました。
運営チームも現在、社内で肉じゃがを食べています。もう、世界は彼女のものだ。
「ふぅ。皆さんにお裾分けできて、すっきりしましたねぇ」
夕暮れの平原。焚き火の跡を片付けながら、私は満足そうに腰を伸ばしました。
ポチの背中で、リタさんが呆れたように呟きます。
「……キヨ。あんたが次に何を作るか、世界中が震えて待ってるわよ」
「あら、次はそうねぇ。……少し甘いものがいいかしら。おはぎなんてどうかしら、セシルさん?」
「素敵ですわ、キヨ様。あんこを練るために、地獄の業火を司る魔神を呼んでおきますわね」
おしとやかなセシルさんの言葉に、リタさんの「もういいわよ勝手にしなさい!」という絶叫が、平和になった平原に響き渡りました。
百歳の少女(魂)は、今日も一皿の料理で、世界を優しく、美味しく、救っていくのでした。




