第9話:おばあちゃん、禁断の召喚術を「迷子のお知らせ」と勘違いする
1.森の奥の「泣き虫さん」
街から少し離れた『静寂の古森』。そこには、数千年にわたって世界を監視し、禁忌の魔術を封印し続けてきた「エルフの聖域」がありました。
しかし、今そこにあるのは、およそ聖域には似つかわしくない光景でした。
「うっ……ひっ……。ど、どうしましょう。また、お呼びしてしまったわ……」
大樹の根本で、一人の少女が膝をついて泣いていました。
透き通るような長い金髪に、少し尖った耳。エメラルドのような瞳からは大粒の涙が溢れています。
名はセシル。エルフの王女でありながら、あまりにも「徳」が高すぎ、かつ本人の意思とは無関係に異界の存在を呼び寄せてしまう『聖域の召喚師』でした。
「おや、あんなところで可愛らしいお嬢さんが泣いていますよ。ポチ、ちょっと止まってちょうだい」
黄金の犬ポチに乗った私と、その後ろで慣れた手つきでクロを抱くリタさんが、茂みから顔を出しました。
2.「おしとやか」な彼女の受難
「あらあら、まあ。お顔が台無しですよ。はい、これでお鼻を噛みなさい」
私はポチから降りると、セシルさんに清潔な手ぬぐいを差し出しました。
「えっ……? あ、ありがとうございます……。あ、あの、近づかないでください! 私は呪われていて……今も、異界から恐ろしい『混沌の魔王』を呼んでしまったばかりで……!」
彼女が震える指で差した先には、禍々しい魔法陣。そこから、六本の腕を持つ漆黒の巨人が這い出そうとしていました。
「グルルル……我こそは……第四異界の……」
「あら、まあ。……大きな人ねぇ。でも、そんなところから出てきたらお洋服が汚れちゃいますよ」
私は、魔王の顔面を竹箒でサッサと掃きました。
「ひっ!? な、何だこの少女は! 我の威圧が効かぬだと!?」
「魔王さんだか魔王様だか知りませんけど、お嬢さんを泣かせるのは感心しませんね。……リタさん、この人『迷子』みたいです。お家へ帰してあげましょう」
「キヨ! それ、迷子っていうか侵略者よ! ……でも、あんたの箒に叩かれて魔王のツノが折れかかってるから、もう勝負はついてるわね」
リタさんは溜息をつきながら、セシルさんの肩を優しく抱きました。
「大丈夫よ、セシル。このおばあちゃん……あ、今は少女の姿だけど、彼女に任せれば、地獄の業火もただの『火の用心』に変わるから」
3.「おばあちゃんの知恵袋(お片付け編)」
私は泣き止まないセシルさんのために、割烹着から魔法のポット(実は古代の聖杯)を取り出し、お茶を淹れました。
「セシルさん、おしとやかな方は、そんなに自分を責めちゃいけません。呼び出してしまったのなら、ちゃんとお見送りすればいいだけですよ。……ほら、魔王さんも、お茶菓子を食べて落ち着きなさい」
私は、魔王の口に「特製のかりんとう」を放り込みました。
「モグモグ……。!? ……美味い。我、故郷(異界)の乾燥したキノコに飽き飽きしていたのだ……。こんな滋味溢れるお菓子があるなら、侵略などやめて、菓子屋を始めたい……」
【スキル:おばあちゃんの知恵袋(異界送還)が発動】
【魔王が『近所の良い人』として異界へ帰宅しました】
魔王は涙を流して私に一礼し、自ら魔法陣の中に消えていきました。
後に残ったのは、静かな森と、呆然とするセシルさんだけ。
「……信じられません。私が一生をかけて封印しなければならなかった魔王様を、かりんとう一つで……。キヨ様、私は……私は、あなた様についていきたいです! 私のこの『呼び寄せてしまう力』を、あなたの家事のお役に立てていただけないでしょうか!」
セシルさんは、おしとやかに指先を揃え、優雅な礼をしました。
「あら、まあ。賑やかになるのは嬉しいわ。セシルさん、うちは大家族ですから、お洗濯を手伝ってくださるかしら?」
「はい! 洗濯物と一緒に、異界の不浄な気配もすべて洗い流してご覧に入れます!」
こうして、おしとやかだけど「異界の神々を呼び寄せてしまう」最強の召喚エルフ・セシルさんが仲間に加わったのでした。
4.掲示板の伝説:エルフ編
【エタファン攻略スレ 008】
550:名無しのアタッカー
緊急速報。エルフの聖域が「キヨちゃん専用の避暑地」になった。
551:名無しの大魔道士
エルフの王女セシルって、プレイヤーが近づくだけで即死級の召喚術を放つ「ラスボス候補」じゃなかったか?
552:名無しの密偵
さっき見たけど、セシル様が「キヨおばあちゃま、お茶が入りましたわ」って、金髪をなびかせながらお辞儀してたぞ。
隣では、召喚されたはずの異界の邪神が「洗濯物干し」の台になってた。
553:名無しのアタッカー
邪神(物干し竿代わり)
554:名無しの聖職者
しかも、セシル様の二つ名が【禁忌の召喚師】から【キヨの一番弟子(洗濯担当)】に変わってる。
555:名無しの大魔道士
このパーティ、もう魔王軍より強いだろ。
「ふふ、セシルさんはお行儀が良くて、見ていて気持ちがいいですねぇ。リタさんも見習わなくてはいけませんよ?」
「ちょっと! 私は私で、あんたのガードマンとしてガサツに頑張ってるんだからいいでしょ!」
リタさんが頬を膨らませる隣で、セシルさんは「ふふ、賑やかで素敵ですわ」と上品に微笑みました。
見た目は可愛い三人娘。中身は100歳、ツンデレ、そして天然おしとやか王女。
ポチとクロを引き連れた一行は、今日も世界を「平和な大家族」に変えていくのでした。




