番外編 甘い媚薬にご用心②
「……っ!?」
目の前で起こった出来事に、楓は思わず目を見開いた。
ステファンは何事もなかったかのように空になった小瓶を机に戻すと、呆然とする楓を見て、小さく苦笑した。
「私みたいに、こういう類のものに耐性がある人間の方が珍しいからね。よからぬ事を考える輩もいるから、気をつけないと」
彼のその言葉に頷きながらも、楓は頭の中では別の事を考えていた。
(そっか。ステファン、媚薬も効かないんだ……)
以前毒入りの紅茶を口に含んだ時、彼は自分には毒への耐性があるのだと言っていた。
媚薬を一気に飲み干したというのに、こうして平然としていられるのも、その体質のおかげなのだろう。
そこでようやく納得した楓だったが、同時に別の疑問が浮かび、そのまま口をついて出た。
「だったら何で、飲んだの……?」
効かないのなら、捨てれば良かったはずだ。
なのに彼は、わざわざ自分の目の前でそれを飲んだ。
(……少しくらい、意味を期待した自分が馬鹿みたい……!)
そう思った瞬間、自分が何を期待していたのかを自覚してしまい、楓は一気に頬が熱くなるのを感じた。
ステファンが一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから眉尻を下げ、頬を少し赤らめた。
「うん、別に捨てても良かったんだけどね」
そう言って、長い指が彼女に向かって伸び、優しく頬に触れた。
「この媚薬、私とカエデが愛し合う為に用意されたものなんでしょ?……だったら捨てたくないなって思って」
そして妙にゆっくりとした手つきで指が頬を撫で、低く、甘い声が落ちてくる。
「全部欲しいんだ。一欠片も溢したくない。……だから飲んだんだよ」
そして頬を撫でていた手がゆっくりと頬から離れていく。
その瞬間、楓は気付けば、彼のシャツの裾をきゅっと掴んでいた。
「ん?」
ステファンが目をぱちくりとさせた。
楓はしばらく迷った末、小さな声で言った。
「……さっきの、嘘」
「え?」
「ほんとは、興味あったの」
言った瞬間、心臓が止まりそうだと思った。
けれど、それでも、ステファンに自分の正直な気持ちを知ってほしいとも思った。
「……媚薬、本当はステファンと……使ってみたいなって、思ってたの……」
恥ずかしさのあまり最後の方はほとんど消え入りそうな声になってしまった。
ステファンの方を見ることが出来ず、顔を下に向けてしまい、楓の目線の先にはステファンの足元があった。
そのまま、数秒間の沈黙が落ちる。
(何で何の反応も無いの……?もしかして、聞こえなかったのかな)
不安になってきて顔を上げかけたその瞬間、視界がぐるりと回った。
「え、きゃっ!?」
気付けば楓はステファンに担ぎ上げられていた。
「ス……ステファン!?」
「今のは反則……」
ステファンは全く余裕の無い声でそう呟くと、そのまま急ぎ足で楓をベッドまで運び、ふわりと優しい手つきで下ろした。
そしてそのまま、楓に覆い被さるようにして覗き込んだ。
至近距離で目が合った。
ステファンの碧の瞳が熱っぽく揺れている。
「カエデ、媚薬なんかよりよっぽどタチ悪いよ……。優しく甘やかしてあげたいのに、そんな可愛いこと言われたら、優しくできる自信ないよ」
「……っ」
楓の顔が真っ赤になる。
するとステファンは、困ったように笑った。
「でも、今ならまだ、なんとか止められる。カエデの嫌がることはしたくないからね」
そう言って、額を軽く合わせる。
「嫌ならここでやめるけど……どうする?」
優しく問われ、楓はぎゅっとシーツを握った。
(恥ずかしい……。恥ずかしいけど……)
それ以上に、彼とこうして触れ合えることが嬉しかった。
「……ううん、やめないで。……続き、したい」
小さく答えると、ステファンは一瞬目を見開き、それから蕩けるように笑った。
「……もう、本当に可愛い」
その直後、噛み付くようなキスが降ってきた。
*
数日後、妙に嬉しそうな顔をしたステファンが、にこにこと微笑みながら一本の小瓶を差し出した。
「カエデがああいうのに興味あるって分かったからね」
中には、見覚えのある桃色の液体が入っている。
「同じタイプで、女性用のものを見つけたんだ」
「……」
「ね、早速試してみよっか」
「……ステファン!?」
とても幸せそうな笑顔でそんな事を言うステファンの姿に、楓はまたもや顔を真っ赤に染め上げるのだった。
その後、媚薬効果で煽られた楓の姿に煽られたステファンと、とびきり濃厚な甘い時間を過ごすことになるのだけれど、それはまた、別のお話。




