第10話:おばあちゃん、世界樹の枯死を「出がらしのお茶」で治す
1.沈みゆく「世界の柱」
「セシルさん、今日は一段と空が黄色いわねぇ。黄砂かしら?」
ポチの背に揺られながら、私は空を見上げて呟きました。
銀髪の少女の姿をした私は、今、新しく仲間になったセシルさんの案内で、エルフの里のさらに奥、世界の生命力を司るという『世界樹ユグドラシル』の麓へと向かっていました。
「……いいえ、キヨ様。これは黄砂ではなく、世界樹様から溢れ出した『死の魔力』なのですわ」
おしとやかに、けれど悲しげに目を伏せるのは、エルフの王女セシルさんです。
彼女は私に仕えることを決めてからというもの、私の割烹着を丁寧に洗濯し、いつも三歩後ろを歩くような控えめな女性でした。
「世界樹様は、千年に一度の枯死の時期を迎えておられます。……今、世界中の聖職者や魔術師が集まって延命の儀式を行っていますが、効果は薄く……。このままでは、世界から緑が失われてしまいますわ」
「あらあら、まあ。……それは大変。緑がなくなったら、美味しいお野菜も育ちませんねぇ」
隣でポチを操るリタさんが、大きな溜息をつきました。
「キヨ、問題はそこじゃないんだけど……まあ、あんたにとっては死活問題よね。……見えてきたわよ。あれが、死にかけてる『世界の終わり』よ」
視界が開けた先に現れたのは、雲を突き抜け、天を支えるほどに巨大な樹木でした。
しかし、かつては生命の輝きを放っていたであろうその枝葉は、今や灰色に枯れ果て、不気味な黒い霧を吐き出していました。
樹の根元には、金色の法衣を纏った高名な司教や、賢者と呼ばれる老人たちが数百人も集まり、必死に祈りを捧げています。
「「「おお、神よ! 我らに慈悲を! 世界樹に光を!」」」
重苦しい読経のような声が響く中、私はポチからひょいと降りて、ずいずいと人混みをかき分けて進んでいきました。
2.おばあちゃんの「お節介」と出がらし
「ちょっと、そこのお嬢ちゃん! 入ってはいけないよ! ここは今、世界の命運を懸けた神聖な儀式の真っ最中なんだ!」
一人の若い魔術師が私を止めようとしましたが、
「リ、リタ!? Bランクの君がなぜここに……って、その後ろにいるのはセシル王女!? なぜ洗濯籠なんて持っているんだ!?」
周囲が騒然とする中、私は世界樹の巨大な根の前に立ちました。
近くで見ると、樹皮はカサカサに乾き、まるで長い間お水を貰えなかった植木鉢のようです。
「よしよし、可哀想に。喉が渇いていたのねぇ。……セシルさん、ちょうどいいところに。さっきの『お茶』の残りはありますか?」
「はい、キヨ様。淹れたてのほうじ茶の出がらしでしたら、こちらに」
セシルさんが、優雅な手つきで急須を差し出しました。
私が取り出したのは、今朝みんなで飲んだ、ごく普通の「ほうじ茶」の茶葉の残りです。
「お茶の出がらしはね、植物の根元に撒くといい肥料になるんですよ。……はい、おあがりなさい」
私は、急須の中に溜まった茶葉を、世界樹の根元にある「世界を滅ぼす魔力の亀裂」へと、パラパラと振りかけました。
「な、何を……!? 狂ったか! 聖なる世界樹に、そんなゴミを撒くなど不敬……っ!!」
賢者の一人が叫んだ、その瞬間。
ドォォォォォォォォォン!!
世界樹が、大地を震わせるほどの大きな「溜息」を吐きました。
茶葉が触れた場所から、黄金の光が毛細血管のように樹全体へと駆け巡ります。
【ユニークスキル:おばあちゃんの知恵袋(土壌改良)が発動】
【神話級アイテム:『キヨのほうじ茶(出がらし)』により、世界樹の腐敗が浄化されました】
【世界樹ユグドラシルが『超活性状態』に移行します】
「あら、まあ。……色が良くなってきましたねぇ」
3.新緑の爆発と、賢者たちの絶望(?)
