第四十二話 それぞれの恋の行方
二人が話す姿をどこか楽しげに見つめていたアルベルトが口を開いた。
「……いい感じに話もまとまったことですし」
そしてふっと笑う。
「よければ今度はガルディアにも来てください。最大限にもてなしますよ」
「ありがとうございます。ぜひ、二人で伺わせていただきます」
ステファンが目を細め、やけに“二人で”の部分を強調するように答えた。
それに対し、アルベルトは少し呆れたように苦笑すると、特に気にした様子もなく頷いた。
「まあ、いいですわね!でしたら、武術大会の時なんてどうかしら?」
ロザリアが楽しそうに言った。
「ああ、それはいいな。あれは我が国でもかなり盛り上がる行事だからな」
けれどその後、アルベルトは少し困ったように片眉を下げた。
「ただなぁ……、国王筆頭に血の気が多い連中が多すぎて、毎年必ず死人が出るんですよね」
「……」
「民は国の宝だから、本当は死人なんて、俺は出したくないんですけどね」
その言葉に、ステファンが静かに頷いた。
「何かいい案、ありませんかね?」
そう聞いてきたアルベルトに、それまで黙っていた楓が「あ」と声を上げた。
「それなら、騎馬戦はどうでしょうか?」
ステファンがすぐに反応する。
「ああ、それはいいね」
かつて鏡越しで会話を重ねていた頃、楓が話した学校行事の話を、彼は覚えてくれていたようだ。
一方のアルベルトは怪訝そうな顔をした。
「なんですか?その武術大会よりもっと激しそうな名前は」
若干引き気味に聞かれ、楓は慌てて説明した。
「あ、いえ、馬に乗って戦うわけじゃないんです。人が騎馬を組んで戦う競技なんですよ。三人で土台になって、その上に一人乗るんです。それで、上に乗った人が頭に細長い布を巻いていて、それを相手と取り合います」
「へえ、武器じゃなく、布を使うんですか」
「はい。その布を取れたら勝ちで、取られた騎馬はその場で脱落です。もちろん、殴ったり蹴ったりするような乱暴なことは禁止ですよ」
アルベルトは腕を組み、頭の中で競技の様子を思い描くように小さく頷いた。
「制限時間が終わった時に、一番多く布を取っていた騎馬が優勝になります。人が組んだ騎馬同士が競い合うので見た目にも迫力がありますし、観戦する側も盛り上がると思います」
話を聞くうちに、アルベルトとロザリアの表情が変わっていく。
「なるほどな……」
アルベルトが感心したように呟く。
「それなら、血の気の多い我が国の民も満足しそうですわ」
ロザリアも興味深そうに頷いた。
「競技性も高いし、盛り上がりそうだな。なのに死人は出なさそうだ」
「国へ戻ったら、さっそく打診してみましょう!」
アルベルトとロザリアは楽しそうに笑った。
「この案が形になれば、カエデ様はガルディアの救世主ですわね」
「そ、そんな大げさな……」
楓が苦笑すると、その場に穏やかな笑いが広がった。
そうして、和やかな空気のまま別れの時間が近づいていく。
ガルディア王国へ戻るための馬車の準備も既に整っていた。
部屋の外では、従者達が慌ただしく動いている。
「では、そろそろ失礼いたしましょうか」
ロザリアが立ち上がり、それに続いて他の三人も立ち上がった。
「短い間でしたが、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。とても楽しかったですわ」
そう言って微笑んだ後、ロザリアがほんの少しだけ、寂しさを含んだ声音で言った。
「……本当のことを申しますと、私、ステファン様に告白しようと思っていたんですのよ」
「……え?」
その言葉に、楓は驚いて目を瞬かせる。
残りの二人も唖然とした表情でロザリアを見た。
「ですが、入り込む余地なんて、まるでありませんでしたわね」
