第四十三話 最愛の人
ガルディア王国の馬車が見えなくなるまで見送った後、楓とステファンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ようやく長かった視察が終わったのだと思うと、どこかほっとして気が抜けてしまう。
けれどそれ以上に、ロザリアに最後の最後で嫉妬していたことを暴露されたせいで、楓はいまだに顔が熱かった。
(どうしよう。何だか凄く気まずくて、ステファンの方が見れない……)
そう思っていると、不意にステファンが楓の腕を取った。
「……ちょっと来て」
「え?」
そのまま自然に手を引かれ、王宮の廊下を歩いていく。
連れて行かれた先は、ステファンの私室だった。
扉が静かに閉まり、途端に、静けさが二人を包み込んだ。
「座って」
促されるまま、楓はソファへ腰掛ける。
その隣へ、ステファンもゆっくりと腰を下ろした。
触れそうなほど近い距離に、楓の胸がそわそわする。
けれどステファンは、しばらく何かを考えるように黙っていた。
けれど、やがて意を決したように口を開いた。
「……さっきの話。カエデも嫉妬してたって、本当?」
「……っ!」
きっと聞かれるだろうと予想はしていたけれど、実際に聞かれてしまうと身構えていたことなんて全く意味もなく、楓の顔が一気に熱くなってしまった。
「え、えっと……」
一瞬、ごまかそうかとも思った。
けれど、ここで隠しても、もう意味がない気がして、楓は観念して小さく頷く。
「……うん」
恥ずかしくて視線を逸らしながら続けた。
「ずっと、ロザリア王女に嫉妬しちゃってた」
「……」
「ステファンの隣に自然に立てて、政務の話も出来て、堂々としてて……すごく素敵な王女様だなって思って」
思い返すだけで胸がちくりと痛む。
「だから、その……私、感じ悪かったよね。ごめん」
すると、隣からくすりと笑う声が聞こえた。
「……え?」
恐る恐るそちらを見ると、頬を赤らめたステファンがとても嬉しそうに微笑んでいた。
「ああ、そっか……。なんかいつもと違ったの、嫉妬してくれてたからだったんだね」
「……」
「全然気づかなかった」
そして、少しだけ困ったような表情で笑う。
「カエデも嫉妬してくれてたんだね」
「え?」
「ロザリア王女から聞いても、正直、信じられなかったんだ」
ステファンは少し肩を竦める。
「ずっと、私ばかりが嫉妬してるんだと思ってたから」
「そ、そうなの?」
「うん。私はいつも、カエデの周りにいる男、全員に嫉妬してるから」
「ぜ、全員!?」
思わず楓は吹き出した。
「そんなに?」
「うん。そうだよ」
真顔で頷かれる。
「セドリックにも嫉妬してるし、舞踏会とか会食でカエデに話しかけてくる男にも毎回嫉妬するし、アルベルト様なんて、嫌で仕方なかったよ」
ステファンが苦笑気味に、視線を伏せた。
「アルベルト様は思っていたよりもずっと立派な人だったから。……視野も広いし、考え方もしっかりしている。歳はそう違わないはずのに、私なんかよりずっと大人だ」
少しだけ声が沈む。
「だから、カエデがあの人と話しているのを見るたびに、不安だった。彼のことを知れば知るほど、そちらに心を奪われてしまうんじゃないかって」
「確かにアルベルト殿下は、とてもしっかりした考えをお持ちだと思うけど……」
楓の言葉に、ステファンの表情がわずかに曇る。
そんな姿さえ愛おしくて、楓は笑みをこぼした。
「だけど、それでも、私がこんなにも愛しいって思うのは、ステファンだけよ」
そっとステファンを見つめる。
「私だって、嫉妬するよ」
「……」
「ステファンのこと、大好きだもん」
言った瞬間、自分で恥ずかしくなってしまう。
けれど今は、ちゃんと言いたかった。
「こんな気持ちになるの初めてだったから……何か恥ずかしくって、ずっと言えなかったんだけど」
指先をもじもじと動かす。
「もっと早くに言えば良かったね」
すると次の瞬間、逞しい彼の腕に、ふわりと抱きしめられた。
「……ステファン?」
優しく、けれどしっかりと抱き込まれる。
耳元で、幸せそうな声が聞こえた。
「……嬉しい。大好きだよ、カエデ」
その声音があまりにも甘くて、楓の胸がぎゅっとなる。
「……っ」
「……安心して欲しい」
抱きしめる腕に、少しだけ力がこもる。
「私の心には、ずっとカエデしかいないからね。だから、他に妃を迎えるつもりもないよ」
そう言ったあと、ステファンは少し照れたように頬を赤く染める。
「けど、君との子どもなら、何人居ても幸せだから……だから結婚したら、覚悟しておいてね」
何を、とまでは言われなくてもその言い方で意味を察して、楓の頬も真っ赤に染まった。
「う……うん、分かった」
楓が小さく頷くと、ステファンはとても嬉しそうに微笑んだ。
そして、楓の唇に彼のそれを重ねた。
愛しさを確かめるような優しい口づけに、楓の胸にじんわりと熱が広がった。
「私の心の中にも、あなたしかいないわ。……ステファン、大好きよ」
そう言うと、今度は楓からステファンの唇に、そっとキスを落とした。
唇を離すと、熱を帯びた碧い瞳が真っ直ぐ楓を見つめていた。
その強い眼差しに、思わず息をのむ。
次の瞬間、愛しさを抑えきれなくなったように、ステファンは抱きしめる腕に力を込め、再び深く口づけた。
先ほどよりも更に甘さの増したその口づけに、胸の奥まで満たされるような幸福を感じながら、楓は彼に寄り添った。