灰色の枝からは、瞬く間に若草色の新芽が噴き出し、枯れていた葉が、まるで早送りの映像のように青々と繁っていきました。
それだけではありません。世界樹から放たれた強烈な生命エネルギーは、周囲にいた魔術師たちのMPを全回復させ、さらにはハゲていた賢者の頭からフサフサの髪が生えてくるという、二次被害(奇跡)まで引き起こしました。
「……治った。千年の呪いが、出がらしで……治ってしまった……」
「我々の祈りは……儀式は……いったい何だったのだ……」
賢者たちが地面に膝をつき、茫然自失とする中、世界樹はさらに「お礼」と言わんばかりに、一本の枝を私の目の前まで降ろしてきました。
そこには、赤く輝く、林檎に似た実が一つ。
「まあ、美味しそうな果実。世界樹さんも、お礼が言いたかったのね。……はい、これはセシルさんとリタさんで分けて食べなさい」
「ええっ!? これ、伝説の『知恵の果実』じゃない! 一口食べれば全魔法を習得できるっていう……」
「あら、ただの林檎ですよ。皮を剥いてあげますからね」
私は割烹着から果物ナイフ(実は冥王が持っていた死の鎌を打ち直したもの)を取り出し、手際よくウサギさんの形にカットしました。
「……美味しいですわ、キヨ様。ほうじ茶の香りが、世界樹様の中に染み渡っているのが分かります」
セシルさんはおしとやかに微笑み、リタさんは「もう驚かないって決めたのに……」と泣きながらウサギさんの林檎を頬張りました。
4.掲示板の伝説:世界樹編
その頃、ゲーム内の全プレイヤーに、見たこともない緊急システムメッセージが配信されていました。
【ワールドイベント:世界樹の黄昏・完】
【達成報酬:全プレイヤーの最大HPが1.5倍に増加。大地が豊穣化されました】
【MVP:キヨ(職業:おばあちゃん)】
掲示板は、もはやお祭り騒ぎを通り越して、パニック状態でした。
【エタファン攻略スレ 009】
88:名無しのアタッカー
おい、世界樹のイベント終わったぞ。
89:名無しの大魔道士
まだ三時間だぞ!? 予定では一ヶ月かかる長期レイドイベントだったはずだろ!
90:名無しの聖職者
現地にいた友達から動画が送られてきたんだが……。
銀髪のロリが「急須」を世界樹にぶっかけてた。そしたら、枯れてた樹が一瞬でジャングルになった。
91:名無しのアタッカー
急須(最終兵器)
92:名無しの魔術師
あと、現地にいたハゲの賢者たちが全員アフロになってる。
生命エネルギーが強すぎて、毛根まで活性化したらしい。
93:名無しの大魔道士
キヨちゃん……。彼女、もう運営の手に負えないだろ。
94:運営からの正式発表
【お詫び】現在、世界樹の成長速度が想定の100万倍に達しており、マップの地形が大幅に変化しております。
原因となった「お茶の出がらし」については、アイテムとしてのランクが『存在してはならないもの』に指定されましたが、キヨ氏の手元にある限り修正が不可能です。諦めてください。
「ふぅ。お茶っ葉も無駄にならなくて良かったわ。……さて、セシルさん、リタさん。お掃除も終わったことですし、少しお昼寝でもしましょうか」
私は、世界樹が差し出してくれた、ふかふかの苔のベッドに横たわりました。
ポチは私の足元で丸くなり、クロは私の胸の上で丸まってゴロゴロと鳴いています。
セシルさんは私の隣で「おやすみなさいませ、キヨ様」と上品に目を閉じ、リタさんは「……世界を救った後の昼寝が世界樹の上なんて、贅沢すぎて罰が当たりそうね」と言いながら、すぐに寝息を立て始めました。
空から降り注ぐ太陽の光。
そよ風に揺れる、世界で一番大きな樹の葉音。
百歳の私は、仮想世界という名の新しいお庭で、今日も最高に幸せな隠居生活を謳歌していくのでした