ロザリアは肩を竦め、続ける。
「カエデ様、たくさん嫉妬してらしたのに、全然行動にお示しになられないから、少しは入り込む余地があるのかと思っておりましたのに」
「……っ!?」
その言葉に楓の顔が一気に熱くなる。
恥ずかしさのあまり、反射的に視線を逸らしてしまった。
嫉妬していることを知られたくなくて胸の内に必死に隠していた感情を、まさかロザリア本人に見抜かれていたなんて思いもよらなかった。
しかも、それを今、この場で暴露されるとは全くもって予想外だった。
「え、カエデが嫉妬を……?」
今度はステファンが驚いたように目を瞬かせる。
その反応に、ロザリアは逆に驚いた顔になった。
「ええ。……ステファン様も相当でしたけれど、カエデ様もかなりでしたわよ?」
「……」
「え、お気づきになってなかったんですの?」
信じられないものを見るような目で言われ、ステファンが言葉を詰まらせる。
「それは、その……」
珍しく歯切れが悪い。
そんなステファンを見て、アルベルトが肩を震わせ始めた。
「っ、はは……!」
堪えきれなかったように吹き出す。
「あんたら、本当に面白いな」
「アルベルト殿下っ……!」
楓はますます顔を赤くした。
ロザリアは呆れたように息を吐く。
「ああ、もう。本当に入り込む隙間なんてありませんでしたわね」
けれどその声音は、どこか晴れやかだった。
楓は結局、恥ずかしさと戸惑いで、最後までステファンの方を見ることが出来なかった。
一方のステファンも、どこか気まずそうに咳払いをしている。
そんな二人を見て、アルベルトは更に笑いそうになるのをぐっと堪え、ロザリアはどこか吹っ切れたように笑っていた。
*
アルベルトとロザリアを乗せた馬車は穏やかにアストレア国の道を進む。
少しずつ王都を離れ、アストレア王国の城門が遠ざかっていく。
馬車が見えなくなるまでその場で固まったまま見送っていたアストレア王とその婚約者の姿がすっかり見えなくなった頃、アルベルトは、久しぶりに使う自国の言葉でぽつりと呟いた。
「……よかったのか?」
最初は国のために妃になるべくこの国に来たはずの妹が、途中から本気でステファンに惚れ混んでしまっていたことに、アルベルトは気付いていた。
だから、まさか最後の日に、あんなはなむけの言葉を彼らに残すとは思っていなかった。
ロザリアは窓の外を眺めたまま、小さく笑う。
「ええ」
その横顔は、少しだけ寂しそうだった。
「あんな顔をされたら、もう何も言えませんもの」
アルベルトは思い出す。
祭の日、楓が幸せそうにステファンを見つめていた顔。
そして、ステファンが楓を見る時の、あの柔らかな瞳を。
「……まあ、俺も同じ気持ちだな」
ぽつりと零すと、ロザリアがちらりと兄を見た。
「今は私のことよりも」
柔らかく微笑み、言葉を続ける。
「初めて本気の恋をして、静かに失恋したお兄様の方が、よっぽど心配ですわ」
「……お前な」
アルベルトは、ふっ、と苦笑を浮かべた。
だが、その言葉が妙に嬉しく感じた。
「優しい妹を持って、兄は幸せだよ」
そう言って、わざとらしく肩を竦める。
「……なあ、国に帰ったら、もうこの国の飯は簡単には食えなくなるだろ」
「ええ、そうですわね」
「帰る前にこの国の大衆食堂に寄って、たらふく食って帰らないか?」
その提案に、ロザリアが吹き出した。
「ふふ、やけ食いですわね」
「まあ、そうだな。否定はしない」
「お付き合いいたしますわ。そんなこともあろうかと、変装道具一式も持ってきておりますの」
「用意がいいことだな」
アルベルトが笑うと、ロザリアも楽しそうに笑った。
「お兄様の妹ですもの」
そうして二人を乗せた馬車は、街の方へと進路を変えると、ゆっくりと走り去っていった。




