番外編 甘い媚薬にご用心①
「……どうしよう、これ……」
結婚式を終え、王妃として王宮で暮らし始めて、まだ間もない頃のこと。
机の上に置かれた小さな小瓶を前に、楓は頬を真っ赤に染め上げながら、思わずそう呟いた。
ことの始まりはその少し前。
その日、楓は王宮の寝室で、公務を終えたステファンが帰ってくるのをいつものように待っていた。
けれど、彼が戻ってくるより先に、楓の元へひとつの小包が届けられた。
小包の差出人の名前を見た瞬間、楓は「あ……」と声を漏らした。
それは、先日の視察をきっかけに親しくなり、結婚式にも兄のアルベルトとともに来賓として参列してくれた、ガルディア王国のロザリア王女からのものだった。
結婚式の際、ロザリアは、視察の最後に楓が提案した騎馬戦を父である国王へ報告したところ、大層気に入られ、早速次の大会で採用されることになったのだと、嬉しそうに話してくれた。
その時のことを思い出し、楓の頬に自然と笑みが浮かんだ。
小包を開くと、中には綺麗な便箋と小さなガラス瓶が入っていた。
「……これ、何だろう?」
首を傾げながら、楓はまずは手紙を開いた。
『カエデ様、改めましてご結婚おめでとうございます。
先日は、結婚式にお招きいただき、誠にありがとうございました。
お二人らしい、とても素敵なお式でしたわ。
幸せそうなお姿を拝見できて、わたくしも心から嬉しくなりました。どうか末永くお幸せに。
ささやかではございますが、お祝いの品をお送りいたします。』
ロザリアの美しい文字で綴られるお祝いの言葉に、とても嬉しい気持ちになりながら、楓は手紙を読み進める。
けれど、その次の文章を読んで、固まってしまった。
『お祝いの品として同封した小瓶ですが、中身は男性用の媚薬ですの。』
そこまで読んでその内容に驚いて、もう一度、その文面を読み返した。
けれど、やはり読み間違いではない。
そこには、はっきりと『媚薬』と書かれていた。
そして楓はゆっくりと視線を便箋から小瓶へと移した。
そこには半透明のピンク色の液体が、静かに収まっていた。
『滅多に出回らない品質の良いものが手に入りましたので、おひとつお譲りいたしますわ。
身体に害のあるものではございませんので、ご安心くださいませ。
どうぞ、ステファン様と素敵な夜をお過ごしになってくださいね。
今度、王妃としてこちらの国にお越しくださるのを、今から楽しみにお待ちしておりますわね。』
手紙を最後まで読み終えた楓は、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。
「……素敵な夜って……」
そもそも、『媚薬』という単語の破壊力が凄すぎる。
媚薬は、元の世界で愛読していたダークファンタジーに出てきたことがあったため、その存在自体は楓も知っていた。
少し大人向けの作品で、媚薬によって理性を奪われていくヒロインの描写を、当時ドキドキしながら読んでいたのを思い出す。
(ほ、本当にあるんだ……)
恐る恐る小瓶を持ち上げてみる。
光に透かしてみると、液体はとろりとしていていかにも怪しい。
怪しいとは思うのに、気になってしまう自分もいて、楓は複雑な気持ちになった。
(……って、何考えてるのよ私!)
ぶんぶんと首を振る。
(とにかく、ステファンが帰ってくる前にどこかに隠さないと)
この存在を知られてしまったら恥ずかしすぎると思い、立ち上がろうとした、その時だった。
「カエデ?」
「ひょえっ!?」
突然背後から声をかけられ、楓は肩を大きく跳ねさせた。
慌てて小瓶を背中側へ隠し、振り返る。
そこには、少し驚いた顔をしたステファンが立っていた。
「……っふふ。何、その驚き方。可愛い」
「え、か、可愛いって……。な、なんでもないの。ちょっと驚いただけだから、気にしないで!」
心臓がものすごい勢いで暴れている。
慌ててしどろもどろな返事をする楓に、ステファンは小さく笑う。
そして首を傾げて聞いてきた。
「ところでカエデ、何でそんな物持ってるの?」
(うわあ、もうバレてた……)
慌てて隠したけれど意味が無かった。
けれど、往生際悪く誤魔化してみることにした。
「え、な、何のこと?」
すると次の瞬間、ステファンは楓の背後へ手を回し、あっさりと小瓶を取り上げてしまった。
「当然、これのことだけど」
にこり、と綺麗に微笑まれてしまい、楓は思わず顔を覆った。
「それは、その……ロザリア王女からいただいた物で……」
観念して事情を説明すると、ステファンは「ああ、なるほど」と納得したように頷いた。
それから手の中の小瓶を見下ろすと、ほんの少しだけ頬を赤らめて、どこか含みのある瞳で楓の方を見つめてきた。
「……もしかしてカエデ、私とこれを使ってみたいって思ったの?」
「ち、違うっ!」
ステファンの言葉に、楓は慌ててぶんぶんと手を横に振った。
「ステファンが帰ってくる前に片付けなきゃって思ってただけだから!」
「……なんだ、そっか」
ステファンが少し残念そうな顔をして言った。
その表情に、楓は何故か胸がどきりとしてしまった。
彼が苦笑しながら続ける。
「だけど、こういった物は、置いてても余計な火種を生むだけだから、一気に使い切るか、いらないんなら捨ててしまった方が良いんだよ」
そう言って小瓶の蓋を開けて匂いを確認すると、そのままその中身を、一気に飲み干してしまった。




